ぐっすり眠れた翌日は、気分もすっきりし、仕事もはかどる。それに対して、時間的には十分寝ているのに、なぜかすっきりしないときもある。
 質のよい睡眠は、疲労回復のためには必要不可欠だ。健康で、適度に体を動かしていれば、基本的にはよく眠れるはずなのだが、それ以外にも、深い睡眠をとるための条件がある。仕事に直結する、睡眠の質を左右するその条件とはなんだろうか。
時間外のメール対応で失われるもの

仕事から心理的に離れることが深い睡眠の条件

最近の産業保健心理学の分野では、「サイコロジカル・ディタッチメント(psychological
Detachment)」という概念が提唱されている。日本語でいえば「心理的距離」ということなのだが、なにから距離をとるのかというと、仕事である。仕事が終わって物理的に職場から離れると同時に、心理的にも仕事から完全に離れることが「サイコロジカル・ディタッチメント」だ。

ディタッチができていない、すなわち、帰ってきても翌日の仕事の心配をしている状態にあると、深い睡眠がとれなくなるということが、実験からわかっている。また、仕事の忙しさと、サイコロジカル・ディタッチメントが、1年後の仕事のやりがいや心身の状態に、どのように関連しているかという実験もある。仕事がそれほど忙しくなければ、どれほどディタッチしているかはあまり影響がない。しかし、仕事が忙しいときには、帰宅後も仕事のことばかり考えている人のほうが、1年後の状態を見ると、心身の不調をきたす率が高くなり、仕事のやりがいも感じられなくなるという結果が出ている。

要するに、仕事が終わったらなるべく早く頭を切り替えて、仕事から心理的に離れることが、心身の健康を保ち、仕事に意欲的に取組むために必要なのである。幼い子供を育てながらフルタイムで働いている女性の多くは、家事・育児の時間を含めると、過労死ラインといわれる月80時間の残業に匹敵するような過酷な生活をしている。もちろん、余裕がなくていっぱいいっぱいではあるが、案外彼女たちは過労で倒れることはない。それは、1日のうちに、会社の仕事と家事・育児という、性質のまったく違う労働をこなしているからだと考えることもできる。つまり、家事・育児によって、意識せずにディタッチしているのである。仕事で疲れているのに、家事・育児なんて冗談じゃない、と思っている男性諸氏も、積極的に関わり、集中してやってみると、実は仕事からディタッチして、質のよい睡眠がとれ、疲労回復もばっちりということになるかもしれない。もちろん、家事・育児以外にも、軽くジョギングしたり、スポーツ・ジムに通ったり、習い事をする、家族や友人とゆったり食事しながら談笑するなど、自分にあった方法でディタッチすればよいのである。

残業と時間外のメール対応は、ディタッチを妨げる

逆に、サイコロジカル・ディタッチメントを妨げるものとはなんだろうか。
言うまでもなく、長時間の残業である。残業が多いということは、仕事が終わって眠るまでの時間が短くなるということでもあり、ディタッチするための時間的・精神的余裕が奪われてしまう。深夜まで残業していざ家に帰って休もうとしても、すぐには頭の興奮が冷めずなかなか寝付けない、というのは、多くの人が経験することだろう。そしてなにより、帰宅後に仕事のメールや電話に対応することが、最もディタッチを妨げてしまう。

本来、帰宅後のメール対応であろうと、労働時間とカウントするべき時間なので、一般の労働者であれば未払い残業が発生しているとも言える。だが、労働時間の規制を受けない管理監督者であれば、会社も遠慮する必要もなく、時間外にメールや携帯での連絡に対応することが「あたりまえ」になっていないだろうか。忙しく、責任の重い仕事であれば、メール対応はしかたない、と本人もあきらめており、会社もそれが当然のように扱っていないだろうか。これこそが、心理的に24時間仕事に拘束されている、すなわち「ディタッチできていない」状態であり、睡眠の質を落とし、疲労回復を妨げている大きな要因なのである。これを放置しておくと、最悪の場合、過労死に至ることも考えられる。

家に帰ってからは、パソコンやスマホを見ない、仕事用の携帯も電源を切る、などの対策を、職場ぐるみで考える必要がある。時間に余裕がない中でも、いきいきと長く働き続けるためには、だらだらと仕事するのではなく、メリハリのきいた仕事のしかたを工夫することがたいせつだ。

(参考文献 『ポジティブ・オフ~休みを活かした疲労マネジメント』久保 智英/中央労働災害防止協会「心とからだのオアシス」2015夏)

メンタルサポートろうむ 代表
社会保険労務士/セクハラ・パワハラ防止コンサルタント/産業カウンセラー
李怜香(り れいか)

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