現在、国が保有する「国民の年金情報」がセキュリティ上の問題から漏えいし、大きな社会問題となっている。恐らくは、国の年金業務を受託する法人でも、セキュリティに関する一定の教育指導が行われていたであろう。にもかかわらず、「定められたパスワードを設定しない」など、教育指導が効果を発揮しなかったのはなぜだろうか。
情報セキュリティ問題に見る「教育効果の3階層」

教育効果の3階層に到達できているか

社員に新しい行動を求める場合、さまざまなスタイルで教育指導が実施される。しかしながら、教育指導の効果は一様ではなく、教育によって達成できるレベルは次の3段階に分かれる。「知っている段階(KNOW段階)」「できる段階(CAN段階)」「実践している段階(DO段階)」の3段階である。

 1番目の「知っている段階(KNOW段階)」とは、教育によって与えられた情報を頭で理解した段階である。2番目の「できる段階(CAN段階)」とは、理解した情報を活用できるスキルが身に付いた段階である。3番目の「実践している段階(DO段階)」とは、身に付いたスキルを活用して、理解した情報を業務に反映させている段階である。これを「教育効果の3階層」などという。

本来、企業が実施する教育指導は、第3段階である「教育によって与えられた情報を業務に反映させている段階」を到達目標としているはずである。しかしながら、多くの企業では教育効果が第2段階である「できる段階(CAN段階)」にとどまりがちである。つまり、教育指導で与えられた内容を「知識としては理解しているし、やろうと思えばできるけれども、実行には移さない」段階の社員が極めて多いということである。

たとえば、企業が行うセキュリティ教育の中には、定期的に教育用のレジメを配布し、レジメを読んだ後に確認テストに回答する、という方法をとるものがある。しかしながら、このような教育指導が行われている現場で、セキュリティ教育で学んだ知識が業務に反映されているかというと、必ずしもそうではない。現場のセキュリティレベルは、教育を実施する前と何ら変わらない企業も少なくないのが現状のようである。セキュリティについて「知識としては理解しているし、やろうと思えばできるけれども、実行には移さない」のである。

“その気”にならなければ、行動は変わらない

このような現象が起こる背景には、人間が行動を起こす際の仕組みが関係していることがある。その仕組みは次のような「行動変化の3原則」で説明できる。
【行動変化の3原則】
一.知らなければ、ヒトの行動は変わらない
一.知っていてもできなければ、ヒトの行動は変わらない
一.できることでも“その気”にならなければ、ヒトの行動は変わらない

前述のようなセキュリティ教育を行った場合に、教育で与えられた情報が実務に反映されない最大の理由は、教育指導によりセキュリティに対する「意識」が改善されていないことにある。前述のような教育指導では、セキュリティに関する「知識」は身に付くかもしれないが、セキュリティに関する社員個々の意識、自覚、責任感などは必ずしも醸成されない。そのため、「知識としては理解しているし、やろうと思えばできるけれども、実行には移さない社員」を多数、産み出してしまう。「意識」が改善されること、つまり、社員自身が“その気”にならなければ、行動は変わらないわけである。

単に情報を与えるだけの教育指導では、第1段階である「知っている段階(KNOW段階)」または第2段階である「できる段階(CAN段階)」の教育効果しか達成できないケースが多い。与えた情報が実行に移されるためには、社員一人ひとりの「意識」を変えることが必須条件である。つまり、社員自身が自分の意思で「それをやろう」と思うように仕向ける教育指導ができない限り、教育効果が第3段階の「実践している段階(DO段階)」に到達することは困難といえよう。

企業における社員教育には、知識面の教育と意識面の教育の2つの側面があるが、意識面の教育にはあまり重点が置かれない傾向にある。しかしながら、「知識」を与えたからといって、必ずしも「意識」が変わるわけではない。社員に新しい行動を求める場合には、「なぜ、そうしなければならないのか」について、リーダーが社員一人ひとりの心に響くよう、繰り返し訴え続けるような教育指導を行わなければ、「実践している段階(DO段階)」の教育効果はなかなか得られないであろう。企業で教育指導に携わる皆さんには、ぜひとも「できることでも“その気”にならなければ、ヒトの行動は変わらない」ことを踏まえ、自身の教育スタイルを振り返ってほしいものである。

コンサルティングハウス プライオ
代表 大須賀信敬
(中小企業診断士・特定社会保険労務士)

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