採用活動においては、できるだけ情報を開示した方が良いという論がある。いわゆる、RJP(リアリスティック・ジョブ・プレビュー)の考え方だ。ただ、これもまた、ただ、開示すればいいというわけではない。この問題について考えてみよう。
「限りなく透明に近い情報開示」の罠

あってはならないこととされているが、採用活動には大きく2つの嘘が存在すると言われている。それは「黒い嘘」と「白い嘘」。金井壽宏先生の『働くひとのためのキャリア・デザイン』(PHP研究所)で紹介されていた有名な事例なので知っている方も多いだろう。

 「黒い嘘」とは事実とまったく異なるウソである。例えば、明らかに負荷のかかる仕事を「疲れずにラクラクできる仕事です」と伝えるようなものだ。信じられないかもしれないが、このレベルでウソをついている企業は存在する。
 「白い嘘」は、「不都合な事実を伝えない」というものだ。例えば、必ず土日出勤がある、全国に転勤する可能性がある、毎日のように深夜残業があるなど、就職する前に聞いていたら、その企業を志望したくなくなるような事実を伝えない。「黒い嘘」のように事実を捏造しているわけではないが、大切なことを隠しているわけである。

 嘘の他に、誇張や、見せ方の工夫というものもある。
 「事実の誇張」は文字通り、小さなことを大きく伝える行為である。例えば、ベンチャー企業でよく見かけるのは、社長の経歴の誇張。一部、詐称まで存在することもある。有名企業に在籍した経験などを劇的に演出するなどの手法がとられる。例えば、「◯◯社在籍中にトップ営業マンとして表彰された」などの表記を社長のプロフィールなどで見かけることがあるだろう。実際には、たった1回の出来事だったり、少し頑張れば獲得できるポジションだったりということがある。
 社長のプロフィールに限らず、企業のプロフィール情報や取り組みについて、誇張することがあり得る。例えば、取引先一覧。一度でも少額な取引があった企業はこちらに掲載されるというわけである。
もうひとつは、「見せ方の工夫」だ。例えば、忙しいことを公言している企業は存在する。これらの企業は「人の役に立っている実感があるので、夜遅くなってしまっても充実感がある」などと学生に伝えることが多い。忙しいことを公言する姿勢は、企業の実態を伝えるという意味では評価できるかもしれないが、充実感があるかどうかは、個人により違うのは明らかである。忙しいという事実も、このように見せ方を変えれば学生からも納得してもらえるとも言える。学生を騙しているとも言えるのだが。

 このように嘘をついたり、誇張したりするのではなく、仕事のつらい部分も含めて開示する取り組みが日本でも90年代後半くらいから広がってきた。まさにRJPの考え方である。RJPに限らず、できるだけ情報をガラス張りにして、限りなく透明に近いカタチで学生に伝えるやり方がよしとされている。その方が、学生からも信頼され、ミスマッチやギャップが減るという考え方だ。

 私は基本的には、この考え方に賛成である。企業で人事をやっていた頃にも、人材コンサルタントとして採用のお手伝いをしてきた企業でも、この考え方のもと、情報をできるだけ開示するようにしてきた。
 ただ、これはやればいいというわけではない。赤裸々に情報を開示したところで、相手の学生にそれを理解する能力がなければキャッチしようがないわけである。また、相場観を伝えてあげないと、その意味すらわからない。やりっぱなしのRJPもどきは単に学生を不安にさせるだけだ。そして、彼らは理解したことを装わないと、企業から嫌われるのではないかと思って、演技してしまう。結局、理解しあえているようで、できていない状態になることも。これは幸せだと言えるだろうか。

 学生の就職掲示板やTwitterのつぶやきを見ていると、いくら丁寧に説明しても、話の中身が伝わっていないなと感じる瞬間がある。もちろん彼らにも責任はあるわけではあるのだが。 
 情報をガラス張りで開示することは賛成だが、相手にとってキャッチしやすいか、理解しやすいかというサポートも考えたいところである。

HR総合調査研究所 客員研究員 常見陽平
(著述家、実践女子大学・武蔵野美術大学非常勤講師)

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