法令によって最低賃金を引き上げるという政策、いわゆる最低賃金政策は経済を理解してない人たちには一見魅力的で正義の塊のような印象を与えてしまう。それはそうだろう。今まで時給800円だった賃金が900円に引き上げられれば万々歳だと思い込むのが人情。
しかし、よくよく考えれば、これは雇用が維持されることを前提にした話であることを忘れてはならない。例えば、現在700円の時給でパート勤務をしている母子家庭の大黒柱の母親がいたとしよう。ここで最低賃金が800円に引き上げられたと仮定する。各ステークホルダーはどのような行動をとるだろうか?
最低賃金政策は、実は増税前の駆け込み需要と同じ?

 まずは、母親本人。彼女はこのまま雇い続けてほしいと願うに違いない。そうでないとたちまち生活が破綻してしまう。運命のカギを握るのは会社。

 次に、現在は巷間の時給が安いため働いていない潜在的労働者、つまり生活にある程度余裕のある専業主婦や学生。彼(彼女)らは、最低賃金が引き上げられたことで、働く意欲が高くなり、労働参加しようと考える人も出てくるはずだ。

 さらに、雇用する側の事業主はどういう行動にでるだろうか?私が事業主であったら、コストアップを嫌って何人かを雇止めするかもしれない。あるいは、心情的に雇止めしにくい母子家庭の母親から、雇止めしやすいであろう専業主婦や学生の雇用に切り替えてしまうかもわからない。

 もし、このような事態になったら、最低賃金制度の主旨・目的は達成されるだろうか?かえって本当に働かねば食べていけない人たちを労働市場から追い出すことになりはしないだろうか。経済学の基本原理から考えても、最低賃金の引き上げは労働力の価格が上昇することを意味することから、労働需要が低下することは自明の理。従って、財務的に余裕のない事業主は、生産性の向上に目が行き、雇用の面では雇用凍結や解雇を招きやすくなるだろう。

 つまり、この最低賃金制度。労働市場の需給で決まるはずの均衡賃金を無視する結果、働きたいのに働けなくなる人を発生させてしまいかねないのだ。換言すれば、この政策は完全雇用が達成された社会でしか意味をなさないと言えるだろう。

 一方で、この4月から消費税が8%に増税された。財務省の悲願だから、来年には10%になるのだろう。増税の前になれば毎度のことだが「駆け込み需要」が発生する。やれトイレットペーパーだの、テレビだの、自動車だの、と何でも買ってしまう消費者行動が頻繁に報道される。これを見ていると滑稽でさえある。税率が5%から8%にアップするのだから、5%の時に購入した方が3%分安いに決まっている? でも、本当にそうだろうか?

 この解は、「モノ」の値段が需要と供給の均衡点で決まるという経済学の原理原則を思い起こせば本質的なところが見えてくる。増税前の段階では、税率が低いからとモノを買いたい人がたくさんいるので、モノの値段は下がらない。しかし、増税後の段階になるとその反動でモノを買う人が極端に減少してしまう。従って、モノの値段は勢いよく下がる。企業の供給力はこれらにフレキシブルに対応できない側面も強いのだ。ある経済環境の中で、価格が均衡点を求めて彷徨う、とでも表現したらいいだろうか。

 そうすると、駆け込み需要も絶対的に正しい経済行動ではないということになってしまう。それは、あくまで、増税前後で価格が変わらない定価性のある商品にだけ通用する行動原理だ。しかし、昨今、このような定価で価格設定した商品がどれだけ存在するだろうか。私が思いつくのは「タバコ」くらいだ。ほとんどの商品は、需要がなければ価格が下がってしまう。消費税のアップ分以上に値段が下がれば、何のための「駆け込み需要」だったのか?

 何の脈絡もないが、最低賃金制度と増税前後の駆け込み需要、いずれも「完全雇用」「定価」という前提条件があってはじめて成り立つ政策や行動であることを忘れないようにしたいものだ。


社会保険労務士・CFP 大曲義典

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