4月だ。新入社員が入ってくるシーズンである。苦労して採用した新人たちは元気にやっているだろうか。何かと「即戦力」が連呼される時代だが、そんな人が稀有であることは、皆さん自身がわかっているはずだ。新人たちを、あたたかく見守って頂きたい。
最新作『「できる人」という幻想』(NHK出版新書)
さて、先日、入社式が行われたことだろう。貴社の社長は、新入社員に何を語りかけただろうか?それは、納得感のある言葉だったのだろうか?機能するスピーチになっていただろうか?
このたび、私は最新作『「できる人」という幻想』(NHK出版新書)を発表した。タイトルどおり、日本の若者は、何を目指せと言われてきたのか、どのような「できる人」になれと煽られてきたのか、これを検証した1冊である。主に、即戦力幻想、グローバル化幻想、コミュ力幻想、起業家幻想という若者にとっての4つの強迫観念について検証している。
どれも人事担当者にとって興味深いコンテンツになっていると自負しているが、特に第1章の『入社式に見る平成「働き方」史』は、読むべき章だと思う。平成元年から平成25年まで、入社式で社長は何を語ったのか、その変遷を日本経済新聞に掲載された記事をもとに研究した。
日本経済新聞に載ったものを対象とする時点で、やや偏りはある。あくまで同紙が選んだものであるし、社長の言葉の一部を切り取ったものである。取り上げられている企業も大企業が中心である。とはいえ、25年分振り返ってみると、その傾向、変遷を確認することができた。
平成の入社式においては、歴史的転換点とも言えるタイミングがある。いつだろうか?あまりに面白い結果だったので、ここ数ヶ月、人と会うたびにこう聞いている。よくある答は「バブル崩壊後」「拓銀・山一が経営破綻した後」「リーマンショックの後」「震災の後」などだ。違う。最も大きな変化だと思うのが、平成8年(1996年)の入社式だ。この年から、入社式報道は実に深刻なものとなった。というのも、なんせ見出しが「会社人間いらぬ ひるまず挑戦を」なのである。新入社員を迎える場で、「会社人間いらぬ」とはどういうことだろうか。
ただ、これにはちゃんと理由がある。全員の平成7年(1995年)の5月には、日経連(当時)が『新時代の「日本的経営」』を発表している。この文書は、日本的雇用慣行の見直し、特に正規雇用と非正規雇用をわけていく指針になったと評価されている。労働力について、長期蓄積能力活用型グループ、高度専門能力活用型グループ、雇用柔軟型グループの三グループにわけて分類し、運用しようというのがポイントだ。また、終身雇用はもう維持できないのではないかという議論が盛り上がった時期である。かつての入社式とは、長期雇用のスタートを象徴するものだったが、『新時代の「日本的経営」』の趣旨は、そもそも労働者とは一律でないこと、そして会社に入っても安泰ではない時代の到来を告げるものの一つだったとも解釈できる。
平成8年は、前年に比べて景気は回復傾向ではあったが、国際競争の激化やリストラの継続などから、「プロ意識を持て」や「会社人間になるな」といった、危機感を煽る訓示が中心だったと報じられている。
そのメッセージを強いトーンで伝えているのが、丸紅の鳥海巌社長である。彼は「会社人間ではこれからの時代は通用しない」「野茂やイチロー選手のようにエンジョイしながら仕事をし、結果を出す。これが本当のプロ」と発言している。新入社員がいきなり野茂やイチローと比較されては、たまったものではないのだが、要するにプロ意識を持てということなのだろう。
そのほかの会社でも、「真のプロを目指せ」や「会社のためになる前に、自分がしっかりしたものになってほしい」といったように、「即戦力になれ」「自立しろ」と言わんばかりのメッセージが発信されている。
このように象徴的な転換点は平成8年だったと私は解釈している。その後のキーワードは、基本的には、危機感、変革、グローバル化、法令遵守などである。これらを意識すべしという訓示だ。
とはいえ、若者への投げっぱなしになっていないかという疑問は常にある。また、入社式の訓示というのは、新入社員だけでなく、他の従業員や、株主、取引先、社会に語りかけるものになっている。これもPR・IR活動が強化された平成における変化と言える。やや意地悪に言うならば、新入社員不在の訓示となりつつある。
なお、余談ではあるが、平成の感動スピーチをいくつかご紹介しよう。ソースはすべて、日本経済新聞である。
「同質のひとが集まる『金太郎飴』では対応できない。犬・猿・キジといった個性が集まる桃太郎集団ではなくてはならない。」
平成24年(2012年)アサヒグループホールディングス・泉谷直木社長
「丸紅は大丈夫かと思う人がいるかもしれないが、まだまだ大丈夫だ」
平成9年(1997年)丸紅・辻亨社長
「ホラを吹き、夢を語るのが若者の特権だ」「実現に向けて必死の努力を」
平成21年(2008年)日本電産・永守重信社長
ただ、入社式において言われることは若者に対しての過剰な言いっぱなしになっているという指摘もある。平成3年(1991年)の入社式報道では、既に次のような疑問出しがされていた。入社式の訓示をつなげるとこうなるという話だ。
今年は、国際性が豊かなチャレンジ精神があふれるプロフェッショナルで、社会性も 身につけた個性派ビジネスマン――となる。こんな〝とんがり社員〟があなたの周りにいますか?
よい問題提起だ。記事は、こんなコメントで締められている。
「挑戦的」で「創造的」な「国際的」視野を備えた「プロ」は、経営者にこそ必要なようだ。
さて、貴社の社長は今年、何を語ったのか?それは新入社員に響いたのか?単なる言いっぱなしになっていないだろうか?人事部員として、こっそり振り返って頂きたい。
HR総研 客員研究員 常見陽平
(著述家、実践女子大学・武蔵野美術大学非常勤講師)
このたび、私は最新作『「できる人」という幻想』(NHK出版新書)を発表した。タイトルどおり、日本の若者は、何を目指せと言われてきたのか、どのような「できる人」になれと煽られてきたのか、これを検証した1冊である。主に、即戦力幻想、グローバル化幻想、コミュ力幻想、起業家幻想という若者にとっての4つの強迫観念について検証している。
どれも人事担当者にとって興味深いコンテンツになっていると自負しているが、特に第1章の『入社式に見る平成「働き方」史』は、読むべき章だと思う。平成元年から平成25年まで、入社式で社長は何を語ったのか、その変遷を日本経済新聞に掲載された記事をもとに研究した。
日本経済新聞に載ったものを対象とする時点で、やや偏りはある。あくまで同紙が選んだものであるし、社長の言葉の一部を切り取ったものである。取り上げられている企業も大企業が中心である。とはいえ、25年分振り返ってみると、その傾向、変遷を確認することができた。
平成の入社式においては、歴史的転換点とも言えるタイミングがある。いつだろうか?あまりに面白い結果だったので、ここ数ヶ月、人と会うたびにこう聞いている。よくある答は「バブル崩壊後」「拓銀・山一が経営破綻した後」「リーマンショックの後」「震災の後」などだ。違う。最も大きな変化だと思うのが、平成8年(1996年)の入社式だ。この年から、入社式報道は実に深刻なものとなった。というのも、なんせ見出しが「会社人間いらぬ ひるまず挑戦を」なのである。新入社員を迎える場で、「会社人間いらぬ」とはどういうことだろうか。
ただ、これにはちゃんと理由がある。全員の平成7年(1995年)の5月には、日経連(当時)が『新時代の「日本的経営」』を発表している。この文書は、日本的雇用慣行の見直し、特に正規雇用と非正規雇用をわけていく指針になったと評価されている。労働力について、長期蓄積能力活用型グループ、高度専門能力活用型グループ、雇用柔軟型グループの三グループにわけて分類し、運用しようというのがポイントだ。また、終身雇用はもう維持できないのではないかという議論が盛り上がった時期である。かつての入社式とは、長期雇用のスタートを象徴するものだったが、『新時代の「日本的経営」』の趣旨は、そもそも労働者とは一律でないこと、そして会社に入っても安泰ではない時代の到来を告げるものの一つだったとも解釈できる。
平成8年は、前年に比べて景気は回復傾向ではあったが、国際競争の激化やリストラの継続などから、「プロ意識を持て」や「会社人間になるな」といった、危機感を煽る訓示が中心だったと報じられている。
そのメッセージを強いトーンで伝えているのが、丸紅の鳥海巌社長である。彼は「会社人間ではこれからの時代は通用しない」「野茂やイチロー選手のようにエンジョイしながら仕事をし、結果を出す。これが本当のプロ」と発言している。新入社員がいきなり野茂やイチローと比較されては、たまったものではないのだが、要するにプロ意識を持てということなのだろう。
そのほかの会社でも、「真のプロを目指せ」や「会社のためになる前に、自分がしっかりしたものになってほしい」といったように、「即戦力になれ」「自立しろ」と言わんばかりのメッセージが発信されている。
このように象徴的な転換点は平成8年だったと私は解釈している。その後のキーワードは、基本的には、危機感、変革、グローバル化、法令遵守などである。これらを意識すべしという訓示だ。
とはいえ、若者への投げっぱなしになっていないかという疑問は常にある。また、入社式の訓示というのは、新入社員だけでなく、他の従業員や、株主、取引先、社会に語りかけるものになっている。これもPR・IR活動が強化された平成における変化と言える。やや意地悪に言うならば、新入社員不在の訓示となりつつある。
なお、余談ではあるが、平成の感動スピーチをいくつかご紹介しよう。ソースはすべて、日本経済新聞である。
「同質のひとが集まる『金太郎飴』では対応できない。犬・猿・キジといった個性が集まる桃太郎集団ではなくてはならない。」
平成24年(2012年)アサヒグループホールディングス・泉谷直木社長
「丸紅は大丈夫かと思う人がいるかもしれないが、まだまだ大丈夫だ」
平成9年(1997年)丸紅・辻亨社長
「ホラを吹き、夢を語るのが若者の特権だ」「実現に向けて必死の努力を」
平成21年(2008年)日本電産・永守重信社長
ただ、入社式において言われることは若者に対しての過剰な言いっぱなしになっているという指摘もある。平成3年(1991年)の入社式報道では、既に次のような疑問出しがされていた。入社式の訓示をつなげるとこうなるという話だ。
今年は、国際性が豊かなチャレンジ精神があふれるプロフェッショナルで、社会性も 身につけた個性派ビジネスマン――となる。こんな〝とんがり社員〟があなたの周りにいますか?
よい問題提起だ。記事は、こんなコメントで締められている。
「挑戦的」で「創造的」な「国際的」視野を備えた「プロ」は、経営者にこそ必要なようだ。
さて、貴社の社長は今年、何を語ったのか?それは新入社員に響いたのか?単なる言いっぱなしになっていないだろうか?人事部員として、こっそり振り返って頂きたい。
HR総研 客員研究員 常見陽平
(著述家、実践女子大学・武蔵野美術大学非常勤講師)