2016年の安倍政権の重要政策として、「同一労働同一賃金」というキーワードが鮮明になってきた。派遣労働者と正社員、パートタイム労働者と正社員、同じ仕事をしているのに報酬に大きく格差がある。賃金ならびに賃金以外にも数々の待遇に格差がある不公平について、政府が5月に発表を予定している「ニッポン一億総活躍プラン」で、より踏み込んだ取り組みが開始されることになりそうだ。
  2月7日(日)の日経新聞朝刊では、さっそく「非正規雇用の待遇を改善するために、仕事の習熟度や技能といった『熟練度』を賃金に反映させるよう法改正する」という具体的な法案整備イメージも発信され始めた。同一労働同一賃金を実現するために、「同一の処遇をしてください。差別的な処遇はやめてください」という『お願いや理念ベース』の法律ではない、具体的に企業として整備すべき制度上の規定が従来以上に明確になることが想定される。

 日経新聞の報道内容を拝見してのポイントは以下の3点にありそうだ

 1.「熟練度」というキーワード
 2.「派遣労働者」の報酬に踏み込む
 3.「企業の説明責任」の義務化


 まず、「熟練度」というキーワード。この言葉の位置づけを確認するためには、法案の大前提となる政府の課題感を確認する必要がある。
こちらは正社員と非正規雇用の年齢別賃金カーブである。
第13回 同一労働同一賃金 その1
  簡単に言えば
「採用時の給料に、正規も非正規に違いはある。」ただし、
「正社員は入社後に給料が上がる」「非正規は給料があまり上がらない」ことの方が大きな問題だ という課題認識のしかたである。

 企業の現場では「非正規でも結構高い給料をもらっている人がいる」といった声や、「サービス労働をいれたら、実際の時給ベースでは正社員の方が低い」という冗談めいた皮肉の声もよく耳にする。特に人手不足感が広まる昨今では、「非正規社員の待遇は低くない」という認識を持つ方は少なくない。入口の部分での均等待遇はだいぶ実現されてきているからだ。
 しかし、入社後に給与が上がらない方ばかりでは、当然ながら「所得税収も上がらない」「家庭形成意欲(出生率)も上がらない」「消費意欲も上がらない」。政府としては非正規=低賃金ではなく、非正規=昇給無し を重要と捉えている。
このため過去のパートタイム労働法改正等でも、「教育機会の差別」の禁止にまで言及し、非正規労働者にも教育や昇進の機会を正社員に変わりなく準備し、成長させ、「昇給」させてください。 というメッセージを送ってきた。

 そして今回『熟練度』である。

 従来企業側の非正規の昇給無しの根拠は「同じ仕事をしているから」。
非正規労働者は入社してからずっと基本は同じ仕事をしている。「同一労働同一賃金」の原則から言って、同じ職務に継続的に取り組んできているのだから、同じ賃金で良いだろう。という論法である。

 今回の『熟練度』という言葉には、「たとえ同じ仕事をしていても、熟練度は上がっていますよね。ですので昇給してください」という、勤続年数に伴う処遇改善を期待するメッセージが含まれている。
 「習熟度」という表現であれば、新しい仕事を習い、できるようになったら昇給する。
 「成長度」という表現であれば、担当業務のステップアップや能力の明確な伸長があったら昇給する。

 例えばスーパーのレジ担当のパートタイマーは、新規で入った方も10年選手も基本は同じ仕事をしている。「レジの複雑なイレギュラー操作業務もできるようになった(習熟)、午前中のレジ担当者のリーダー役になった(成長)」があれば資格や等級・役職を上げ、報酬で応える。逆に、仕事に変化がなければ賃金は据え置きで良い。この解釈レベルが現在の「同一労働同一賃金」がイメージしてきた領域である。
 しかし『熟練度』は「元々担当している仕事について、1年勤務したが熟練はない」とは言い切ることがイメージしづらい言葉である。企業の人事行政・制度の中では、過去の職能時代には使われたが、昨今の仕事基準の制度整備下では、あまり使用されていない言葉であることも理由の一つだ。熟練、つまり「1年勤めてみて、難しい仕事をできるようになったわけではないが、ただレジ操作は1年目よりはだいぶ慣れた」。この状態を真っ向から否定される方というのは企業にとっても相当なローパフォーマーだ。逆に言えばほとんどの人は「1年で熟練した」ということになる。

 今後どのような位置づけで「熟練度」という言葉で昇給制度の規程化が求められるのかは注視していく必要がある。ただし、非正規労働者の昇給が固定的に求められる法整備が進むことは容易に想像できる。固定的な昇給を非正規に求める是非は大局・個別の双方の視点から簡単に結論は出せないが、少なくとも企業の人事部門は「当社にとっての熟練」とはどのような定義なのかを明らかにしておく取り組みは不可欠になりそうだ。
 
 当社も数々の非正規労働者の人事制度を構築してきた。「均等待遇モデル」として厚生労働省から称賛された制度、報道で取り上げられ企業ブランディング・採用力に寄与した人事制度も多い。しかし今回の「熟練度」というキーワード。きれいごとではない、政府としての本気の、新たな企業への期待を感じさせる言葉である。

 次回コラムでは、二つ目のキーワード「「派遣労働者」の報酬に踏み込む」について考察します。
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