厚生労働省は、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(令和5年9月1日基発0901第2号。以下「認定基準」という)を改正した。特に別表1「業務による心理的負荷評価表」に列挙された出来事を追加・整理し、具体例を充実化している。これは相談窓口での対応や従業員の教育など、予防管理のツールとなり得るので、企業としては「補償面」だけでなく「予防面」においても活用を検討することが望ましい。本稿では、「カスタマーハラスメント」(カスハラ)と「パワーハラスメント」(パワハラ)に絞って、「認定基準の改正点」と「企業の留意点」を述べる。
2023年9月、厚生労働省が「カスハラ/パワハラをめぐる精神障がい」の労災認定基準を改正。企業の留意点は

「カスタマーハラスメント」に関する改正について

厚生労働省は、カスタマーハラスメントについて、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と定義している。すなわち、カスハラに当たるか否かは、クレームの内容は妥当か(商品・サービスの欠陥の有無)、クレームの手段・態様は相当か(後述の行為類型の程度)の2点から判断するということだ。

認定基準は、「業務による心理的負荷評価表」の出来事として、クレームの内容について、「顧客や取引先から対応が困難な注文や要求等を受けた」(項目9)に整理し、また、クレームの態様について、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(項目27)を追加した。

業務による心理的負荷の強度が「強」と評価する具体例として、項目9では、「顧客や取引先から重大な指摘・要求(大口の顧客等の喪失を招きかねないもの、会社の信用を著しく傷つけるもの等)を受け、その解消のために他部門や別の取引先と困難な調整に当たった顧客等から、人格や人間性を否定するような言動を反復・継続するなどして執拗に受けた」ことが挙げられている。

また、項目27では、身体的な攻撃のほか、「顧客等から、人格や人間性を否定するような言動を反復・継続するなどして執拗に受けた」こと、「顧客等から、威圧的な言動などその態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える著しい迷惑行為を、反復・継続するなどして執拗に受けた」ことが挙げられている。

認定基準は、「たとえ一度の言動であっても、これが比較的長時間に及ぶものであって、行為態様も強烈で悪質性を有する等の状況がみられるときにも『執拗』と評価すべき場合がある」としている。反復性や継続性がなくても態様によっては、心理的負荷の強度が「強」と評価されることがある。また、ハラスメント単体では「強」と評価されないとしても、出来事後の状況として、「会社に相談しても又は会社が迷惑行為を把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった」ことが認定される場合は、結果として「強」と総合評価される。

企業としては、以上の点を踏まえた従業員の教育や安全配慮義務の履行が求められるといえよう。

既にパワーハラスメント防止体制を整備している企業も多いと思われる。カスハラもハラスメントの一種である以上、パワハラと同様に検討すればよい。人事労務担当者の対応方法については、本ウェブサイトに掲載された以下の拙稿を参照されたい。


上記拙稿で紹介した「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示5号)に挙げられた予防管理と事後対応の方法を具体化したものが、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(2022年)である。同マニュアルでは、特に事後対応につき、「時間拘束型」、「リピート型」、「暴言型」、「暴力型」、「威嚇・強迫型」、「権威型」、「店舗外拘束型」、「SNS/インターネット上での誹謗中傷型」、「セクシュアルハラスメント型」に区分した行為類型ごとの対応方法、初期対応の具体的な方法や失敗事例が記述されており、参考になる。

「パワーハラスメント」に関する改正について

前項で紹介した指針は、パワーハラスメントの代表的な行為類型として、「身体的な攻撃」、「精神的な攻撃」、「人間関係からの切り離し」、「過大な要求」、「過小な要求」、「個の侵害」の6つを挙げている。

認定基準の改正により、「業務による心理的負荷評価表」には、具体例として6類型が全て列挙された。従前より身体的な攻撃(暴行・傷害)や精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)は具体例として挙げられていたが、「無視等の人間関係からの切り離し」、「業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制する等の過大な要求」、「業務上の合理性なく仕事を与えない等の過小な要求」、「私的なことに過度に立ち入る個の侵害」が追加されたものである。6類型が労災補償の対象となる以上、そのいずれも防止することが安全配慮義務の内容になるだろう。

また、「性的指向・性自認に関する精神的攻撃等を含む」ことが明記された。いわゆる「SOGI(そじ)ハラ」も、パワハラの一内容になることを前提とした従業員の教育が必要となる。

なお、パワハラに関する相談窓口の周知と管理職教育については、以下の拙稿を参照されたい。

「精神障がいの悪化の業務起因性」に関する改正について

これまで精神障がいの悪化の業務起因性には「特別な出来事」(心理的負荷が極度の出来事や発病直前の1ヵ月に160時間を超える、極度の長時間労働)の存在という高いハードルが設けられていたが、認定基準の改正により緩和された。すなわち、「特別な出来事がなくとも、悪化の前に業務による強い心理的負荷が認められる場合には、当該業務による強い心理的負荷、本人の個体側要因(悪化前の精神障害の状況)と業務以外の心理的負荷、悪化の態様やこれに至る経緯(悪化後の症状やその程度、出来事と悪化との近接性、発病から悪化までの期間など)等を十分に検討し、業務による強い心理的負荷によって精神障害が自然経過を超えて著しく悪化したものと精神医学的に判断されるときには、悪化した部分について業務起因性を認める」こととされた。

あくまで総合判断となるので、企業にとって予測可能性が高いわけではないが、悪化の場面では、近接するハラスメントなどの出来事による心理的負荷の内容や強度を踏まえた安全配慮義務の履行が求められるであろう。

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