前々回の「バカモノ」、前回の「ワカモノ」に加え、今回は、イノベーション人財の供給源である「ヨソモノ」について、スポーツの世界での事例を挙げながら述べていきます。新卒で入社して以来、過酷な出世のマラソンレースを未だに展開している日本の有力企業も、最近では、ジョブ型雇用制度、専門職制度の導入などによって、従来に比べれば中途採用社員の活用余地は広がっているように見えます。
スポーツ業界から学ぶ「ヨソモノ」人財によるイノベーション
中途採用活用の理由については、2021年11月に実施した学情の「『中途採用』に関する企業調査」でも、「即戦力確保」が中途採用の最も多い理由であり、また2番目は「事業拡大のため」であり、本稿の意図である、「ヨソモノ」によるイノベーションの拡大までは、まだまだ進んでいない印象を受けます。

あくまでも、社内のリソース不足への対応という「量」の問題が先に立っている面が強く、新卒からずっと一つの会社にいるよりも多様な業務経験や企業文化に触れていることが評価されているわけではないようです。「多様性」が叫ばれる時代の中でも、多様なバックグランドを持った「ヨソモノ」人財の採用による、既存の社員との「化学反応」を意識的に起こすような風潮はまだ一般的ではありません。

「ヨソモノ」はスポーツ業界に何をもたらしたのか

さて、本稿で今回取扱う「ヨソモノ」人財活用の具体例は、「スポーツ業界」です。

「スポーツ」の業界で、「ヨソモノ」がイノベーションを起こした最初の事例は、1980年代における企業経営(マネジメント)人財による「ビジネス」的な展開です。特に「マーケティング」のナレッジによって、オリンピックやサッカーW杯を「スポーツビジネス」化しました。こうした国際大会及び現在の欧州のサッカーや、アメリカの4大スポーツ(アメリカンフットボール、野球、バスケットボール、アイスホッケー)のリーグを含め、メジャーなスポーツの世界は、今や「ビッグビジネス」に成長しています。

2010年以降には、統計学や運動生理学、IT技術など理系人財による「スポーツテック」が大きな潮流となっています。

象徴的な出来事では、2014年のサッカーW杯での決勝戦でブラジル代表を7対1と完膚なきまでに叩きのめした(「ミネイロンの惨劇」)ドイツ代表の優勝です。その裏側にはドイツのIT企業SAP社による下記のようなサポートがありました。

・高精細カメラで選手やボールの動きをトラッキングし、選手やボールの動きに関する約4000万件ものデータを取得、分析し戦術面に活かす
・また、その戦術を可能にする科学的トレーニングを繰り返す

そもそもこうしたデータ解析の専門家というものは、NASAのロケットサイエンティストが、90年以降冷戦の終結による宇宙開発の縮小によって、まずは金融業界に進出し2008年のリーマンショックを一つの象徴として、活躍の場を金融業界からスポーツの場に求めたことに発します。

スポーツ業界に限らず、IT技術やサービスの進化に伴って、あらゆる分野でテクノロジーと既存技術・サービスの化学反応がイノベーションの有力な源泉となっています。最近のバズワードである「DX」もまたその本質は、テクノロジーによる既存の仕組みや制度の革新を図る化学反応と言えなくもありません。

もちろん、テクノロジーに限らず化学反応を起こすテクノロジーや新たな企業文化、多様性といったものも、当然「ヨソモノ」と括られる「人財」にくっ付いたナレッジです。スキル、ナレッジと同様、多様性をもたらす企業文化、例えば、社内人脈とか感情的な議論が支配するモノトーンな企業文化ではなく、様々なバックグランドを持つ従業員が、互いの違いを認め合い、リスペクトし合って、新たな革新的な企業文化を作っていく。そして、その延長線上に「破壊的イノベーション」も起こるように思うのです。

イノベーションを起こす「ヨソモノ」人財を採用するためには

これまで3回に渡って、会社内で起こす「イノベーション」の担い手としてのイノベーション人財について「バカモノ」、「ワカモノ」について記し、そして今回「ヨソモノ」の重要性を指摘しています。

こうした人財は、昭和の「日本株式会社」、「終身雇用慣行」の下では、社内で燻り続け、評価されず、避けられてきた者たちです。最近の企業経営では、「多様性」、「SDGs」、「ウェルビーイング」、「ジョブ型雇用」、「専門職制度」、「中途採用」、「副業解禁」……といったものが徐々に市民権を得つつあります。そのため、「イノベーション」それも日本人が得意な現場レベルでの「持続的イノベーション」に加えて、これまで長らく日本企業が達成出来なかった「破壊的イノベーション」を可能にする、「イノベーション人財」の育成・確保についても意識的に進めていく必要があるでしょう。

「ヨソモノ」の中途採用、導入については、自社にないナレッジを得たいという場合は案外すんなり実行出来るものです。しかしながら、「化学反応」といった場合、その実、これまでの自社の制度や企業文化に対しては摩擦を生じさせます。これまで自社だけでは可能でなかった既存の制度、文化の見直し・刷新、あるいはこれまでの社内から出てくるイノベーションとは一線を画する「ぶっ飛んだ」イノベーションの担い手としては、むしろ「摩擦」を起こす「ヨソモノ」、そして「バカモノ」、「ワカモノ」の積極的な活用、登用が必要なのです。

そのためには、どう人財の採用をするのか?

それは、スキルや業務実績だけではなく、コンピテンシー(行動特性)についての熟慮、すなわち、採用すべき人財のコンピテンシーも含んだスペックの企画が重要です。

スキルや業務実績については比較的簡単にスペックを考えることが出来ますが、「ヨソモノ」として、会社に新たな風、さざ波を起こすような人財については自社の過去の経験だけでは十分ではないでしょう。外部戦力も活用した採用戦略が必要です。

こういうディシジョンは、企業の立場としては、大変難しいことでしょう。しかしながら、破壊的なイノベーションを起こし、VUCAの時代にサバイブしていく企業として、そうした従来から一歩進んだ、新たな時代の人財育成、確保を推進するという意識、気概こそが企業を成長させることに繋がるのだと思います。

今回まで3回に渡って「ワカモノ」、「バカモノ」、「ヨソモノ」といったイノベーション人財の典型例を書いてきました。やはり、これまでの日本企業のやり方とは不連続な人財戦略が、イノベーションにも必要です。もちろん、会社全体でのイノベーションに対する意識向上、こうした「変わり者」と、これまで会社の中心で業務や事業開発を仕切って来た人財との融和策なども必要でしょう。

とにかく、これまで上手くいかなかった反省をベースに、試行錯誤も交えながら「実践」していくことが大事だと思います。

イノベーション人財については、今回で一旦終了し、次回は、今世間の注目を浴びている「人的資本」について、開示、実質的な対応などを考えていきます。
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