太田 肇 著
PHP研究所 1,575円

日本人は勤勉と言われることが多く、東日本大震災の被害に耐える姿をニューヨークタイムズ紙は「高貴な忍耐力と克己心」と賞讃した。その高貴な精神は企業の中でも発揮されているのだろうか?
本書によれば、そうではない。残業を規制する企業もあるが、その結果としてサービス残業が蔓延している。
「見せかけの勤勉」の正体
有給休暇の取得率も低迷したままだ。欧米人は「家庭第一」の人が圧倒的だが、日本人は「会社第一」が多い。しかし、日本人の「会社第一」の勤勉さは本物なのか?

 ギャラップ社の調査によれば、仕事に高い熱意を感じている日本人はわずか9%。タワーズペリンの調査では「非常に意欲的である」と答えた人は2%で、調査対象の16カ国で最低だ。
 大人だけでなく、若者も消極的だ。内閣府「第七回世界青年意識調査(18~24歳対象)」によれば、「満足」「やや満足」と答えた人は調査後5カ国中で最低。「不満」「やや不満」は最高だった。
 やる気のなさは労働生産性に反映され、日本生産性本部の「労働生産性の国際比較 2011年版」によれば、OECD34カ国中20位である。IMD(国際経営開発研究所)が発表する国際競争力ランキングで、1991年に日本は1位だった。2011年は26位に後退しており、台湾、中国、韓国の後塵を拝している。

 たぶんこんなに残業が多い国は日本だけだろう。ところが、働く人にどんな制度や環境を重視するかを訊いた調査(2009年9月7日付日経新聞)によれば、第1位は「年次有給休暇の取りやすさ」、第3位は「実労働時間の適正さ」である。
 休暇を取らず、残業をしているが、実際は休みたいし、早く帰りたいのだ。しかし早く帰ると査定に影響する。だから帰れない、休めない。そして面従腹背のなかで、やる気が低下する。
 また上司から与えられる目標がどんどんストレッチしていき、達成したら次のゴール、そのゴールをクリアしたらさらに高いコールにストレッチしていく。この無限ループもやる気をなくさせる原因だ。

 たぶん企業で働く多くの人は、著者の意見に賛同できるはずだ。企業は若手を成長させ、中堅にリーダーシップを発揮してもらいたい。その「やる気を出させよう」という圧力が、やる気を殺いでいるのだ。著者の言葉を引用すれば「求心力を高めようとすると逆に遠心力が働く」のだ。
 子どもの教育でも似たようなことが起こる。長男・長女に期待して、勉強しろと言い過ぎるとやる気をなくして成績が下がる。内発的なモチベーションではないからだ。

 著者は成功事例も示している。リクルートでは、40歳までにスピンアウトするという不文律があり、実際に起業したりコンサルタントとして活躍したりしている元社員が多い。そういう夢があるので、若手社員は何でも学ぼうとするし、猛烈に働く。
 未来工業は岐阜県にある資材メーカーだが、やる気主義とは正反対のマネジメントで成功している。社員は休暇を取るし、残業はしない。しかし給与は40歳で600万円の年収だからかなり高水準だ。
 瀧川社長は社員のやる気を出させるポイントとして「管理をしない」ことを上げている。これは「社員はオレたちの会社だと思えばやる気を出す」という信条に基づいている。
 未来工業では社員が嫌がるルールを片っ端から撤廃した。タイムカードもなく、出勤時間は社員の自己申告だ。驚くのは、ホウレンソウの禁止だ。多くの企業では新入社員研修でホウレンソウの徹底を教え込んでおり、組織に必要なものと思い込んでいる。
 未来工業が禁止している理由は、ホウレンソウに頼ると、部下が指示待ち人間になるし、そもそも都合の悪い情報を上司に報告するはずがないからだ。
 もっとも未来工業の「管理をしない」経営を真似て、ホウレンソウを禁止しても好業績になれるというものではないだろう。リクルートにしても未来工業にしても、現在の企業文化が形成されるまでには長い時間がかかっている。

 本書を読んで思うのは、人事の常識の妥当性だ。人材育成では、ストレッチした目標を与えて成長させるのは常識だろう。マネジャーがホウレンソウの徹底を部下に求めるのも常識だ。そういう施策が、社員の自主的なモチベーションを上げているのか、下げているのか? これまでの人事の常識と異なる育成法やマネジメントが必要に思えてきた。
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