「健康経営」に取り組みはじめたいなら、まずは「健康経営優良法人」の認定取得を目指してはどうでしょうか。「何も手を付けていないのに、健康経営優良法人の認定取得なんてまだ早い」と思われる人事の方や、「健康づくり」担当者の方もいらっしゃるかもしれません。しかし、そういった方にこそ、体制の整備・実行すべき施策・PDCAの回し方といった「健康経営」のはじめの一歩を、「健康経営優良法人」の認定取得を通して学んでいただきたいのです。そこで今回は「健康経営優良法人」認定取得のメリットや、申請に必要な「健康経営度調査」内容を読み解くヒント、そして認定基準のポイントなどを解説します。
「健康経営優良法人」認定取得の重要性と取得対策のポイント

「健康経営」で、短期間の「経営的リターン」はあるのか?

「健康経営」に取り組むメリットとして、「従業員が健康に働けるようになれば、生産性が高まり、企業の業績や株価が向上する」……と説明されますが、これは本当なのでしょうか。

働けないほどの病気や怪我ではないものの、健全な状態に比べて労働生産性が低下してしまう状態のことを、「プレゼンティーズム」と呼びます。この「プレゼンティーズム」は、「健康経営」によって改善したい課題のひとつです。たとえば、日本人の5人に1人が実感している睡眠障害、またデスクワークの職業病とも言える腰痛などは、就業中の生産性を下げてしまう疾病です。

では、「健康経営」の取り組みをはじめることによって、従業員の睡眠障害や腰痛が改善するまでには、一体どれくらいの時間が必要でしょうか? 健康は、短期間のうちに改善するものではありません。特に働く環境が原因になっているような疾病の場合には、なおさら時間を要するものです。「健康経営」において「従業員を健康にすること」で経営的なリターンを得るためには、5年から10年の長期的な投資が必要なのです。

一方で、健康経営において「従業員の健康に配慮する企業姿勢を情報発信すること」でも経営的なリターンを得ることが可能であり、情報発信する手段のひとつが「健康経営優良法人の認定取得」なのです。認定取得にかかる期間は、早い企業では1年程度となり短期間での成果が見込めます。
ホワイト企業関連の認定制度まとめ

図表1

ホワイト企業関連の認定制度まとめ(2)
企業ブランドの向上などを目的とした公的認定制度には、いくつかの種類があります。図表1では、ホワイト企業関連の認定制度についてまとめています。数ある認定制度の中から、なぜ「健康経営優良法人」の認定取得を推奨しているのか? これには、大きく2つの理由があります。

1つめの理由は、もっとも知名度の高い認定制度であること。自社が従業員の健康に配慮していることを情報発信するためには、認定制度自体が広く認知されている必要があります。その点、認定企業数の多さと新聞・雑誌への露出度の多さで、「健康経営優良法人」が頭ひとつ抜けています。

2つめの理由は、認定基準が、法令遵守からSDGs/ESGまでバランス良く設定されていること。他の認定制度では、「女性活躍」や「子育て・若者支援」といった目的に沿って認定基準も絞り込まれています。「健康経営優良法人」の認定基準には、「健康診断の実施や長時間労働の管理」といった法令遵守レベルから、「SDGs/ESGを見据えた情報開示や取引先支援」といった長期経営視点の取り組みまで、網羅的に含まれています。
「健康経営優良法人」の認定基準と調査票は、経済産業省のWEBサイトにて公表されています。認定基準と調査票は毎年更新されるため、参考リンクから該当ページを確認してみてください。

「健康経営優良法人」の認定基準と調査票を精査していると、興味深い点が見えてきます。それは「従業員が健康になったかどうか」が認定基準には含まれていないことです。そうです、「健康経営優良法人」の認定制度とは、「従業員を健康にすること」ではなく、「従業員の健康に配慮する企業姿勢を情報発信すること」によって経営的リターンを得ることを目的に設計されているのです。

認定取得を左右するのは、施策の量よりも「経営者の関わり方」と「改善の質」

これから「健康経営」に取り組み始めようとしている担当の方には、経済産業省が公表している「健康経営度調査」を読み解くことからはじめていただきたいと考えています。本記事でもひとつひとつ解説したいところですが、設問数70問を超えるボリュームがあるため、読み解くためのヒントをお話しましょう。

■健康経営度調査とは
「健康経営優良法人」の認定制度のうち、「大規模法人部門」の申請に必要な書類。設問数は大問として約70問、小問を含めると120問を超える。認定要件に係る設問に加えて、上位認定である「ホワイト500」に係る設問や、統計情報として扱うアンケート設問が含まれている。

「健康経営度調査」を初めて見る方は、答えなければならない設問の量の多さに驚いてしまうかもしれません。「健康経営度調査」を読み解くには、1問あたりの点数に大きなギャップがあることに気付くことが非常に重要です。
健康経営度調査の配点
「健康経営優良法人2022」認定取得のための「健康経営度調査」では、大問として71問があるうち、回答が必須な設問は50問でした。この50問は、「健康経営」の取り組みを4つの側面に分けて設定されています。つまり、「1問=1点」のように均等な配点になっているわけではなく、ある1問は1点でも、他の1問は3点分にもなるということです。

具体的に見てみましょう。「健康経営度調査」において、4分類された側面の中でもっとも設問数の多い項目は「制度・施策実行」です。調査票の設問数は27問ありますが、配点は100点中20点分ですので1問あたりの点数は0.74点となります。一方で、もっとも設問数の少ない項目である「経営理念・方針」では、設問数6問に対して配点が30点分あるので、一問あたりの点数は5点となります。

この点で、「健康経営」担当者の勘違いが生じてしまいます。認定基準・調査票のいずれも、「制度・施策実行」の数が飛び抜けて多いため、「健康に関する施策の量が大事なのだ」と思ってしまいがちです。しかし、実際には配点を踏まえると「経営理念・方針」と「評価・改善」が重要であることが分かります。

私たちに「健康経営」のコンサルティングを依頼される企業のうち、8割ほどはこの勘違いを抱えています。また、一度認定を取得したものの翌年には落としてしまう企業は、「制度・施策実行」の充実に時間をかけてしまい、「経営理念・方針」や「組織体制」の新しい設問に適合できなかった……というケースもあります。

4つの側面の具体的な設問内容は、経済産業省のWEBサイトで公開されている調査票をダウンロードして読んでみてください。本記事では、代表的な設問を抜き出してご紹介します。

1. 経営理念・方針


「健康経営」の方針等を社内外へ発信しているかどうかが評価されます(例:図表2)。個別の施策・結果だけでなく、「健康経営」の推進目的・体制の開示が求められます。また、「健康経営銘柄2022」および「ホワイト500」の取得には、「自社従業員を超えた健康増進に関する取り組み」として「トップランナーとしての健康経営の普及」も必須項目となります。

図表2

1. 経営理念・方針

出典:経済産業省HP「令和3年度健康経営度調査【サンプル】」

2. 組織体制


「健康づくり」担当責任者の役職や、経営レベルでの会議における「健康経営」の議題など、経営層において「健康経営」を推進する体制ができているかが評価されます(例:図表3)。また、産業医・保健師との関与、健保組合等保険者との協議・連携も問われます。

図表3

2. 組織体制

出典:経済産業省HP「令和3年度健康経営度調査【サンプル】」

3. 制度・施策実行


従業員の健康保持・増進のための具体的対策を実施しているかなどが問われます(例:図表4)。中項目「健康経営の実践に向けた土台づくり」では、「健康経営」に関する知識を、管理職・従業員へ教育しているかどうかなどが評価されます。勉強会や研修などへの参加率(実施率)の把握が必要です。

図表4

3. 制度・施策実行

出典:経済産業省HP「令和3年度健康経営度調査【サンプル】」

4. 評価・改善


「健康経営」の実施がどの程度進んでいるか、効果検証がされます(例:図表5)。

図表5

4. 評価・改善

出典:経済産業省HP「令和3年度健康経営度調査【サンプル】」

「健康経営優良法人」のトレンドは、「従業員の参画」と「情報開示」

本記事の執筆時点(2022年2月)では、「健康経営優良法人2022」の発表が間近に迫っています。「健康経営優良法人」の認定基準と調査票の設問内容には毎年何かしらの変更があるのですが、今年度の変更点は、これまでとは明らかに傾向が変わっていました。

2020年度までの変更点は、施策をやりっぱなしにせず経年的に評価・改善すること、つまり「『健康経営』のPDCAが適切に回せていること」に重きを置いた内容でした。2021年度では、SDGs/ESGの観点が反映されており、経営方針や組織体制に関する設問が変更されていました。このトレンドは次期の「健康経営優良法人2023」においても引き継がれることは間違いなく、来年度の認定取得に向けて何らかの取り組みが必須です。そこで、「健康経営優良法人」にはじめてチャレンジする企業に必ず押さえていただきたいポイントを2つお伝えします。

1つめは、「従業員の意見を聞く場を設けること」です。そもそもの話になるのですが、「健康経営」によって動くのは一人ひとりの従業員です。従業員が「健康経営」を自分ごととして捉えていなければ、「なぜ人事から健康について指示されないといけないのか」、「自分の健康は自分で分かっているから会社が立ち入ることではない」といった反発を生むことになります。

このように、経営者や担当者ばかりが先走ってしまうケースは、「健康経営」に失敗する典型例のひとつです。従業員から意見を聞く場としては、部門ごとの定例会議や、衛生委員会と部署横断の会議を活用するのがおすすめです。新たな会議体を設けるのではなく、すでに運営されている場の中で部門長やチームリーダーを通じて意見を収集すると、従業員の本音が拾いやすくなります。

2つめは、「健康経営度調査の内容を積極的に情報開示すること」です。冒頭の話に戻りますが、「健康経営」によって短期間で経営的リターンを得るには、「従業員の健康に配慮する企業姿勢を情報発信すること」が必要です。この点は、「健康経営優良法人」においても「ESG投資における情報開示の重要性」を鑑みて実行されており、大規模法人部門の上位認定である「ホワイト500」を取得するためには情報開示が必須とされています。

「どんな内容を情報開示すればいいのか?」ということについては、「健康経営銘柄」や「ホワイト500」の認定企業のHPが参考になります。特に、同業種の認定企業を参考にすることをおすすめします。「健康経営優良法人」の調査結果の内容には、全社における順位と、同業種内での順位がつけられ、それぞれが審査対象となるためです。こうした情報開示は認定取得にプラスとなるだけでなく、上場企業であれば投資家向けのアピールになります。また、従業員の「自社に対する誇りや親近感」の醸成にもつながるため、日々の業務のモチベーションアップにも好影響があるはずです。

次回は、すでに「健康経営」に取り組み始めている企業向けに「『健康経営』が続かない企業によく見られる5つの担当者タイプ」をお伝えします。それではまた。

※ 健康経営®は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

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