ビジネスのグローバル化やダイバーシティが進み、属性や価値観の異なる人とともに働くケースが増えてきた。そこで重要視されているのがコミュニケーションだ。とりわけ「アサーティブコミュニケーション」と呼ばれる手法が、良好な人間関係の構築に貢献するものとして注目を集めている。ここでは「アサーティブコミュニケーション」について、その内容や実践のポイントについて解説する。
「アサーティブコミュニケーション」の意味や事例とは? ポイントを実践し、コミュニケーション活性化やメンタルヘルスケアを実現

「アサーティブコミュニケーション」の意味と重要視される背景

「アサーティブコミュニケーション」とは、相手の立場や意見を尊重しつつ、自分の主張を正確に伝える表現方法を意味する。

アサーティブ(Assertive)という言葉は、「断定する」、「言い張る」、「自己主張が強い」、「自信に満ちあふれている」などと訳される。だが「アサーティブコミュニケーション」は、一方的に自分の意見を主張することではない。自分と相手を尊重し、片方だけが意見を押し通すことも我慢することなく、互いの考えをしっかりと伝え、意見の交換ができるようなコミュニケーション方法だ。

もともとは人間関係の構築が苦手な人のために、アメリカの心理学者ジョセフ・ウォルピによって1949年に開発されたカウンセリング手法が起源だといわれている。70年以上もの歴史を持つこの「アサーティブコミュニケーション」が、注目を集めている背景には、ビジネスのグローバル化やダイバーシティがあるといっていい。海外を相手にしたビジネス、国籍・民族・文化の異なる人たちが同じ職場で働く場面などを考えると、相手を尊重しながらの自己主張=「アサーティブコミュニケーション」が不可欠なものとなるはずだ。さらに「アサーティブコミュニケーション」には、以下のような効果が期待できることからも、長年に渡って重要視されているのである。

●社内でのコミュニケーションが活性化する

誰もが「アサーティブコミュニケーション」を実践できれば、活発な意見交換が行われ、チーム内の情報共有や相互理解が進む。いわゆる“風通しの良い職場”が作られ、チームの結束は強まり、組織の持続的な成長にもつながるだろう。逆に「アサーティブコミュニケーション」が不足していれば、意思疎通は困難となり、組織への帰属意識は薄まる。「いった、いわない」のトラブルや伝達ミスなども頻発してしまうはずだ。

●上司・部下間で良好な関係を構築できる

上司と部下の会話は、上司からの一方的な伝達や押しつけ、叱責になってしまうことも多い。部下側は、意見があっても主張できず「わかりました」とだけ答えがちだ。しかし、互いに「アサーティブコミュニケーション」を心がければ、相談や意見交換がスムーズに行われ、部下の力量や現状に合わせた仕事の指示も可能となる。近年注目されている「1on1ミーティング」でも、「アサーティブコミュニケーション」によって部下の本音を引き出すことで、成長をサポートしていくことができるはずだ。

●従業員のメンタルヘルスケアに貢献する

相手に遠慮して自分の主張を押し殺していると、ストレスばかり溜まってしまう。無理のある指示・依頼や間違った意見に対して何も言えないでいると、自分のキャパシティ以上の仕事を抱え込む危険やモチベーション低下の恐れが生じる。そこで、「アサーティブコミュニケーション」を実践できれば、人間関係のストレスは軽減され、やりがいを持って生き生きと働けるようになる。ストレスに起因する休職・離職の防止、すなわちメンタルヘルスケア(心の健康)にも有効なのだ。

●生産性の向上

「アサーティブコミュニケーション」によってチームワークが強化され、職場での情報共有が進めば、適正な仕事の割り振りや役割分担が可能となり、モチベーションとエンゲージメントも高まる。自分の意見を我慢せず主張できるようになるため、提案や議論が活発化し、新たなアイデアをすぐさま実践に移せる企業風土も育まれるだろう。業務の効率化と生産性の向上も期待できるはずだ。

攻撃的でも受け身でもない、適切な自己表現のスタイルを獲得しよう

前述した心理学者ジョセフ・ウォルピは、自己表現のスタイルを下記のようなタイプに分類している。これを理解することが「アサーティブコミュニケーション」の理解にもつながるはずだ。

●アグレッシブ(攻撃的な自己表現)

相手の感情・意見・立場を無視し、自分の気持ちや考えを伝えることが最優先、自分さえ満足できればそれでいいという姿勢。自分の要求を押し通して、相手より優位な立場に立つことだけを重視し、受け入れられないと感情的になる。反論を許さないため、相手に委縮・警戒させ、受け身の態度を取らせてしまう。良好な関係を構築することは難しく、ハラスメントにつながる危険性も大きい。

●アサーティブ(相手の主張を受け入れながら自己主張もする)

相手の気持ちや立場を尊重し、異なる意見を受け止めながらも、自分自身の気持ち・意見・主張についても正確に伝える。その場にあった言葉遣いや適切な表現を選択して話すため、相手を傷つけることなく、意見が対立している人とも建設的な議論が可能。互いに納得できる結論や解決策を導き出すことができる。

●ノンアサーティブ(自分を主張せず受け身に徹する)

自ら主張することなく受け身に徹する、アグレッシブとは真逆の自己表現。言い争いや対立を避けるため、自分より相手を優先させてしまう。周りの目や評価を気にしすぎて、曖昧な表現に終始し、言い訳が多くなり、自分の意見や気持ちを上手く伝えることができない。無理のある意見・主張や難しい依頼であっても受け入れてしまうので、不満やストレスを溜め込み、間違った判断や指示に従ってしまう危険性もある。

「アサーティブコミュニケーション」の実践で重要な4つのポイント

「アサーティブコミュニケーション」についての啓蒙・普及、トレーニングのための講座開設などに取り組むNPO法人アサーティブジャパンでは、「アサーティブコミュニケーション」を“スキルであると同時に、相手と向き合う際の心の持ちよう”とし、以下のような4つの柱を提唱している。この柱がしっかりしていれば、自然と「アサーティブコミュニケーション」につながる、というわけだ。

(1)誠実

自分と相手、どちらも尊重していることを示すため、誠実な態度と言葉選びを心がける。相手と自分の主張・意見が食い違っていても、厳しく反論したり、自分を押し殺して無条件に賛同したりせず、自分に対しても相手に対しても嘘をつかず、誠実さを貫く。いったん相手の考えを受け止めつつ、自分自身の考えも丁寧に示すという誠実さがあれば、自分本位で攻撃的な姿勢も、自己主張を抑え過ぎた受け身のコミュニケーションも避けることができる。

(2)率直

自分の気持ち・意見を率直に伝える。感情的な口調にならず、相手の反応を見ながらすぐさま主張を曲げるようなこともない。主語はあくまで「私」であり、たとえば「みんながそう言っています」など第三者の主張に置き換えない。曖昧・遠回しな表現を避け、自分はどう思っているのかをストレートに、相手に伝わる言葉で主張する。

(3)対等

上司と部下、先輩と後輩、取引先・発注先など、自分と相手の立場の違いや力関係に左右されることなく、対等な関係で意見を交換する。立場の違いによって自分の意志を曲げたり、強い立場であることを利用して自分の意見を押し付けたり、立場が弱いからといって自分の主張を押し殺したりしない。“上から目線”になることも卑屈になることもなく、対等な態度と心持ちで相手と向き合う。

(4)自己責任

自分の主張が通らなかったとしても、また意見交換によって決まったことがどのような結果をもたらしたとしても、その責任は相手だけでなく自分にもあるという自覚を持つ。「だから言ったのに」という責任転嫁や「実はこう思っていた」といった後出しの言い訳をすることなく、言った責任も言わなかった責任も自分が引き受ける。

「アサーティブコミュニケーション」を実現するDESC法

「アサーティブコミュニケーション」では、自分の意見や感情を相手が受け止めやすい言葉で伝えることを心がけ、曖昧な表現、感情的で不躾な口調は避けなければならない。相手の主張が間違っていたりわかりにくいものであったりしても、「まるで違う」、「全然わからない」といった言い方ではなく、「そういう考え方もあるとは思いますが」、「私の理解力が足りないのかもしれませんが」など、相手を尊重した柔らかい表現を選ぶべきである。

また主語はあくまで「私」であり、自分がどう考えているかをストレートに伝えることが大切だ。「今日は無理です」といったネガティブな言い回しではなく、「明日なら大丈夫です」などポジティブな表現も求められる。

これら「アサーティブコミュニケーション」に必要な表現方法を身に付けるための訓練は「アサーティブトレーニング」と呼ばれる。ここで役立つのが、アメリカの心理学者ゴードン・バウアーらによって提唱された『DESC法(デスク法)』だ。以下のような4段階に分けて自己主張することにより、相手を傷つけずに自分の意見を伝えることができるという、コミュニケーションの展開手法である。

(1)描写(Describe)

まずは客観的な事実のみを具体的に描写する。自分自身の感情、相手に対する評価、推測などは交えず、明白な状況や行動だけを伝えるようにする。

(2)表現(Explain)

「描写」で述べた客観的事実に対する主観的な意見を相手に伝える。その際、感情的・攻撃的な言葉遣いは控え、相手の気持ちを思いやり、誠実さと率直さを心がけながら意見を述べる。

(3)提案(Specify)

現在の問題点について、解決方法を相手に提案する。高圧的に相手を責めたり命令したりするのではなく、相手の同意を得られるよう丁寧に、あくまでも提案・依頼という形を取る。自分が何を求めているのか、相手にどうして欲しいのか、抽象的ではなく具体的な行動を示す。

(4)選択(Choose)

提案に対する相手の態度・意見が「Yes」なのか「No」なのか、その反応に合わせて自分が取るべき行動を示す。柔軟な対応を心がけることが大切となる。

「アサーティブコミュニケーション」の具体例

上述の『DESC法』に則って「アサーティブコミュニケーション」を実践する際のポイントを整理しておこう。

●上司から部下に対する表現

部下に対するコミュニケーションが「アグレッシブ」になってしまう上司は多い。自分が正しいという思い込み、言った通りに働いてくれて当然といった身勝手さから、高圧的な言葉で叱責し、意見を押しつけてしまうわけだ。あくまで部下の気持ちを尊重しながら、何を望んでいるのか、自分がどうしたいのかを誠実・率直・具体的に伝えるべきである。

たとえば部下に作成を依頼したプレゼン用の書類が期日までに完成しなかった場合なら、次のような表現となるだろう。

「昨日の17時には上がるはずの書類、まだもらっていないよ」(描写)
「トラブルがあったのかと不安になるし、私が確認する時間も必要だから困るよ」(表現)
「時間や資料が足りないと思ったら、その時点で相談してくれるかな」(提案)
「追加の資料探しや手伝い、プレゼンの時間変更を考えることが可能かもしれないしね」(選択)

遅れを一方的に責めるのではなく、相手への配慮を示しながら今後に向けての改善策を提案するわけである。逆に「この書類の大切さがわかってないの?」、「ミスばかりで、ホントにどうしようもない人だ」、「今後は間違えないように気をつけて!」など、相手への非難や曖昧な指示に終始することは避けなければならない。

●部下から上司に対する表現

目上の存在に対しては、どうしても「ノンアサーティブ」なコミュニケーションになってしまいがちだ。だが「わかりました」と受け入れるだけでは、自分の能力以上の仕事を抱え込み、事態の収拾がつかなくなってから助けを求めるなど、多くのトラブルを招いてしまうだろう。また、ひたすら謝り続けて自分からは何の提案も行わないようだと、今後も同じようなトラブルを繰り返すことになるだろう。上司は自分を信頼してくれている、自分も上司を信頼している、という前提で、積極的な意見交換を心がけたい。

「この書類は明日17時までに完成できそうにありません」(描写)
「現状では課長に迷惑がかかってしまいます。申し訳ありません」(表現)
「追加の資料探しと内容の精査、再整理のためにもう1日待ってもらえませんか」(提案)
「そうすれば完成できます」or「どなたか手伝いをお願いします」(選択)

このように、互いに相手を思いやりつつ自身の意見を述べる「アサーティブコミュニケーション」は、職場でのコミュニケーション円滑化、周囲との良好な関係作り、ハラスメントの防止、ストレス軽減などに寄与するだけでなく、仕事に関する情報共有が進み、仕事量や分担の調整が正しくできるというメリットも持つ。業務効率と生産性の向上にもつながるはずだ。

職場での報告と相談、1on1ミーティング、取引先や委託先との連絡など、あらゆるシーンでさまざまな効果を発揮するコミュニケーション手法として、アサーティブなトレーニングに取り組み、積極的に「アサーティブコミュニケーション」を実践していきたいものである。
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