コロナ禍の終わりが見えない現在、「DX」の必要性が盛んに叫ばれています。DXはITを活用した業務の効率化だけではなく、全社的な経営改革を促すものであって、日本企業が欧米に劣後している領域に変革を起こす可能性を秘めたものです。「経営改革」を実行するには「経営人財の確保・育成」が欠かせません。従来型の減点主義マラソンレースではない、新たな育成方法が望まれているのです。
コロナ禍という未曽有の災害が始まって早1年以上が経過しました。社会のあらゆること、そして企業社会も変革の荒波に晒されており、その傾向は、外食産業、旅行業界など、直接的に収益について新型コロナウイルス感染症拡大の影響を大きく受ける業種だけではなく、全ての企業について「経営改革」が促されているといってもよいほどです。

リモートワーク、ネット通販、Uber Eats……。「ニューノーマル」な日常の中で、インターネットを中心としたデジタル技術が生活を当たり前に支える時代になりました。企業社会ではデジタル技術を「経営改革」を促進するものとして捉え、猫も杓子も「DX」という合言葉で、変革への「希望」を表しています。

このDXという言葉について、さすがに最近は「IT化=ITの業務への積極的な導入」という「目的としてのデジタル」という当初の誤解から、ようやく「ITを活用した企業活動の見直し」、つまり「手段としてのデジタル」という本来の意味へと変化してきたと感じられるようになりました。しかし、まだまだ「業務の効率化」といった矮小化された領域での理解に留まっているように思います。

DXというものは、単に「業務の改善」などという小さなものではなく、経営の構造的なあり方を根本的に変えてしまう「経営改革のドライバー」だと認識する必要があります。その理由は、デジタル≒インターネットの可能性について、現在顕在化しているものがほんの一部であって、多岐にわたる企業活動全体を変えてしまう広がり、インパクトをもっているからです。

私がそう考えるのは、証券アナリストとしてインターネットについて長い間観察した知見、ITベンチャーでの役員経験、大学におけるこの分野での6年間の研究、3年前の「GAFAM」に関する約20回にわたる分析内容の投稿(『徹底研究!! GAFA』2017年/洋泉社MOOK〈共著〉として一部出版)などに依ります。インターネットと、AIのようにそれを活用したさまざまな技術・サービスが、今後さらにexponential=指数関数的に発展していくだろうと確信しているのです。

「DX」は日本企業にとって「大逆転の可能性」を秘めている

こうした技術・サービスは、「日本のITは、世界に完全に劣後してしまった」と嘆くばかりの日本企業にとって、「失われた〇〇年」の停滞を打ち破るゲームチェンジの起爆剤となる可能性を秘めています。そして、この可能性について、企業経営者たちが薄々感じていることが、「DXがバズっている」現象の一因ではないでしょうか。

日本企業の復活にとって、特に重要な技術は「IoT(すべてのものがインターネットで繋がること)」の技術です。ものづくり技術やおもてなし精神といった職人芸的なサービスなど、日本企業が保有する「リアルの強み」をIoTでバーチャルに繋ぐことによって、オン/オフが一貫した技術やサービスに仕上げることが可能になります。リアルの優れた技術・サービスが、デジタル≒インターネットの力を借りて、日本企業逆転のチャンスを演出するのです。

2000年代に、コマツが開発した「KOMTRAX(コムトラックス)」という建機が世界の建機市場を席捲しました。建機をインターネットで繋いで稼働状況を常時チェックし、併せて新興国における盗難防止を実現した技術です。これがインターネット(IoT)と相まって、それまで培った自社の「製品やメンテナンスそのものの良さ」を復活させたように、「DX」は効率化に留まらず、サービスそのものから、マーケティング、社内の仕組みに至るまで、全ての変革を促すことができるのです。

20年以上も前に「KOMTRAX」を世に出したコマツの経営者(当時)の判断にある「先進性」を、他の日本企業経営者たちも思い返してみる必要があるかもしれません。

「経営人財」が改革を持続的に成功させる鍵である

さて、長かった「失われた時代」を継続させてしまった要因は何なのでしょうか? 私の42年にわたるビジネスライフ、10回にも及ぶさまざまな企業における転職経験から導いた結論は、「経営者のだらしなさ」です。それはバーチャル世界への対応だけでなく、一事が万事リスクを取って投資し、成長分野を創り上げていく「企業家精神」の欠如から来ています。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と謳われたかつての成功体験にとらわれて、減点主義・競争社会を勝ち上がってきた、いわゆる「優等生エリート」に率いられた大企業は、内向きの社内論理や調整業務に汲々とし、デジタルを始めとする世界の変化からは周回遅れとなってしまったのです。

例えば、2021年2月23日の日本経済新聞の「経済教室」(※1)に発表された、慶応大学 斎藤卓爾准教授の調査を見てみましょう。斎藤准教授は、1990年〜2020年までの30年間の日経平均採用銘柄企業・225社について、現社長が、社長に昇格するまでのキャリアパスを調べた結果をまとめ、下記を示しました。

・社長就任年齢は大体60歳と変わらず
・入社から部長昇格までは約22年で変わらず、長い時間がかかっている
・部長から役員までの昇進は4.5年〜6.2年と短い


これによると、幹部候補の人材は、部長に昇格するまでに企業の「内部論理」がすっかり身に沁みている状態です。つまり、下記のような日本企業の性質を述べているわけです。

・破天荒で、ゲームチェンジングを引き起こすような「企業家精神」のエネルギーをすっかり奪われている
・経営の経験を積める「部長以降の経験年数」が極めて短期間しかない


こうした日本企業の経営者に関する閉塞感を打破する試みとして、欧米型の、ヘッドハンティングによって社外から「プロ経営者」を抜擢・採用する、という手法がしばしばとられてきました。しかし、早急かつ現場の実情から乖離した改革による失敗や、場合によっては改革成功後の経営者による不祥事発生などによって、日本の企業社会では、成功といえるような外部経営者抜擢例は、それほど多いとは思えません。

私の考えでは、日本の企業が「社会貢献」、「従業員重視」といった経営理念に重きを置く「理念経営」のDNAを受け継いでいるため、場合によっては企業固有の経営理念に背くような手法で「利益の追求」を行う経営者を外部から採用してしまったケースでは、ハレーションを起こしてしまうことも、原因ではないかと思います。

近道ではないけれども、リスクをきちんと取り、イノベーションにも明るい、企業家精神溢れる経営者を「社内で育成」していく体制――「経営人財教育」の必要性が増しているのではないでしょうか。

オープンマインドをもったイノベーション人財の育成

ところで、最近「Clubhouse」というスマホアプリが話題になっているのをご存じの人も多いかと思います。音声版のSNSで、実名の参加者が自分の好きなテーマで「ルーム(部屋)」をオープンし、そのテーマに惹かれた人が参加して、議論を盛り上げていくというものです。

外出自粛やテレワークによるオンライン疲れで雑談に飢えた人々が殺到したこと、2名までの既参加による招待制といった当初の特別感、そして著名人・芸能人に交じって市井の一般人が言葉を交わせる新鮮さなどの要因で、大きな話題になりました。

私も1月の下旬から試しに始めてみて、特に開始当初ならではの面白さを味わったうちのひとりです。その「面白さ」とは下記の2点が挙げられます。

・インターネットに明るい起業家や、ベンチャーキャピタリストなど、ビジネスの最前線で超多忙なために書籍やテキストでの情報発信をまだあまり行っていない人たちが気軽に登場していること
・同じく実名使用のSNS「Facebook」と比べて圧倒的に年齢層が若いこと

 
サービス開始当初の「Clubhouse」では、大企業の経営陣はほとんど見かけませんでした。ところが先日、「ウェルビーイング(※2)」をテーマとしたルームで、ある医薬・ヘルス企業分野の大企業の会社が、モデレーターに促されて発言しているのを発見しました。この会長は創業者一族であり、イノベーションを最近着々と起こしている会社を率いています。しかも、私と同じく60代中盤で、いわゆる高齢者です!

この年齢の大企業経営者が若者に交じって議論をする様を聞いていて、この会社が「社員のウェルビーイングに気を配りながら人財育成にも力を入れている」と評判が高く、イノベーションを起こしていけている理由とは、「Clubhouse」 に参加したうえに発言するオープンマインドであり、社外や下の世代の意見にも目が向いている、この経営者のお蔭なのだと合点が行きました。

経営改革は経営者次第です。「DX」ばかりでなく「SDGs」や「カーボンニュートラル」などといった「社会のトレンド」に敏感で、オープンマインドな経営者の人財育成が、経営改革を持続的に行うための鍵なのではないでしょうか。そして、そのような経営人財の育成には、従来型の減点主義のマラソンレース勝者ではなく、新たな人材育成の考え方に基づき社内育成していくことが必要でしょう。「Clubhouse」での経験は、そんな思いを強くした出来事でした。

次回は、このあたりについて、もう少し詳しく書いてみたいと思っています。

【参考】
※1:経営人材育成、早期・計画的に 企業統治新時代/齋藤卓爾 慶応義塾大学准教授(日本経済新聞)

※2:ウェルビーイング 身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを意味する概念で、「幸福」と翻訳されることも多い言葉。特に企業において「社員が良好な状態で仕事に臨める状況」という文脈で最近語られる。
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