内山力 著
PHPビジネス新書 882円

 この本を読みながら「拳々服膺(けんけんふくよう)」という言葉を思い出した。心に抱いて忘れないという意味だ。本書が説明し、指南する内容は、拳々服膺する価値がある。
 これまでにも経営者や人事関係者を読者として想定する本はあったが、中身が古いものが多い。カタカナ用語を多用する本もあるが、説明が画一的で抽象的だ。本書は違う。ありとあらゆる人事課題を論じているが、非常にプラクティカルで実践的である。
「人事マネジメント」の基本
序章「人事管理から人事マネジメントへ」では、現在進行している企業人事の変質の理由が説明されている。これがとてもわかりやすい。まず説明されているのは「人事マネジメント」が生まれるまでの歴史。アメリカでは「科学的管理法」から労務管理が生まれ、アメリカ型マネジメントが完成し、「その仕事ができるプロフェッショナル」を労働力として雇うスタイルが確立する。

 日本では事情は異なる。日本の企業には資本家が存在せず、株主兼経営者が企業の始まりだった。創業者のアイデア、能力、気力の下に仕事が生まれ、人が集まり、企業として成長していく。
 そして日本企業の伝統は「新卒のアマチュア」を雇い、一人前に育てることだ。能力を高めるためには目標が必要になる。その目標が能力ランキングであり、身分ランキングと合体している。原始的なものは「丁稚→手代→番頭」であり、「主事→参事→参与→理事」という形に進化した。

 本書の説明によれば、近年になると身分という要素が取れ、仕事に求める能力を表す指標に変化する。書道や柔道に似て、3級、2級、1級と呼ぶようになった。これが職能制度、あるいは等級制度である。この「身分が取れた」という説明は新しいし、正鵠を射ていると思う。

 興味深く読んだのは「管理スパンの原則」に関する叙述だ。人事関係者ならご存じの方が多いはずだが、管理スパンとは1人のリーダーが管理できるメンバーの数だ。業種や職種によって変わるが、一般的な事務職では5人程度とされることが多く、「課」の人数が近似している。
1000人のメンバーがいる企業では200人のマネジャー(課長)が必要になり、この200チーム(課)を管理する40人のマネジャー(部長)が生まれる。その上に8人のマネジャー(事業本部長)がいて、2人の経営者が存在する。マネジャーは3階層248人だ。社員数と経営者を合わせて1300人。多くの日本企業が似たような組織階層になっていると思う。

 しかしなんらかの方法で管理スパンを20人にすることができたら、まったく違う組織になる。1000人のメンバーを管理するマネジャーは50人になり、その上の経営者は3人でいい。つまり組織がフラット化すると同時にスリム化し、1053人で済む。

 ではどうやって管理スパンを大きくするのか? 本書は非同期コミュニケーションによってマネジメント効率を上げて管理スパンを大きくする方法を提案している。非同期コミュニケーションをわかりやすく言えばメールである。非同期があれば同期もあるわけで、同期コミュニケーションとは口頭によるホウレンソウだ。
 口頭では、ホウレンソウの優先順位ではなく、メンバーからホウレンソウが来た順番で処理していく。これでは管理スパンは大きくならない。
 メールによる非同期コミュニケーションなら、マネジャーは重要度を判断し、マネジャー自身の判断で処理する順番が決められる。このやり方なら確かに管理スパンを大きくすることができるだろう。

 著者はポテンシャル能力評価で計る能力と、仕事力の相関関係についても述べている。仕事力と最も関連が深いのは知識欲。仕事力の高い人は、よく本を読んでいる。仕事力ともっとも相関がないのは創造力。やや意外だが、確かにそうかもしれない。著者は、多くのマネジャーが創造力の高い人材を使いこなしていないとも指摘している。能力については詳しく語られているので、一読を勧めたい。

 現代の企業社会では、伝統的な人事管理と、新しい人事マネジメントが混在している。整理して包括的に理解する必要があるが、良書がなかった。本書がはじめて人事マネジメントの全体像を提示した。評価に値する。
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