『百戦錬磨 セルリアンブルーのプロ経営者』は、ハイネケンジャパン(現ハイネケン・キリン)、日本リーバ(現ユニリーバ・ジャパン)、サンスター、日本コカ・コーラ副社長、タカラトミー社長、そして新日本プロレスリング社長とキャリアを重ねてきたメイ氏による初の著作である。「プロ経営者」と呼ばれるに至ったこれまでの歩みや仕事論を、持ち前のユーモアを交えながら熱く語り尽くした一冊となっている。(2019/12/17発売)
『百戦錬磨 セルリアンブルーのプロ経営者』――これからの時代の経営者に必要とされるマインドスキルとは

こよなく日本を愛するオランダ人プロ経営者による仕事術

2018年6月9日の大阪城ホール。新日本プロレスが2009年以降続けている興行「DOMINION」にて、試合開始前にハロルド・ジョージ・メイ新代表取締役社長兼CEOが就任の挨拶を行った。「煽りビデオ」と呼ばれる凝った作りの紹介VTRが場内の大型スクリーンに映し出された後、会場入り口付近に立つメイ社長にスポットが当てられたかと思うと、全力疾走でリングへ。選手さながら新日本プロレスの代名詞とも言えるセルリアンブルーのマットに滑り込み、リング上で自身のプロレス愛と社長就任にあたっての決意を語った。これ以上ない“掴み”に多くのプロレスファンが熱狂を持ってオランダ人新社長の就任を歓迎した。

メイ氏は1963年にオランダで生まれ、鐘紡(カネボウ)で食品の商品開発の仕事に就くことになった父に同行し、8歳のときに家族4人で日本に移住。13歳まで横浜で過ごしたのちインドネシアへ移り、大学はアメリカへ。卒業後、就職のため再び日本に戻っている。日本では子どもの頃の6年間を合わせると35年ほどを過ごしており、本書の中でも「母国語は英語と日本語とオランダ語の3つ」「死ぬまで日本にいたい」「前世はおそらく日本人だった」といった言葉で、日本への愛着を語っている。

本書は「パーソナルなことについて」「マーケティングについて」「経営について」「新日本プロレスについて」「組織と人について」の5章で構成されている。以下、各章の主な内容について触れておこう。

仕事論の根幹にあるのは、仕事を楽しむ姿勢

第1章「パーソナルなことについて」では、日本に暮らすことになった経緯、多言語を操る際の頭の働き(メイ氏は6ヵ国を話すことができる)、学生時代の経験やペットを飼うことから得た死生観、オランダ人が商売上手な理由などが経験に基づいた言葉で分かりやすく綴られる。中でも章末に置かれた「面白いことが好き」というパートでは、「仕事は楽しくやりたい」「みんなを驚かせたり笑わせて、いい空気の中で仕事をしたい」といったメイ氏の仕事論の根幹が、冒頭の「DOMINION」でのエピソードなどを例に語られ、後続の章で展開される氏の各論を理解するための手助けとなっている。

第2章「マーケティングについて」は文字通り、メイ氏が自身で「天職」であると感じているというマーケティング論が展開される。氏にとって2つ目の会社にあたる日本リーバで「紅茶のリプトン」のブランドマネージャーになったことを皮切りに、誰に何を売りたいのかを徹底的に考えること、データを活用して数字で周りを説得すること、プロモーション方法やツールにも工夫を凝らすことといったマーケティングの基本を学んでいった過程が活き活きと書かれている。

ブランドには(1)商品のブランド、(2)商品グループのブランド、(3)企業ブランドの3つがあり、新日本プロレスでは選手一人ひとりが(1)、ユニット・グループが(2)、新日本プロレスという団体が(3)である、など説明が明解でわかりやすく、氏の持論にスッと入っていける。タカラトミー時代にSNSを本格的にビジネスに活用し始めたというメイ氏は、この章で日本語とTwitterの親和性についても触れており「140字でかなり込み入った内容を表現できるのが日本語の強み」だとしている。

誰も目をつけないところに目をつけるのがプロ経営者である

第3章「経営について」では、日本でビジネスをしている外国人のプロ経営者としての経験とノウハウが大いに語られる。グローバルカンパニーであるコカ・コーラ社で学んだこと、外資系企業と日本企業の違い、契約書の注意点などが並び、本書で最も実践的なテクニックを説く。一定以上の規模のメーカーやサービス業社が、社内の「お客様相談室」をアウトソーシングに切り替えるケースが増えていることに「一番情報が集まってくる、改善やモチベーションアップのヒントの宝庫」だと異を唱え、自身も社内のお客様相談室に何度も足を運ぶそう。その理由やエピソードにはメイ氏独自の視点を感じさせる。

第4章「新日本プロレスについて」は、ビジネス書でありながらプロレスファンにも新鮮な話題が多く、なぜメイ氏がプロレスに魅入られるようになったのか、どのような経緯で木谷高明会長(株式会社ブシロードの創業者)とタッグを組んだのか、といった読み応えのあるエピソードが並ぶ。タカラトミーでリカちゃん人気を復活させたことなどの経験から、「知名度があるならどんなものでも復活させる自信がある」という。また、メイ氏は新日本プロレスの「復活」にはまだまだ伸びしろがあるとして、「キャリアの残りすべてを新日本プロレスに捧げたい」と語る。

第5章「組織について」は、メイ社長流の組織論であると同時に、学生へのアドバイス、自身が求める人材についてなど、「これから」に関する記述も散りばめられており、プロ経営者としてまだまだ多くのトライアルを自らに課そうとしている氏の決意の強さがうかがえる。誰もが「褒められて伸びる人」であり、部下や後輩をしっかり褒めて伸ばそう、というごく当たり前のメッセージが強く読み手に刺さるのは、世界を股にかけた豊富な経験値が行間から溢れ出ているからだ。そして本書が外国人経営者のビジネス書にありがちな二極的な論調に終始していないのは、長い日本企業での経験で得た機微を重んじる感覚がそこはかとなく反映されているからではないだろうか。


リーダーである自分が一番仕事を楽しむことで、あらゆる局面を乗り越え、業績をV字回復させてきたプロ経営者としてのメイ氏の言葉。百戦錬磨の説得力を持ったその言葉の一つひとつを味わいながら、競争激化&グローバルの時代を生き抜くためのヒントを得てほしい。
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