5-1. 自己のマネジメント:具体的で短期の目標に落とし込むことで、先送りを避ける

 通常業務で忙殺されてしまうがゆえに新しいことに取り組めないという理由は、どの属性でも上位に挙がっています。もしそうであれば、業務の効率化に取り組まなければならないことになります。あるいは、何かの業務を止める決断も必要になるでしょう。業務効率が問題なのであれば、その専門書に譲ります。しかし、その前に本当に時間がないことが原因なのでしょうか。

 夏休みの旅行の予約をしそびれて、結局、家でだらだら過ごすことになってしまったことはないでしょうか。あるいは、配偶者への誕生日プレゼントを買いそびれて、当日に慌ててインターネットで購入して目録だけ渡したことはないでしょうか(ちなみにこの2つの事例は、何を隠そう、私自身のことです)。旅行の予約をする時間も、プレゼントを買う時間も、その気になれば簡単に捻出できます。「忙しい」といつも口にしている人は、考えてみてください。本当に時間がないのだろうかと。
 多くの場合は、時間がないわけではありません。なかなか重い腰が上がらずに、あるいはそれほど重要ではない目の前の業務を優先してしまい、先送りをしてしまっているのです。

 もしこのコラムをお読みいただいている方々もそうだった場合は、この方法がヒントになると思います。それは、具体的で短期の目標に落とし込むことです。
 人間には、長期的な目標や抽象的すぎる目標はなかなか行動に移せないという傾向があります(注6)。反対に、目の前の具体的な目標ほど、すぐに行動を起こしやすいのです。例えば、個人営業スタイルが上手くいかなくなったことに気づいて、チーム営業スタイルに変えようとしたとしましょう。もちろん、マネジャーであるあなただけが変わればよいというわけではありません。一方、それまでのやり方に慣れていたメンバーからは、大きな拒絶反応が予想されます。このような難しい目標でも、「1週間以内に3人のキーマンと意見交換をし、最低一人の賛同者を得る」という目標に落とし込めば、心理的負担も軽くなります。最初の一歩を踏み出してみようと思うようになるでしょう。
 この目標の細分化には、派生効果があります。小さな目標を達成することで自己効力感が高まり、取り組みにドライブがかかるのです。自己効力感とは、自分は上手くやることができるだろうという自信のことであり、心理学者のA. バンデューラによって提唱された概念です。自己効力感が高ければ、逆境を跳ね返す力が強くなるといいます(注7)。小さな目標を達成することで、次のより大きな目標に先送りせずに取り掛かることが期待できます。

5-2. 構造のマネジメント:構造変更に過度に期待せず、ソフトパワーでカバーする

 組織にはハード面とソフト面があります。「現状の枠組み」の内訳である制度やルール、権限のあり方、業務分担などのハード面であり、マネジメントや人材などがソフト面です。組織問題の原因として、しばしばハード面が挙げられます。例えば、業績評価制度と整合していないために新しい方針に従ってもらえないなどという話は、よく耳にするところです。
 しかし、制度にはベストなものはありません。どのようなものを導入しても、必ずデメリットが付きまといます。例えば株式会社サイバーエージェント取締役人事部長の曽山哲人氏は、こう述べています。

 「どんなに練った制度でも、必ず白けてしまう人がいます(著者注:その制度によって不利になったり、あまり恩恵にあずかれない人がネガティブな反応をすることや、斜に構えること)。制度自体を作り込み過ぎないことが大切です。制度は1~2割、運用が8~9割です 。」(注8)

 それにもかかわらず、メリットだけに着目して安易に組織のハード面をいじろうとする人は後を絶ちません。ある調査によれば、新任CEOの半数近くが就任後2年以内に組織再編に着手するものの、大半の場合は失敗に終わるといいます(注9)。
 同様に、マネジャーが新たに取り組もうとしていることに制度やルール、業務分担等を合わせようとしても、別のところで必ず不整合が生じてしまうでしょう。さらには、そもそもそのマネジャーのためだけに、会社の制度やルールが存在しているわけではないのです。権限がなくても、あるいは自分の業務範囲を超えることでも、個人的な持ち味や影響力、あるいはコミュニケーション力を行使してものごとを進めている人はたくさんいます。構造面の改善はもちろん大切なことですが、ソフトパワーでカバーする努力を忘れてはいけません。

5-3. 周囲のマネジメント:相手のメリットを訴求するとともに、日頃から信頼残高を増やす

 自分一人で完結することであればよいのでしょうが、マネジャーともなれば、何か新しいことを始めようとすれば、必ずといってよいほど、様々な所に影響を与えます。そして影響を及ぼす範囲が広くなるほど、自分の行動ややり方を変えることが難しくなります。周囲の協力を得るには、どうすればよいのでしょうか。

 私どもは、以前、周囲を巻き込んで大きな成果を挙げているマネジャーの特徴を分析しました(注10) 。その結果、2つの特徴が浮かび上がりました。1つ目は、相手の利害を考えていることです。周囲に何かを頼もうにも、相手には相手の考えがあります。そうした中では、相手の利害を理解し、相手のメリットを訴求するような対応が必要です。自分の思いや考えを熱く語るだけだというのが、最もやってはいけないことです。
 ところがどんなに相手のメリットを訴えても、なかなか納得してもらえないこともあります。頼む前に勝負がついていることもあるのです。相手が協力依頼に応じるかどうかは、依頼内容だけでなく、依頼する人でも判断します。「よくわからないけど、この人が言っているのなら間違いないだろう」と思われる人もいれば、逆に「言っていることは正しいかもしれないけど、何かありそうだなぁ」と思われてしまう人もいます。前者のタイプは、信頼残高が高い人です(注11)。これが2つ目の特徴です。信頼残高とは銀行の預金残高をメタファーにした言葉であり、信頼に足りる行動をすれば残高は増え、裏切れば減ってしまいます。マネジャーが機敏に自己変革を遂げるためには、日ごろから信頼残高を増やす努力も大切なのです。

6. おわりに

 入社間もない頃のことを思い出してください。恐らく、全てのことが新鮮に感じられ、なんでも吸収しようと思って働いたことと思います。今はどうでしょうか。その頃に比べるとはるかに能力が付き、自分で仕事を切り盛りするようになり、その結果、組織や部下に対するもどかしさを感じることも多くなったのではと思います。自分のことだけでなく、組織を変えたいという気持ちが強くなってきていると思います。
 組織変革という言葉もありますが、組織が変わるわけではありません。組織の中にいる一人ひとりが変わっているのです。しかし、基本的には他人をコントロールすることはできません。でも、自分のことならコントロールできます。他人を変えようとしたら、自分から変わるべきです。その姿を見て、きっと周りも変わってくれることでしょう。そうしたことに取り組もうと思っている方々に、コラムが多少なりとも役立つことができれば幸いです。
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富士ゼロックス総合教育研究所では、1994年より人材開発問題の時宜を得たテーマを選択して調査・研究を行い、『人材開発白書』として発刊しています。『人材開発白書2016』は「ミドルの自己変革力」をテーマに分析をしました。本コラムはその分析結果にもとづいて書かれています。なお、『人材開発白書』のバックナンバーは、弊社のホームページよりダウンロードできます(http://www.fxli.co.jp/)。
注5: Robert Kegan and Lisa Laskow Lahey (2009) Immunity to Change: How to Overcome It and Unlock the Potential in Yourself and Your Organization, Harvard Business Review Press. [ロバート・キーガン、リサ・ラスコウ・レイヒー著、池村千秋訳(2013)『なぜ人と組織は変われないのか―ハーバード流 自己変革の理論と実践』英治出版。
注6: Gary Latham (2007) Work motivation, Sage Publication.[ゲイリー・レイサム著、金井壽宏監訳、依田卓巳訳(2009)『ワーク・モティベーション』NTT出版。]
注7: Albert Bandula (2001) Social cognitive theory: An agentic perspective, Annual Review of Psychology, 52, 1-26.
注8: 2013年8月12日にインタビューを実施。役職は当時。
注9: Blenko, M. W., Mankins M. C. and P. Rogers (2010) The Decision-Driven Organization, Harvard Business Review, 88, 54-62.
注10: 富士ゼロックス総合教育研究所(2013)『人材開発白書2013:戦略実行力―組織の壁とミドルの巻き込み力』。
注11: 社会心理学者のEdwin. P. Hollanderが1970年代に提唱した信頼蓄積理論を起源にする。
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