堀井 憲一郎 著
講談社現代新書 735円
若者殺しの時代
『週刊文春』をお読みの方なら、堀井憲一郎さんの名前を知っているだろう。「ホリイのずんずん調査」の執筆者だ。1995年から2011年6月まで長期連載された人気コラムだった。
 その堀井さんが若者について考察したのが本書である。考察というと堅苦しい本を連想するかもしれないが、そうではない。文章のスピードが速く、異様にテンションが高い。
 堀井さんによれば、「若者」は昔からいたのではない。1970年代までの「若い連中」は現代的な意味の「若者」ではなかった。若い連中は「社会で落ち着く前に少々あがいている若いおとな」でしかなかった。1980年代になってから、「若いおとな」とはまったく別個の「若者」という新しいカテゴリーが発見され、「若者」向けの商品が売られていく。  その例としてクリスマスの変化が取り上げられている。

 1970年代までのクリスマスは子どもたちのものだった。街にクリスマスソングが流れるのは12月半ば過ぎから。そしてクリスマス・イブになると、子どもは家族と一緒にケーキを食べ、深夜に訪ねてくるサンタクロースを待ちわびながら寝入ってしまう。そして朝になるとサンタさんからのプレゼントが枕元に置いてあった。
 現在ではクリスマスソングが11月初旬から街に流れ、都市のショッピング街は若者たちで賑わい、過剰なまでに商業化されている。いつからこのように変わってしまったのか?
 堀井さんは調査している。1983年に大きな曲がり角があり、「クリスマスは恋人たちの日」になった。それからどんどん日本はおかしくなり、1990年に絶頂期を迎える。その後も「恋人たちのクリスマス」は固定化され、継続してきた。

 クリスマスだけではない。1980年代に多くのものが登場し、退場している。若者の聖地として登場したのはディズニーランドだ。
 コンビニエンスストアも生活を変えた。暮らしに必要な物資の調達が楽になった。そして水とお茶はお金を払って買うものになった。それ以前は、水とお茶はタダで供されるものだった。その常識が壊れた。
 ビデオデッキも生活必需品になった。本書は触れていないが、ウォークマンも若者と音楽の距離を縮めた。
 マンガの位置づけも変わった。マンガと若者は、1970年につきあい始めたが、1985年に疎遠になり、1989年に決定的に別れた。
 この年の意味をもっと詳しく知りたい人は、本書を読んでもらいたい。
 1997年に携帯電話が普及したことも、決定的な出来事と書いてある。確かに携帯電話が出現する前に、電話は家に1台という存在だった。家に1台から、個人に1台。携帯電話は便利だが、失ったものもある。

 雇用の側から若者を捉えると、1990年代初頭から進んだゆとり教育、半ばから増え始めた大学、大学進学率の向上などの教育制度の観点から考えることが多い。しかし本書を読むと、1980年代に社会が根本的に変化し、元に戻ることがなかったことがわかる。
 少し驚いたのは、現在の学生が「単位を取る」ではなく、「単位が来る」と言うこと(176p~)。いつからかというと1997年に早稲田大学に入学した学生からだそうだ。1997年に18歳というと、現在年齢は33歳。この年齢の人は学生時代に「単位が来る」と言っていたのだろうか?
 こういう言い回しは、地域や大学、学部によって差異があると思うが、全国的にそうなのかどうかはわからない。

 本書の読後感は年齢によって違うと思う。1980年に20歳だった人は、いま52歳。自分の経験を思い出しながら読めるだろう。1980年に10歳だった者は、1990年に20歳になり、いま42歳。変化が起きた後に若者になっているから、体験値は少ないが、携帯電話やインターネットの普及に関しては当事者だ。
 しかしいま32歳の人は1980年に生まれている。小学校の時にバブルを経験しているが、はっきりした記憶はないだろう。本書に書かれたことは、たぶんはじめて知ることだらけだろう。
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