諸星 裕著
角川oneテーマ21 760円
大学破綻――合併、身売り、倒産の内幕
著者は冒頭で「2010年現在、日本には778の大学があります。そのうち600校近くを占める四年制の私立大学では、約4割で入学者の定員割れに陥っています」と述べている。入学者が減れば収支も悪化する。
2010年10月15日に日本私立学校振興・共催事業団から発表されたデータによれば、2009年度に赤字に陥っているのは私立大の39%の226校。この調査は私立大595校のうち580校からの回答を集計したものだ。1997年度に比べて5倍近く増加した。
その結果どうなるか。著者はこれからの10年間で約100校がつぶれるだろうと予測している。

大学が「象牙の塔」と呼ばれた時代もあった。大学人は研究にふけり、現実社会と遊離したことを揶揄した言葉だった。しかしその頃の大学は権威の象徴でもあり、教授は尊敬される職業だった。その大学がなぜ倒産の危機にさらされているのか。
人事にかかわる人間なら当然「少子化」と「大学の作りすぎ」を原因として挙げるだろう。本書は具体的な数字を引用しながら、説明している。

昭和30年代の大学進学者は10%ほどだった。高校進学者すら6割に満たない時代であり、大学生はエリートだった。この頃は子どもが多くて、団塊の世代が18歳に達した1960年代後半には「受験戦争」がピークを迎える。
しかし子どもは減っていく。団塊ジュニアが18歳になる1991年、1992年の18歳人口は200万人を超えているが、以降は減り続け、現在は約120万人。
子どもは減ったが大学進学率は上がり続ける。1985年に26.5%に達したが、この年の大学数は460校。1995年になると大学進学率は32.1%を超え、大学数は565校。10年で100校以上増えている。
そして2005年になると大学進学率は44.2%になり、男子に限ると51.3%と半数を超えた。そして大学数は726校。1995年からの10年間で161校も増えた。そして現在は大学進学率が5割を超え、大学数は778校。
ちなみに文科省のホームページによれば、2011年度開設予定の4年制大学は7校、短期大学1校、大学院大学は2校。短期大学から4年制大学への衣替えも3校ある。まだ正式に認可されているわけではないが、日本の大学は2011年度に780校を超えるようだ。

少子化という自明の未来があるのに、なぜ大学が増え続けたのか。特殊な組織で、時代遅れであり、経営感覚がなく、無駄が多いからだ。
では大学バブルのはじけた時代に、大学が果たすべき役割とは何か。もし役割があるならその大学は生き残れるだろう。この問いかけに対し本書は明確に答えている。「ミッション」を明らかにして実行することだ。
ミッションとして抽象的で高邁な精神を謳う大学が多いが、著者のいうミッションは違う。「大学ごとの、現代の学生と向かい合う対処の仕方」がミッションであり、「きちんとした市民生活が送れるような人間として教育して卒業させる。そのような人間として卒業させることを保証する」のである。このようなミッションを遂行している大学は多数存在する。著者の諸星氏が教授を務める桜美林大学、金沢工業大学、日本福祉大学などが紹介されている。失敗例も挙げられており、参考になる。

最終章「大学から日本がよみがえる」では、21世紀初めの時期に求められる大学像を具体的に論じ、3種類を挙げている。1つ目は世界レベルの研究大学だ。具体的には奈良先端科学技術大学大学院。超優秀な研究者が超優秀な学生に手ほどきし、一緒に研究する。
2つ目は本当の意味の教養人を養成する大学。例として取り上げられているのは、東京大学と国際基督教大学の教養学部、慶応大学の総合政策学部、早稲田大学の国際教養学部、そして秋田県の国際教養大学だ。
3つ目がもっとも重要だ。全入時代に突入し「なんとなく大学生」が増大する状況を踏まえた大学。つまり「あまり勉強のできない子」、偏差値でいえば35から40くらいの学生を集める。4年ではなく5年、6年かかるかもしれないが、一生懸命に鍛え、社会に役立つ人材に育てるというミッションの大学だ。
この大学には「勉強のできない子」しか入れない。だからミッションに忠実な教育ができる。

このレベルの偏差値の大学はいくつも存在し、「学生の学力低下」の象徴として論じられている。そして大学自身も学生自身も「どうせ下流大学」という意識に甘んじ、変わろうとしていない。学力が低いことより、「変わろうとしない」ことが問題だ。
著者のいう大学は偏差値では同じでも、ミッションを持っているから、学生が教員と一緒に苦労して成長していく。そして4年で卒業しなくても、最終的には社会人として恥ずかしくない人材に育って卒業する。

この本では触れられていないが、国際教養大学が好例ではないかと思う(偏差値が高い点は異なる)。新設校なのに就職率100%と報道され、偏差値が急上昇した。その一方、4年で卒業できる学生は半数程度という。
ただ留年の理由はバイトや遊びではない。大学の設定するレベルに到達しないから留年者が多いのだろう。学生は留年してもレベルに達してから卒業する。人事の立場で国際教養大学の学生を評価すれば、大学が十分な教育を施しているので、安心して採用できる。
こういうミッションを持ち実行する大学が増えていけば、学生は大学で成長し、社会人としての基礎能力を持つだろう。
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