樋口 弘和 著
角川oneテーマ21 760円

 組織戦略、教育、新卒採用の本はたくさん出版されているが、なぜか中途採用に関する本は少ない。学生向けの就活本は書店の一角を占拠しているが、転職者向けの本は履歴書の書き方くらいだ。
 新卒就職ナビには過剰なほどの情報が掲載されているが、中途採用サイト(たとえばDODA)は転職ノウハウの情報は少なく、企業情報も新卒に比べあっさりしている。
 企業のホームページを見ても、新卒採用ホームページは求める人材像や仕事のやりがいについて熱く語っているが、中途採用ホームページには応募資格、勤務地、給与、福利厚生などの定量データが示されているくらいだ。
即戦力は3年もたない 組織を強くする採用と人事
同じ人材採用なのに、新卒と中途では違いすぎる。この状況はちょっとおかしい。もっと中途採用をまともに考えてみる必要があるのではないか。
 好著が昨年12月に出た。樋口弘和氏の「即戦力は3年もたない」だ。タイトルからははっきりと読み取れないが、中途採用を論じている。より正確には中途採用という論点から、人材の価値に関する考え方を示す本だ。

 まずは新卒人材と中途人材の価格の比較。新卒者1人あたりの採用コストは50万円から150万円。入社後3年ほどは「戦力として期待しない教育期間」と見なすと、入社後3年間の給料が約1000万円、法定福利費や育成コストが300万以上。
 採用コストをあわせれば3年間で1500万円に達する。10人なら1億5000万円。この間、彼らはほとんど利益を生まない。
 中途採用はどうか。人材紹介会社を通じて中途採用する場合の紹介手数料は、年収の3割程度。年収500万円の経験者を採用すれば、コストは150万円。明らかに安い。しかも即戦力。この「即戦力」が落とし穴だ。

 著者によれば、人材には賞味期限がある。中途採用の場合、過去の業務経験の有無によって採否を決めるケースがほとんどだ。つまり即戦力採用。
 だがこの数年を振り返っても、ビジネス環境は激変した。年収500万円で採用した経験者が最初のうちはその年収に見合う仕事をしてくれたとしても、3年後にその業務が500万円払う価値がなくなっているケースもある。その時、配置転換して違う業務で年収500万円分に見合う仕事ができるかというと、そうはならない。その人間は過去の経験とスキルを活かして仕事をしていただけで、他業務をこなす能力を身に付けていないからだ。つまり賞味期限切れ。

 日本の中途採用は「即戦力幻想」にとらわれているのは本当だと思う。著者は正反対の方法を提案している。「同業からの転職者や過去の経験を活かす人材ではなく、これまでにまったく経験のない業界・業種に応募してくるような人材」に目を付けることだ。
 「経験者採用」ではなく「未経験者採用」。業界や職種の知識はないかもしれないが、仕事に対する基本姿勢ができていれば、即戦力に近いし、成長していく可能性が高い。興味深い考え方だ。

 人材ポートフォリオを使って適切に評価し、成長機会を与えるマネジメント法も紹介されている。ポートフォリオとは縦軸・横軸で4象限を作り、さまざまなタイプを入れて「見える化」するものだ。
 リクルートワークス研究所は基本フレームとして「エグゼクティブ」「マネージャ」「スペシャリスト」「オペレーター」を上げているが、「組織コミットメント」と「仕事コミットメント」の縦軸、「ビジネススキル」と「業務スキル」の横軸などもある。
 著者は採用時と入社数年後、そしてその先と人材ポートフォリオの構成は変化するものだと述べている。
 このようなマネジメントによって社員定着率が上がっていくが、100%の定着率は不健全。90%程度が適正だ。なぜなら100%は「変化に対応できない人材を抱え込む」ことになるからだ。年単位で退職を予測するエグジット(出口)・マネジメントが大切になる。
 日本では採用という入り口に関する意識は高いが、出口(退職)を意識するマネジメントは欠如している。
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