労働基準法の改正が予定されている。働き方改革の実施計画に沿って、時間外労働の上限規制が厳しくなり、36協定も様相を変える方向にある。罰則適用も予定されているようだ。改正の施行時期は明確ではないが、ここ2年位のうちと言われている。長時間労働が常態化している職場は、体制の見直しをしなければならず、気がつかないうちに違反になっていた、などとなりかねない。しかし労働者からすれば、時間は減ったが給与も減った、ではモチベーションダウンであり、成果の分配、好循環とはならない。これらは確かに早急に手を付ける必要がある緊急課題であると思うが、おやっと疑問が沸いてくる。
休む価値を見直し、効率支配から脱却しよう

便利になったのに、なぜ忙しい

職場にはパソコンをはじめ、仕事の効率を格段にあげてくれる機器やソフトがあふれている。家庭では音声ガイド機能の付いた電子レンジやお風呂、スイッチポンの洗濯機、甲斐甲斐しく自走する掃除機が手伝ってくれる。冷凍食品をはじめ、時短調理法も続々と出てくる。外食もコンビニも宅配もあるが、それでも忙しい。時間は浮いたはずなのに。なぜか。

同じ疑問を持っている人がいた。山田ズーニー氏が“ほぼ日刊イトイ新聞 2011.07.27”で語っている。

彼女の結論は“死を遠ざけたこと”だという。人は頑張れば頑張るほど、忙しく追い立てられ、ストレスを抱え、肩の力を抜くことも容易にできなくなってくる。自分の身の丈がわからなくなるような幻想の中で、人は死を恐れ、受け入れ難いものにしている。これだけ便利な世の中になっても楽にはならぬ原因は、自分の命のサイズを超えた分の責任や仕事やストレスを背負い込むためで、その差を「効率」で追いつこうとする結果、一生「効率」に支配されるのだ…と。

そこで同氏が重要視するのは、死を受け入れること。そうすれば、自分の命のサイズ、身の丈に照らし合わせて、必要最低限のものを優先的につかむことで、その瞬間を味わいつくし、楽しみ尽くそうという心意気がうまれる。そこに本当の「楽」が生まれるだろう、と語っている。

効率支配は 頑張ること、効率を上げることを加速する。しかし、ただ頑張るのみで休むことをためらう働き方は限界であることを、幾多の過労死、過労自殺の事例が語っている。

今回の法改正の肝は、単なる時間削減ではなく、効率支配のスパイラルを脱出し、新たな価値を持つ仕事を生み出す仕組みづくり。本当の「楽」を生む仕組みから創出される、価値あるアウトプットに期待がかかっている。「寝る間も惜しむ=仕事熱心」という感覚を残したままでは、おそらくこれから目指すものにたどりつけないであろう。

休むことが生産性をあげる

では、効率支配のスパイラルを断ち切るにはどうしたらよいのか。

ひとつは、精神論ではなく理性的な側面からとらえることである。具体的には、脳を休ませることが生産性に欠かせない、という視点に立つこと。

脳に入った情報は、眠っている間に整理されることで新たな発想へとつながる。様々な回路をつなぐ脳の機能がうまく使われることで、斬新なアイデアが作られやすくなるのだ。記憶もまた、眠ることで脳へ定着するという。

アインシュタインは10時間以上眠ったというが、脳内に膨大な情報があったがゆえに、脳を整理する時間を10時間も要したのかもしれない。

起き際にいい考えがうかんだ、という体験を持つ方も多いであろう。これは眠っている間に情報が整理されたのだ。

現代の職場は脳が疲れやすい環境だ。職場ではパソコン等の普及で細かい文字や映像を追うことが多いため、目を酷使する。その視覚情報は視神経を通り、脳へ伝わり、その情報がどういうものかは脳が判断している。またパソコン・スマホの画面の明るい光も、脳への負担が大きい。 

通常、人は、夕方あたりになると、脳のワーキングメモリーはパンパンで疲れもピークになり、一度休まないと回復しない状態になる。文字より画像の方がメモリーを食うことは脳も同様だ。まずは脳を酷使する要素が日常に溢れていることを知ることが大切。気合だけで乗り切れる時代ではないのだ。

そして啓蒙、教育、物心両面の環境づくり。個々の社員は睡眠や脳のメカニズムを知ること、具体的な行動や対処を知ることも必要だ。浮いた時間を、またぞろスマホから目が離せない生活では、脳は休めないと知るべき。組織の風土、仕組みを変えるには、経営者があるべき姿を示すことが一番重要である。

「効率ではなく、価値あるものを生み出そう」というテーマはなかなかに手強いが、本当の「楽」が生まれる過程を経てこそ、価値あるものが生まれるのだろう。

そうした姿勢を身につけるため、手始めに、何かを頭の中でまとめようとする時や心を落ち着かせようとする時、1~2分デスクで目を閉じ、深呼吸をするようにしてみよう。きっとその効果に驚くはず。疲れているから休むのではなく、バッテリーがきれる前に充電する、といったことを習慣にしてみてはどうだろうか。普段使っているパソコン利用と同じように、自分に対しても至極当たり前なことをやるだけだ。

短時間の昼寝をパワーナップと称する動きもあるようだが、このように、休むことを前向きに捉えるセンスが欲しい。

効率支配からの脱却の鍵は、脳と心の「余裕」から生まれ出でるものが持っているようだ。

参考文献:
『睡眠教室 夜の病気たち』(宮崎総一郎、井上雄一/新興医学出版社)
『どうしてもがんばらなくてはならない人の徹夜完全マニュアル』(宮崎総一郎、森国功/中経出版)
『寝不足でも結果を出す全技法』(西多昌規/ディスカヴァー・トゥエンティワン)
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