『モモ』はドイツの作家ミヒャエル・エンデによる児童文学作品。人間が時間泥棒に盗まれた時間を取り返してくれた女の子の物語だ。40年以上前に書かれた本だが、働き方改革を行っている現代日本でも、大変参考になる部分が多い。働き方改革の目指すものは、いわば、長時間労働とマスが支えた生産から、適正な時間と個々の持ち味・能力を活かした生産へ変革すること、そして、働く人々の心を豊かにすることだ。『モモ』において主人公の女の子モモは、いかにして周りの人々の心を豊かに変えたか、他ならぬ「相手の話を聴く」ことによってである。
『モモ』に学ぶ、“聴く”ことと“時間”の大切さ

人に耳を傾けているだろうか

人の話を聴くなんてたいしたことないと思われるかもしれないが、モモのように聴くことはできているだろうか。

モモは、髪はぐしゃぐしゃでダブダブの上着を着た、何ともさえない格好をした女の子。物語は、彼女が廃墟と化した屋外の円形劇場に住み着いたころから始まる。彼女は特に何も持ってはいないが、人の話を聴くことができた。話を聴いてもらいに来る人々は、聴いてもらっているうちに、仲直りしたり、勇気が出たりする。ところがそこへ灰色の男たち(時間泥棒)が現れ、時間が盗まれてしまうと、人々は忙しくなり、すっかりモモを訪ねる時間がなくなる。モモは初めて寂しさで胸がいっぱいになる。さて、どうしたか。この先は自身で本をお読み頂きたい。

ここで注目したいのは、人々を変えたモモの聴き方だ。それは、相手をじっと見つめる聴き方。意見を言ったり、励ましたり、慰めるようなことはしない。ひたすら相手の話を慎重に、じっくりと聴き続けるのだ。聴いてもらっているうちに、悩みや問題を抱えている人は、希望が湧いてくる。喧嘩をした者同士は、小さな誤解が原因だったことを、モモの前で知ることになる。モモは、けっして特別な何かをしたり、言ったりするわけではない。じっと相手の心の変化を待つだけだ。 

待つことは、相手に時間を与え、考える空間を与える。彼女はそんなことが出来る子だった。私達はこのようなことがたやすくできるであろうか。多くの人に見られる、忙しくて他人の話の相手なんかしてられない、さっさと結論を話しなさい、何がしたいの、早く言ってなどという聴き方は、自己中心的で、まさに「時間泥棒に時間を盗まれている」人と重なる。

エン・ジャパンの7月公表のアンケートによると、社員満足度の高い会社の特徴として、「人間関係が良好であること」と70%の人々が回答している。人間関係を良好にする上で重要なことは、言うまでもなくコミュニケーションである。だが、それを苦手とする人も多いだろう。

コミュニケーションの基本は聴くこと

コミュニケーションを苦手とする人は、性格や持って生まれたものだから仕方ないと思っているケースが多い。しかし、スキルやテクニックを覚え、訓練を積み重ねれば、少なくとも苦手意識は払拭できる。上手下手ではなく、自分らしいスタイルを身につけることが大切だ。

コミュニケーションの基本は、“相手の話を深く正確に聴くこと”である。一般的に、話すことより、聴くことのほうが簡単だと思われている。なぜなら、聴くことは受け身だと思われているからだ。しかし、主体的に聴く姿勢がなければ、深く聴くことはできない。主体的に聴くためのポイントは3つある。

1.きちんと聴く態度を持つ
2.適切な質問をする
3.内容を確認する

一つ目の、きちんと聴く態度についてだが、モモは相手の目をみつめていた。しかし、私達の場合は、口元くらいが適切だろう。加えて、座る位置も重要だ。真正面から見つめられては、緊張度が高すぎる。少しずらし、斜めになるなど、距離をおくことによって話し手をリラックスさせることができる。また、うなずくことは、きちんと聴く態度の第一歩である。人は自分の話に対して上の空で聞いている人に、深い話はしないものだ。

二つ目の、適切な質問をすることは、より詳しいことを聴きだしたり、不明な点を明らかにしたりすることである。質問をはさまれることによって、話し手も、相手は真剣に聴いているのだと感じ、話が進めやすくなる。

質問には、オープン・クエスチョン(OQ)と、クローズド・クエスチョン(CQ)の2種類ある。OQは5W1Hを聞く質問。CQはイエス、ノーや選択で答えられる質問である。「やったの?」「いいえ」「やるっていったでしょ?」「はい」というようなものは、きついCQで険悪になりかねない。しかしながら、「やったの?」「はい」「何か問題あった?」「ありません」であれば、確認には向くCQといえる。他に、CQの良い使用例としては「いい、天気ですねえ!」「はい」「どこかに出かけませんか?」と、展開のきっかけによいものもある。なぜならそのあとはOQで話題を深めていくことができるからだ。OQとCQそれぞれのメリット・デメリットを意識して、両方を使いわけることが肝要だ。

三つ目の、内容を確認することについてだが、基本は復唱、整理、言い換えの3つである。復唱とは「なるほど」とうなずき、「○○でしたね」と相手の言ったことを繰り返すこと。整理とは、「要は○○ということですね?」という確認。言い換えとは、「一言でいえば○○ということですね?」と簡潔にまとめてあげるということ。

こうして“意識して聴くこと”で、コミュニケーションは、グンと向上するはず。時間泥棒に時間をとられないように気をつけながら、愛情をもって仕事をし、会社の人々とも、家族や友人とも、良好な人間関係が築けますように。そして、心豊かに働けますように。
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