精神疾患のなかでも、「うつ病」ほど身近な病気もないだろう。企業等に属していれば、少なからぬ従業員が罹患し、通院したり、休職したりしていることもある。しかし、「うつ病」の実像をどれだけの人が御存じだろうか。本稿では、現代病ともいえる「うつ病」について、企業・従業員とも理解しておくべき実像を「前編」「後編」に分けてお伝えしよう。
企業も従業員も知っておくべき「うつ病」の実像(後編)

増え続ける「心療内科」

前編においては、マーケットメカニズムの中で「うつ病」が拡大再生産され、しかも適切な治療法が選択されているとは言えないことを論じてきた。さらに我々が理解しておかなければならない状況を見てみよう。それは、厚生労働省が毎年実施している「医療施設調査」における統計数値に表れている。下図は、平成8年(1996年)から平成26年(2014年)までの「心療内科」数の推移である。驚くことに平成8年には779施設(一般病院117+一般診療所662)に過ぎなかったものが、平成26年には5,186施設(一般病院629+一般診療所4,557)に激増している。実に6.7倍である。


企業も従業員も知っておくべき「うつ病」の実像(後編)
これは、「うつ病」の患者数が激増し始めた時期と完全に符合している。つまり、前編でも述べた【うつ病は「心の風邪」キャンペーン】が功を奏し、「心療内科は軽い心の悩みを扱う医療機関」という誤った認識が広まった結果、「心療内科」を一大産業へと誘ったのだ。ちなみに、本来の「心療内科」はストレス性の胃炎や過敏性腸症候群のような「心身症」を扱う診療科である。

このような環境をあてがわれている企業やその従業員は作為的な「うつ病」に蹂躙されてしまう可能性が高くなる。そうならないためには、企業と従業員が各々バラバラに対処するのではなく、双方にとってメリットのあるWin-Winの関係となるような対策を講じていかなければならない。

従業員の対処方法

まず、従業員であるが、以下のような対処方法が考えられよう。特に、遺伝性の「大うつ病」でなければ有効なはずだ。

1. 生活習慣の見直し
2. 軽率に精神科・心療内科を受診しない
3. 休職を安易に考えない


誰しも「うつ症状」に陥る可能性はある。心身の不調は、故・日野原先生ではないが、生活習慣の乱れによるところが大きい。とりわけ、睡眠には気を遣うべきだ。一定の睡眠時間や就寝・起床といった睡眠相を改善することで「うつ症状」の多くは軽減されるだろう。

次に、精神科や心療内科にかかるのは、誤解を恐れずに言えばギャンブルと変わらない。前述のとおり、ここ10~20年で心療内科が約7倍に増えているが、精神科専門医がそれに比例して大量に育成されたという話は聞いたことがない。すべてではないにしても、多くの精神科医は、DSM等による診断に基づく薬物療法しかやらない。療養指導や精神療法を中心とした治療行為ができる精神科医は限られているのだ。抗うつ薬・抗不安薬・睡眠薬などの薬物は覚せい剤と何ら変わらない。薬漬けの結末は悲惨であることを肝に銘じるべきだ。

最後は「休職」を安易に考えないことだ。どうしても従業員は「休職」を権利であると考えがちである。しかし、これは権利でも何でもない。私傷病休職の場合、それは「解雇猶予措置」にすぎない。従業員は企業と「労働契約」を交わしている。民法では「雇用契約」だ。そこでは企業との間で「○○の仕事を●●万円の報酬で行うことを約束します」「もし、約束した仕事が自分の都合でできない状態になったら、この契約は解約されることになります」という内容の合意をしているということを意味する。従って、「私傷病によって仕事ができない状態に陥った」ということを意味する「休職」の申出は、第一義的には労働契約の解除要因となってしまう。決して権利としての「休職」があるわけではない。あくまで、企業からの温情措置としての「休職」があるだけである。それを決めるのも企業であり、しかもその疾患等が「治癒」し原職に復帰できる可能性がある場合に限り発令されるのが原則である。

仮に、休職が許されたとしても従業員にはデメリットが蓄積していく。「業務スキルの低下」「上司・同僚・顧客等との信頼関係の喪失」「蓄積してきたキャリアの喪失」などなど。従って、安易に休職の途を選択することは自らのキャリアをリセットしてしまうことにもなりかねない。精神科や心療内科の受診にあたり、決して自ら「休職できるように診断書を書いてくれ」などど申し出てはならない。

企業の対処方法

一方、企業ではどのように対処すべきなのだろうか?実は、これが前述の従業員の対処方法の前提として極めて重要となる。

1. 従業員へのメンタルヘルスの啓発
2. 従業員への個別具体的ソリューションの提供
3. 従業員への休職・復職プランの周知


企業が従業員のメンタルヘルスへ無関心でいると、従業員は勝手な思いで暴走してしまう。つまり、精神科医のもとへ駈け込んでしまう可能性が高まる。そうなってからではもはや手遅れである。不適切な「診断書」が出されてからでは、企業も産業医も手も足も出せなくなる。従って、普段から従業員のメンタルヘルスリテラシーを高める対策を講じていくことがまず求められる。具体的には、睡眠や食生活をはじめとする「生活習慣」の改善を促していくこと、「うつ病」など精神疾患への理解を促すこと、認知行動療法など精神療法による研修の機会を定期的に提供すること、などである。いずれも、衛生委員会のアウトプットとして従業員に提供したり、社内研修として実施することができるだろう。

二つ目は、従業員にうつ症状をもたらす直接的な原因として考えられる社会的問題(多重債務などの経済問題・離婚や相続などの家族問題・将来への不安などの人生問題など)の解決策への道筋を提供していくことである。具体的には、それらの問題に造詣の深い弁護士や司法書士、あるいはファイナンシャル・プランナーを活用した相談会などを設定することなどが考えられよう。

最後は、従業員に休職・復職の内容や仕組を理解させることである。従業員は休職・復職を自らの権利だと勘違いしていることも多い。もちろん、企業において「休職・復職管理規程」やその運用規程を就業規則として定めておくことが前提となるが、そのうえで従業員へ周知徹底を図っていくことが必要であろう。

「うつ病」などの精神疾患には、労使双方が共通理解をもって対処していくことが肝心な時代である。決して二項対立の構図ではないことを強調しておきたい。
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