マスコミを通じたネガティブキャンペーンの一つに「日本は労働生産性が低い」というフレーズがある。それは、「なぜ日本人はもっと短時間で多くのアウトプットを出せないのか?」という意味を含んでいる。本当に日本人(労働者)は効率の悪い働き方をしているのか?諸外国との比較で検証してみよう。
日本の労働生産性は低いのか?

労働生産性の国際比較

(注)労働生産性とは、就業者一人当りの付加価値額(GDP)を示す指標であり、「付加価値額(GDP)÷
就業者数」で表される。

 平成28年12月19日に「労働生産性の国際比較 2016年版」が公益財団法人日本生産性本部から発表されている。この「OECD加盟諸国の労働生産性(2015年/35カ国比較)」(※図①)によると、日本の順位は22位とOECD平均値よりも下位に甘んじている。驚くのは、あのギリシャが日本より上に位置していることだ。何か腑に落ちない。

図①




 図①から抜粋し拡大したのが図②である。第1位はアイルランド・第2位ルクセンブルグと小国が続き、第3位が米国、第4位がノルウェーという順位だ。日本はギリシャよりも下位の第22位に甘んじている。これを見れば、生産性の高いアイルランド人やルクセンブルク人を日本に連れてきて生産活動に勤しんでもらえば、日本の労働生産性もさぞかし高くなるに違いない!と勘違いしてしまいそうなランク付けだ。

 ところが、それにより日本の生産性が上昇することはないだろう。なぜなら、労働生産性はその国の産業の構造に依拠しているからだ。つまり、労働者の働き方の効率性よりも、携わる産業が高収益なものであれば、自動的に労働生産性は高まる仕組みとなっている。

図②
第1位アイルランド(153,963ドル)
第2位ルクセンブルク(143,158ドル)
第3位米国(121,187ドル)
第4位ノルウェー(120,399ドル)
 :  
第21位ギリシャ(79,979ドル)
第22位日本(74,315ドル)
OECD平均(87,155ドル)

 例えば、第1位のアイルランドは自国独自の産業と働き方により労働生産性が高まったわけではなく、世界の優良なグローバル企業を法人税制や企業優遇策をインセンティブとして呼び込んだことで、見かけの労働生産性が上昇しているだけだ。第2位のルクセンブルクも、アイルランドと同様の政策効果と、産業の特性から生産性が高くなりやすい金融業や不動産業、鉄鋼業がGDPの半分近くを占めていることが要因である。さらに、第4位のノルウェーは、もともと水産業しか主要産業がなかったのであるが、北海油田の開発により飛躍的に労働生産性が高まった国のひとつである。余談であるが、もし図①に中東などの産油国を入れれば、上位を独占するに違いない。

 さらに注意すべきは、労働生産性が「就業者数」で算定される点である。ギリシャが日本より生産性が高いのは、失業率が異常に高いためだ。失業者は分母にカウントされないため、必然的に労働生産性は上がってしまう。EU域内のフランスやイタリア、スペインの労働生産性も同様の構図を持っている。さらに、この「就業者数」には海外からの就業者はカウントされていない。移民国家たる米国やフランスはこの視点からも労働生産性が嵩上げされているわけだ。

 こう見てくれば、日本の労働生産性が低位に甘んじていることにも頷けよう。失業率3%強で、多くの労働力を吸収し様々な産業で成り立っている日本の場合、必然的に労働生産性は下がらざるを得ない。収益率の低い産業もそれなりにプレゼンスを発揮し、雇用に貢献しているわけだ。ただ、国民がちゃんと何らかの職業に就けて、なんとか食べることができている、という状況に満足しきってはならないだろうが。

労働生産性の向上は産業構造や市場構造の転換と同時並行で

このように、労働生産性の高低は、その地域の産業構造や市場の潜在力を要素として決まるもので、算定方法そのものにも問題点が多い。決して、労働者の能力や働き方の効率性だけで決まるものではない。このことは、国内の各地域の労働生産性の違いにも如実に表れる。

 例えば、平成25年度の東京都の労働生産性は国内で断トツの1,110万円だ。それに対し、わが長崎県は660万円で東京都の6割に満たない。東京都の就業者の働き方が効率的であろうことは否定しないが、同じ日本人でここまで差があるはずがない。これも東京都と長崎県の産業構造や市場構造の違いが労働生産性の差として表れているに過ぎない。

 労働生産性を上げることは大切な視点ではあるが、生産効率を上げることばかりに血眼になれば、結果として多くの企業を市場から退出させてしまったり、失業者を増やしてしまったりすることにつながりかねない。まさに「合成の誤謬」が起こってしまうのだ。国や企業が取り組むべき政策のプライオリティは、産業構造の転換やイノベーションによる需要創出をおいて他にない。それによって、労働生産性は自動的に上昇していくはずだ。難しい課題であるが、果敢に取り組む姿勢がないと成熟国家から衰退国家への道を辿ることになりかねない。
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