9月27日に行われた安倍首相の所信表明演説の最中に、自民党席の大多数の議員がスタンディング・オベーションしたことにより議事が10分ほど中断した、という報道を目にした。テレビでは、あまり報道されなかったようだが、異様であると感じた。
国がモラルハラスメント?(前編)

まるで民間企業へのハラスメント

スタンディング・オベーションそのものは、欧米では特に珍しいものではない。議会やスポーツ、コンサートなどの場面でよく目にする光景だ。日本ではそのような風習は一般的ではないのだが、今回のスタンディング・オベーションの発端は、安倍首相自らが拍手を始めたというのだ。政治には感性が必要だ。曲がりなりにも戦後政治を担ってきた自民党から、品格が剥がれ落ちているようで残念でならない。為政者は、自分たちの行動が国民の目にどう映っているのか、豊かな想像力を発揮しなければならない。そのような感性も持ち合わせていなければ、富山市議会ではないが、即刻退場すべきだ。

このような政治状況だからかもしれないが、最近の政府施策には腑に落ちないものが多すぎる。政府要人の発言や日銀の金融政策も含めて。「内部留保を吐き出して賃金や設備投資に回せ」とか「人手不足は正社員採用で賄え」など、まるで民間企業へのハラスメント行為だ。救えないのは、野党までこれらに同調してしまうこと。

「内部保留」を使って賃上げ?

例えば、某副総理がよく使う「内部留保」という言葉。
国民は、これに「過去の利益を溜め込んだもの」という漠然としたイメージを抱き、企業に現金として溜まっていて、いつでも取り崩して活用できると勘違いしてしまう。
ところが、この内部留保という言葉は財務会計上の用語ではない。正式には、「利益剰余金」や「利益準備金」という。

「利益剰余金」は、バランスシート(貸借対照表)右側の純資産の部に記載されているもので、企業が過去から積み上げてきた「利益」の額を表していると同時に、企業の資金調達の一方法をも表している。同じく右側の負債の部に記載されている「借入金」も資金調達の方法だ。
他方、これらの資金がどういう形で企業の資産に変換されているかを表すのが、左側の資産の部だ。ここには、流動資産として「現金預金」や「商品・製品」、固定資産として土地・建物・設備などの「有形固定資産」や特許・商標などの「無形固定資産」が記載されている。

つまり、利益の累積額たる利益剰余金(内部留保)は、現金・預金はもとより、商品(在庫)や設備等々に振り替わっているのだ。

本来、企業の利益は株主に配当として配分されるのが原則である。しかし、利益のすべてを配当してしまったら、次代への投資財源に事欠くことになる。そのような理由から、株主の了解を得て、必要とされる資産に転換されているのだ。企業の外に出さずに内部に留めておくという意味で内部留保と呼ばれている。つまり、内部留保というのは企業の所有者たる株主の所有物であり、かつ現金だけではない。「内部留保を取り崩して従業員の給料に使え」という論理は全く意味をなさない荒唐無稽の理屈に過ぎない。経営者がそんなことをしてしまったら、株主代表訴訟が起きて損害賠償を請求されてしまうのがオチだ。

この内部留保と現金を混同し、企業財務のイロハもわかっていない政治家がこの国を牽引しているのかと思うと背筋が寒くなる。政治家の劣化も目を覆いたくなる昨今だが、政治家間の牽制機能が働かなくなってきたともいえよう。政治家の皆さん、企業の内部留保は賃上げには使えないし、使ってはいけないものですよ。

それでは、給料上げるためにはどうすればよいのか?という疑問が呈されそうだが、答えは2つしかない。一つは、労働者が団結して使用者と賃上げ交渉していく方法である。昭和の時代はこれがスタンダードだった。もう一つは、労働市場の中で労働者自身が高く売れる付加価値を身につけていく方法である。誰もが労働市場で付く値段以上の給料は貰えないということを自覚すべきなのだ。これが資本主義のルールだから仕様がない。

それでは、そこからあぶれた人たちは救えないのか?その役割を果たすのが再分配政策たる社会保障である。この社会保障政策を将来への安心感を伴った制度に衣替えするのが政治家の大きな役割のはずだが・・・。(次回へつづく)
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