高齢化のスピードが凄まじい。団塊の世代がすべて75歳以上となるのが2025年であるが、このことをもって「2025年問題」という。現状の社会保障制度で、このような高齢化社会を乗り切れるかどうかの瀬戸際が近づいている。
長寿リスクの救世主!トンチン保険!

これまでの生命保険では長寿リスクをヘッジできない

6月28日の朝日新聞に以下のような記事が掲載されていた。

「認知症となった妻が入る施設探しに奔走する79歳の男性を取材したとき、大事に保存していた週刊誌の「老後破産」の特集記事を見せてもらった。赤いペンで囲っていたのは「長生きしないこと」という一文。自己防衛策はそれしかない、という結びだった。長生きするほど老後の暮らしの負担は増える。そんな見通しから悲観的になっていた。」(問う 2016参院選)


高齢者に「長生きしないこと」を考えさせる社会が健全といえるだろうか?
視点を変えれば、この国では政治的に社会政策が破綻しているとも言えよう。

 長寿社会においては、「長寿」が経済的なリスクとなる。一般的な話として、老後の約20~30年間は公的年金と貯蓄等で賄っていかねばと考えている人が大多数だろう。ところが、公的年金が今後目減りしていけば、貯蓄はあっという間に底をついてくる。前述の新聞記事は、それを悲観的に受け止めたものだが、他に考えられる自己防衛策はないのだろうか?

 民間の保険商品には、誰もが知る「生命保険=死亡保険」がある。これは、文字通り「被保険者」が死亡した時に、それを事故として加入時に決めた○○○万円が死亡保険金として受取人に給付されるものだ。従って、この保険は自身のために加入する保険ではなく、遺された遺族の生活資金を補填する性格のものだ。自分のための保険としては、貯蓄性のある終身保険や個人年金保険がある。これらは、一定の資金を一時金あるいは毎月の掛金として拠出したものが一定期間後に受け取れるから、確かに自身の将来の生活資金等を補填するための保険商品ではある。しかし、現下のご時世では運用利回りが低すぎて、タンス預金と何ら変わらなくなってしまっている。しかも、最近では日銀の金融政策、とくにマイナス金利政策で生命保険会社の運用部門は悲鳴を上げているという。さらに、一時払い終身保険や個人年金保険は販売を停止したり、抑制しているとも言われている。

 これらの商品群は、遺族のための死亡保険を除き、保険としての機能は低いと言わざるを得ない。特に、老後の長生きリスクをヘッジすることはほとんど不可能だ。保険の機能やメリットは、少ない保険料負担で多額の保険金を手にするところにあるからだ。

長寿社会の救世主?トンチン保険

一般に耳慣れない保険に、「トンチン保険」というのがある。「長生きするほどお得な」保険商品で、中途解約は認められず、満期時点で生存している加入者にのみ保険金が支払われる保険だ。その変わった名称は、イタリアの銀行家ロレンツォ・トンチが考案したことに由来すると言われている。

 たとえば、加入者1人につき100万円の保険料を一時払いし、10,000人の加入者を集めたとする。保険料は総額100億円になる。保険期間が満了する30年後、10,000人の加入者のうち9,000人が亡くなったとしよう。この間の運用利回りを年平均0.1%とすると、100億円は103億439万円となっている。これを1,000人の生存加入者で分配すると、加入者1人あたりの満期保険金は、1,030万4,391円となる。1,000人の生存者には、加入時100万円の保険料が満期時には1,000万円超の保険金として給付されるが、満期前に死亡した9,000人には一銭も給付されない、というのがトンチン保険の大きな特徴だ。前述の保険の機能・メリットからすれば、少ない保険料で多額の保険金を手にすることができる、まさにレバレッジの効いた効率的な生存保険だと言えるだろう。

 この仕組に関しては、「他人の不幸によって自分の利得を得るとは倫理的にいかがなものか」との日本特有の文化的風土から長きにわたって商品化されることはなかった。しかし、このトンチン保険は長寿国かつ保険大国である日本でこそ、もっと関心を集めてもいい仕組ではないだろうか。

本コラムで何回も取り上げているように、現在の公的年金制度は現役世代が高齢世代の年金を負担する賦課方式になっているが、今後、全人口に占める高齢者の比率が一段と高まり、一方で現役世代の比率が低下していく世界では、賦課方式にも限界が生じてくるのは明らかだ。しかしながら、トンチン保険のように高齢者間で相互扶助してもらう仕組を作り、名実ともに「長生き生存保険」が一般化してくれば、幾分なりとも若い世代の負担を軽減させることが出来るのではないだろうか。

日本におけるトンチン保険普及のネックは、「掛け捨てはもったいない」と考える風潮が蔓延していること、そして「そもそも自分が長生きできる保証はない」と損を嫌うこと、など保険の意味がわかっていない消費者が多いことだろう。先般、国内のガリバー保険会社がこのトンチン保険の発想を取り入れた商品を発売したが、今後さらに多様な商品が生まれ、冒頭の新聞記事のような事例が少なくなることを祈るばかりである。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!