現代は、ストレスフルな社会だと言われる。確かに世の中にはうつ病といわれる精神疾患が増え、病院(診療所)も心療内科が増え続けている。また、事業所でも精神的疾患による休職者がいたり、出勤していても生産性が上がらないプレゼンティーイズムという現象も多く見られる。

「ストレス社会」となっている原因はこれだ!

昭和30年代の実相をネガティブに書き記した「本当は怖い昭和30年代」(鉄人社)という本をめくれば、50~60年前の日本がすさまじい社会だったことがわかる。
例えば、
 ① 国民の大部分が「白い米」を食べられなかった
 ② プライバシーのない相互監視社会だった
 ③ 乳児死亡率は1000人当たり41人だった(昭和31年)
 ④ 平均寿命は男63.60歳、女67.75歳だった(昭和30年)
 ⑤ し尿は海洋投棄されていた
 ⑥ 公立中学校の男子生徒は丸坊主にさせられていた
 ⑦ 高校進学率は51%(昭和30年)で、中卒で多くが集団就職していた  
等々、現代人の感覚からすれば暗黒の世界が表現されている。

個々人の生活レベルで考えると、現代社会に比べ当時は極めてストレスフルな社会だったようにも感じてしまう。逆に言えば、我々は今、史上最も自由で安全な、経済的には幸福な社会を生きていると言えよう。若干年代はずれるが、私の個人的な実体験からしても、昭和30~40年代より現代社会がはるかに快適であることは間違いない。

このような時代考証からは、現代がストレッサーに満ちあふれ、メンタル疾患にかかりやすい社会だとはとても言い難い。
それでは、なぜ現代社会がストレス社会だと言われるのか?言葉を変えれば、どのような状況がストレスを生んでいるのか?

まず取りあげなければならないのは、「将来への不安感」だろう。グローバル経済の下、所得格差は拡大し、将来の生活を担保すべき年金・医療・介護といった社会保障制度は風前の灯だ。
次に、現代人の生活があらゆる場面で「スピード社会」になってしまっている点だ。交通手段や情報通信は言うに及ばず、ファスト・フードなど食生活の領域まで高速化が顕著だ。四囲の環境がこのような状況に至ると、我々の心がそれに追いつこうと必要以上に急いでしまうのだろう。
三つ目は、「情報の量とネットワーク化」が追い打ちをかける。IT化の進展により、ありとあらゆる情報に簡単にアクセスできるようになった反面、その氾濫する情報の価値や信ぴょう性を判断することが困難になってしまった。また、大量の情報に翻弄されることに加え、情報ネットワークから束縛される状況ともなった。

これらの社会状況の無意的認知が、個々人が日常生活で受けるストレッサー(職場の人間関係・家族問題・経済問題)からストレス反応に容易に導いているのではないか。

また、最後に指摘しておかなければならないのは、人間は進化のプロセスで「ネガティブ・バイアス」を持っているということだ。つまり、人間の脳のデフォルト(初期設定)は、体験する様々な事象をネガティブに捉えるようにできているのだ。
どうしてそうなっているかと言えば、長い人類の歴史の中で、その方が生き残るのに都合がよかったからだ。人間は、ポジティブな事象にはすぐに慣れて忘れてしまうが、ネガティブな事象には敏感に反応してしまう。

このような人間の性癖をよくわかっているメディアは、これを巧みに利用する。悪いニュースを大げさに流すのだ。そして、我々のネガティブ・バイアスを増幅させ、関心をかきたて、不安を煽る。



このような内外のプロセスを経て、病んだ個人が増加しているのではなかろうか。つまり、人間の脳が時代の変化のスピードに追い付いていないのだ。

レジリエンス力を高める「正しいポジティブ思考」とは。

一方で、このような状況下でもストレス反応に至らない人も数多くいる。何が違うのか。
一般的にはストレス耐性の強弱で片づけられるが、何がそれを形作っているのだろうか?

注目されているのが「レジリエンス」だ。レジリエンスとは物理学の用語で弾力を意味するが、心理学では復元力と訳されている。簡単に言えば、ストレッサーの悪影響を緩和できる性質、またはそれから回復し立ち直れる性質のことだ。このレジリエンスを高めるにはどうすればいいのか? よく言われるのは「ポジティブ思考」だが、本当だろうか。

確かに、様々なネガティブな事象をポジティブにとらえることは精神衛生上好ましい。しかし、ネガティブなことをすっとばしてポジティブ思考に至る回路はよろしくないのではないだろうか。
ネガティブなことは思考から消し去るべき「悪」ではなく、ポジティブに至るまでの自分の思考・行動を律する極めて大切な要素だろう。本来のポジティブ思考は、ネガティブな要因を自身の成長の糧として取り込んでいく中で芽生えてくるものではないだろうか。そうしないと、目標達成のための戦略的な方法や具体的行動といったプロセスのない虚しいポジティブ思考になってしまいかねない。

ポジティブ思考はいいが、空虚なポジティブ思考は戒めたい。
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