最近の時代の変化は凄まじい。後世の歴史家が判断することだろうが、今まさに産業革命の渦中にあるのかもしれない。
私が初めて携帯電話を持ったのは平成8年だった。とある仕事の関係で持たされたと言った方が正確なのだが。大きく重い代物で、腰のベルトに収納ケースをつけ不恰好な出で立ちで奔走していた。一般の人の携帯へ電話したという記憶があまりないから、ちょうど出始めだったのだろう。それと同時期か若干遅れて登場したのがインターネットや電子メールだったように思う。
未来社会は全体最適システムで

第4次産業革命は粛々と

こうして記憶を辿れば、わずか20年程前の話であったことに驚く。今や携帯電話はガラケーと蔑まれ、スマートフォンが市場を席巻している。カメラ、インターネットやPC機能はもとより、日常生活にかかわる様々な便利機能が搭載され、もはや必需品になりつつある。私たちが気付かないうちに、第4次産業革命が粛々と起こっているようだ。

自動車産業に目を転ずれば、円安のおかげで利益が莫大に嵩上げされ、業界はウハウハの状態に見える。果たしてそうなのだろうか? 私たちが知らないうちに、グーグルは自動車の自動運転車開発を本格化しており、すでに100万㎞の走行実験を行ったが一度も事故を起こしていないそうだ。早晩、私たちは自動車の運転というリスクから解放される運命なのかもしれない。グーグルマップで提供しているストリートビューは将来の自動運転車社会へのインフラ投資なのだろう。
そうなると、心配なのが日本の自動車産業だ。製造業人口の約50%を占め500万人以上の被雇用者を抱える裾野の広い業界である。自動運転車がグーグル、アップルといった海外のIT企業主導で進められ、日本の自動車メーカーが下請けになり下がる日を想像すればゾッとする。昨年、「イノベーションのジレンマをご存知ですか?」というコラムを投稿したが、イーストマン・コダックの二の舞だけは避けてもらいたい思いだ。

自動運転車の普及の影響を受ける産業は他にもある。例えば、自動車保険を扱う損害保険会社。事故率が急激に減少すれば保険料も値下がりするだろうし、仮に自動運転車が現在のハイブリッド車並みの勢いで普及すれば、自動車保険はそのリスクヘッジ機能を失うかもしれない。
また、自動車を買う(専有する)必要性が薄れれば、自宅の車庫や街中の駐車場も不要になる。タクシーやバスの運行会社もその役割が大きく変わるだろう。

労働政策も変革が必要

このような時代が間近に迫っているわけではないが、遠い未来でもないとすれば、私たちは便利この上ない社会で胡坐をかいているわけにはいかない。将来の産業構造や人口構造を予測し、教育の在り方、雇用や社会保障の在り方など、これまでの固定観念を捨て去る覚悟で、便利な社会と人間の共存の全体最適システムを具体的にプランニングする時期にさしかかっている。対策が後手に回れば、ピケティではないが、r(資本収益率)>g(経済成長率)が加速度的に進み、社会あるいは国が成り立たない世界が現実のものとなろう。
全体最適システムは、「経済成長の基盤」と言葉を置き換えてもよい。国民生活はもとより、各個別企業の成長力などを強力に支えるシステムだ。一朝一夕に解決可能な問題でないことは百も承知しているが、手をこまねいている状況でもないだろう。労働政策の視点からも改善すべき課題は多い。とりわけ次の2つは重要なので緒論を述べておきたい。

1点目は賃金制度の在り方だ。もうそろそろ「労働時間=成果=賃金」という古き時代のテーゼに拘泥するのは止めにすべきだ。仕事の質が大きく変化している業界・職種も多い時代に、未だ昔日の固定観念を引きずる人たちが多すぎる。職種と適合するホワイトカラーエグゼンプションの適用を拡大していくべきではなかろうか。このままでは、優秀な新卒の日本人学生を15万ドルの高給でリクルートするグーグルに日本企業が対抗できるはずもない。

2点目は正規社員の解雇規制の緩和だ。現在の日本の雇用の本質的課題の1つは正規雇用を増やすことである。なぜなら、雇用の在り方と年金をはじめとした社会保障が密接に関連しているからだ。つまり、現行の社会保障制度は、正規雇用の拡大によってしか維持できない仕組となっている。表面的には、現在の厳しい解雇規制は正規社員の雇用が守られることから、政策的に正しいように見える。しかしながら、解雇規制は正規社員を守るが増加させていく仕組ではない。部分最適でしかないのだ。

経営者にとって現在の解雇規制下の雇用はリスクだ。レアなケースを除き、解雇がほぼ不可能であれば、正規社員の雇用=2~4億円の投資、という公式が頭に浮かぶはずだ。そうすれば、一定のコアな社員を除き、正規社員の雇用を抑制し非正規社員の雇用を拡大するというインセンティブが経営者には働いてしまう。
解雇規制を緩和したらどうなるだろう。経営者脳は、社員の種別に拘らず正規雇用、に転換する。なぜなら、解雇規制下の正規社員雇用リスクが大きく低下するからだ。やむを得ない経営環境下では正規社員でも解雇することができ、雇用者を増加させたい局面では正規社員として雇用する、という「正規社員」ベースの雇用調整が機能するようになる。
このような労働に関する改革が果たして最適かどうかはわからない。ご批判もあるだろう。ただ、現状に甘んじるだけでは、全体最適システムを基本とした未来社会は訪れないことだけは確かだ。実のある議論を期待したい。
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