かつて痴呆症と呼ばれていた「認知症」も超高齢化社会を迎え、より大きな社会問題となっている。
認知症は、一般的には「知能が後天的に低下した状態」の意味で使われるが、医学的には知能のほかに記憶等の認知の障害や人格変化などを伴った症候群として定義されている。単に老化による物覚えの衰えなど誰にでも起こり得る症状は含まず、病的に能力が低下する場合のみを指す。また、頭部の外傷により機能が低下している場合などは、高次脳機能障害として区別される。
若年性認知症は会社経営のリスクにもなる

認知症の社会的問題とは?

認知症の原因には有名なアルツハイマー病や脳血管障害、甲状腺機能低下をはじめ多様なものがあり、これらを原因として生活に支障を来すような場合に認知症と診断される。

高齢化とともに有病率が高まるのは言わずもがなであるが、65歳未満の労働年齢層でも稀に起こる。稀と言っても、有病率は潜在しているケースも含めれば数%はあるかもしれない。これは、最大の危険因子と言われているアルツハイマー病が若年層においても発症するからである。特に、親が早期発症のアルツハイマー型認知症に罹患している場合、本人発症の危険性はかなり高くなることが知られており要注意である。

認知症は病気であるから、患者が増えれば当然のごとく医療費が増加する。高齢化社会の最先端を走る日本、ただでさえ国民医療費の負担が重荷になっているのに、認知症患者の増加はこれに追い打ちをかけるようになるだろう。
また、家族介護が社会問題化している。厚生労働省がコスト削減の観点から、施設介護から居宅介護に政策をシフトしているのにあわせて、家族介護それに伴う貧困問題が個人の問題として顕在化している。

さらに、自動車の運転免許の生殺与奪の権利にまで問題が及んでしまう。認知症が原因だとは言い切れないが、高速道路の逆走やアクセルとブレーキの踏み間違い等々、高齢者が運転を誤っての交通事故は年々増加しているのは周知の事実だ。認知症であれば、医師の一定の診断の下、各公安委員会は運転免許証を取り消し又は停止をすることができるようになっている。しかし、うまく機能していない。というのも、認知症の受診・診断が難しいからだ。自ら認知症を疑って受診する人は稀だろうし、家族が初期段階の認知症に気づいて受診させるのも至難の業だ。

最近は、認知症患者による鉄道事故も増えている。自殺であるか否かは別として、多くが死亡事故である。彼らは、今日の法制度の枠組では、事故被害者であると同時に事故加害者とも認識されてしまう。現に、鉄道事業者は事故による経済的損失を「責任無能力者の監督義務違反」に伴う損害だとして、その遺族を相手方として提訴しているケースも目立ってきた。最近の裁判例でも、認知症の夫(要介護4で当時91歳)が起こした鉄道事故の損害賠償を求め、その妻(要介護1で当時85歳)を提訴したJR東海の行動や損害を認めた名古屋地裁・高裁判決は、世間の注目を集めている。現在も係争中で、双方とも最高裁に上告しているようだが、法のたてつけからすれば致し方ないのかもしれない。これまで、あまり表面化していなかったのは、裁判に至る前に示談で解決が図られたり、遺族の生活状況や心情に配慮してあえて損害賠償を請求しなかったり、といったことが要因ではないかと思われる。最高裁の判断がどうなるのか注目すべき事案ではあるが、この問題はすでに当事者間だけの解決に委ねるべき域を超えている今日的課題ではなかろうか。

この「認知症」を巡る様々な問題は、国が最優先の政策課題として取り組むべき時期に立ち至っていると思う。確かに、政府は本年1月に現在の認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)に変わる新戦略として、認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)を策定した。新プランの中身であるが、残念ながらオレンジプランの域をほとんど出ていない。多くの施策は、オレンジプランの踏襲であり、認知症介護の現場では既に実践されていることの追認に過ぎず、必要性が求められている認知症訪問介護の介護保険適用などは全く盛り込まれていない。また、若年性認知症関連でも特段の強化対策は見えない。

若年性認知症と会社のリスク

高齢期の認知症の場合は、患者が年金受給者でもあることから、最終的には家族介護の問題に収れんする。しかし、65歳未満の若年性認知症の場合は、患者が現役労働者であることも多いため、さらに事態が複雑・深刻化する。つまり、家族の経済的負担や損害賠償リスクも増大するが、一方、認知症社員を雇用する会社も適切な対応を誤ると予想外のリスクに晒されることになる。当該社員の不法行為等による損害賠償リスク、社員の労働生産性低下リスク、対外的レピュテーションリスク等々である。
会社は、これらのリスクを回避するためにどのような対策を施すべきなのか?
 1.若年性認知症を含めたメンタルヘルス社員教育
 2.若年性認知症を取り巻く法制度についての社員教育
 3.衛生委員会を活用した健康管理体制の整備
 4.就業規則、運用規程等の整備
 5.社員家族との連携
など、一般的に求められる社員への「安全配慮義務」以上の対応が必要となってくるであろう。企業経営の現代的課題として適切に対処したいものである。


株式会社WiseBrainsConsultant&アソシエイツ
社会保険労務士・CFP® 大曲義典
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