★前回までのあらすじ
「社員を健康にするためにはどうしたらいいのか」退院後もひたすらに考え続ける春代。これまでの反省から、春代がとった行動は・・・

このコラムは、人事部で働く人々にインタビューし、メンタルヘルス対策にかける思いを中心に、その人生の一端を「物語」仕立てにしたものです。(※文中の名称はすべて仮名です)
~人事課長・春代の物語「社員全員を船に乗せ」第6話~

奈々子とともに辿り着いた「ポリシー」

「春代ちゃん、とにかく社員さんたちを健康にしてごらん」
入院中、おカルさんに言われた言葉を胸に春代は考えた。
社員を健康にするために必要なものは何なのか。

定時を2時間ほど過ぎたころ、奈々子が声をかけてきた。
「課長、何かお手伝いできることありますか。退院されたばかりなんですから、無理なさらないでください」
反射的に「大丈夫よ。あなたは早く帰りなさい」と答えかけて、春代はハッと口をつぐんだ。
一呼吸置いてから、奈々子に向き直る。
「奈々子、お願い。助けてくれる?」
その言葉を聞いた奈々子は、パッと花が開くように笑い、そのあと涙ぐんだのだ。思いがけない反応に戸惑う春代に、奈々子は泣き笑いの顔で言った。
「私、課長からのその言葉を、ずっと待っていたんです。課長は倒れて入院されるほど多忙を極めていらっしゃるのに、私は何のお役にも立てなくて・・・。課長をお助けしたいのに、力不足で、頼っていただけなくて。ずっと、情けなくて、悔しかったです」

奈々子の涙に、春代は胸を突かれた。猛烈に反省の念がこみあげてくる。
「奈々子、ごめんね。あなたの気持ちに気づいていなかった。ずっと悲しませていたのね。部下を気遣っていたつもりが、課長失格だわ」
「課長を尊敬してるんです!課長の役に立ちたいんです!なんでもやりますから、私を使ってください!」
「ありがとう。あなたの知恵を貸してくれる?」

* * * *

春代の話を聞いた奈々子は、開口一番、「課長、まずはポリシーを考えましょう!」と言った。
「ポリシー?」
「はい。何をやるのか、を考える前に、何のためにやるのか、を考えましょう。迷ったときや、誰かの抵抗にあったときに、戻ることのできる『軸』となる考えです」
春代と奈々子はホワイトボードのある会議室に移動し、ブレストを行った。その結果、2人がポリシーに盛り込みたい、と考えたのは以下のようなものだった。

★社員の健康度を上げることと生産性を上げることは比例する
★心身ともに健康に
★幸せな社員の層を厚くする
★できる人でやればいいという少数精鋭ではなく、社員全員で上がっていく
★会社のために頑張っている人を絶対にうつにしない
★自分の健康や大切な人を犠牲にして頑張り続けても、ポジティブな結果にはならない


最後の項目は、春代自身の反省でもあった。
「課長、これらの考え方をポリシーとして一言でいうと、どんな言葉になりますかねぇ・・・?」
奈々子がホワイトボードに向かってうなる。
春代は、おカルさんと話したときの、深い海の底から水面に顔を出したときのような気持ち、目の前に青空が広がったような晴れ晴れとした希望を思い出していた。

「社員全員を船に乗せる・・・」
「え?もう一度言ってください、課長」
「社員全員を健康という船に乗せて、みんなでひとつの目的地に向かうの」
「社員全員を、ですね!」
奈々子が顔を輝かせた。その顔を見つめながら、「奈々子のような若い社員が、希望を持って働ける会社にする」・・・春代は心の中でそう誓った。

その後、奈々子とは何度もミーティングを繰り返した。
そして、「何をやるか」のほうも、方向性ができあがったのだった。

【体制】
◎ポイント:
全国の支店・工場が自律的に産業保健活動をまわせる体制を整備する。


★ラインケア
⇒全管理職への教育と管理職からの相談対応窓口の設置
★セルフケア
⇒全一般職への教育と心身の健康相談窓口の設置
★産業保健スタッフ
⇒全国の主要拠点で、心身ともに対応のできる産業医との契約
⇒特にメンタルヘルス不調に対応できる専門職(臨床心理士や保健師など)の雇用または外部EAPへの業務委託
★コントロールタワー
 ⇒本社人事部は各地からの情報を一元管理し、適宜相談に対応
  会社としての基準・最終判断を提示

【仕組み】
◎ポイント:
 各関係者が有機的に連携し、迷いなく役割を果たせる仕組みをつくる。


★「不調者対応・職場復帰支援プログラム」の作成
⇒不調者の対応および休職前~休職中~復職時~復職後までの対応ルール、使用する帳票を作成
★「職場活性プログラム」の実施
 ⇒各職場の特性と課題に応じた職場活性プログラムの企画と実行

【優先順位】
「コンプライアンス」

「安全配慮義務遂行」

「生産性向上」

「社員とお客様の幸せ追及」


さてさて・・・とつぶやきながら、春代はニンマリ笑った。
「ここからが大変ね」
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