★前回までのあらすじ
ついに「過労」が原因で倒れた春代。
疲れた体とは裏腹に、「やらなくては」という焦りは募る一方で……。

このコラムは、人事部で働く人々にインタビューを基に、メンタルヘルス対策にかける思いを中心に、その人生の一端を「物語」仕立てにしたものです。(※文中の名称はすべて仮名です)
~人事課長・春代の物語「社員全員を船に乗せ」第4話~

病室での目覚め

目を開けたとき、まず、うっすら天井の蛍光灯が見えた。
(あぁ、私ったら職場で倒れたのね……。ドラマみたいに、病院で目覚めたってパターンなのかしら……)
身体はまだ動かず、頭の中でそんなふうに考えている。

「あっ!課長!気が付きましたか!大丈夫ですか!」
部下の奈々子のセリフもなんだかドラマみたい、と思い、クスリと笑う。
「え、何笑っているんですか!?やだ課長……本当に大丈夫かな……」
奈々子の声が焦りを帯びてきたので、春代は上半身を起こして奈々子のほうに顔を向けた。やはりそこは病室だった。奈々子が付き添ってくれていたようだ。

「大丈夫よ。忙しいのにありがとうね。もうなんでもないわ。今何時?これから会社戻れるかしら?」
「もう、何言っているんですか、課長。倒れたときくらい、ちゃんと休んでください。もう8時ですから。ご主人にも連絡が行っているので、そろそろいらっしゃると思いますよ」

その後、医師から言い渡されたのは「過労」との診断だった。
めまい、緊張型頭痛、軽い手足のしびれ……すべて働きすぎ、睡眠不足からくる症状だとのこと。
「でも先生、そこまで疲れた感じはしないんですけど……」
そう訴える春代に、老医師は、わざと白い眉を吊り上げてみせた。
ぶっきらぼうだが温かみのある言い方で、こんこんと春代を諭す。
「あんたみたいなタイプはね、自分が疲れ切っていることにすら、気がつかないの。そういうタイプなの。このままの生活続けてちゃダメよ。これを機に、もっと自分を甘やかしなさい。そうでないと、今度は心まで疲れてくるよ。さっき部下の人に聞いたけど、あんた人事部なんでしょ?人事がうつにでもなったら、シャレになんないよ」

息せき切って病院まで駆けつけてくれた夫の義和からも、寝ずに帰りを待っていた宗太郎からも、「もっと休んでほしい」と懇願された。春代は曖昧にうなずいてみせながら、しかし心の中では、同じ言葉ばかりがリフレインされていた。
(でも私しかいないのよ。私がやるしかないのよ……)

現場との乖離、増していく焦り

「残業を減らせって、人事部は正論ばかり押しつけてきますけどね。現場の状況わかって言ってます?お客さんからは無理な注文が来る、人は足りない、募集してもいまどき工場労働なんかに人は集まらない、やっと採用できてもすぐに使い物にはならない、育てる時間も足りない、じゃあ注文断るかっていうと、断れば他社に切り替えられるだけ、売上減れば担当役員から問い詰められる。そんな中、どうやったら残業減らせるんですかね?」

社長からの残業削減命令を背負って、人事課長である春代が全国の工場を行脚している。各工場長からは、だいたい異口同音にそんな応えが返ってくる。
「おっしゃる状況はよくよく理解しています。けれど、なんとか考えてみてください。無駄な工程はないか、特定の人に仕事が偏っていないか、長い目で若手を育成してスキルを上げていけないか、モチベーションを上げることで生産性をもっと上げられないか……」
「上げて上げて上げてって……すでに心身ともにギリギリのなかでやっているのに、これ以上生産性上げろなんて部下に言ったら、メンタルやられますって!勘弁してくださいよ……!」
春代自身、話しながら説得力のなさを感じていた。キレイごと、正論、お題目だけで現場が変われば苦労はしない。変われないから、現場は苦しんでいるのだ。

何かを抜本的に変えなければならない。
何かが根本的に違うのだ。
でもそれは何?
どうすれば、現場は苦しみのループから抜け出せるの?

春代にしても、自分の睡眠時間を削り、余暇の時間もなく、夫や子どもとの時間を犠牲にし、なんとか日々の業務をまわしているのだ。自分にできないことを、どうして現場に押しつけることができるだろう。

……そして、自己啓発のためにずっと勉強していた「ビジネス実務法務検定」受検の日、「その感じ」はやってきたのだった。
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