このコラムは、人事部で働く人々にインタビューし、メンタルヘルス対策にかける思いを中心に、その人生の一端を「物語」仕立てにしたものです。(※文中の名称はすべて仮名です)

★前回までのあらすじ
「現場を知らない人事が、えらそうなこと言うなよ」
現場責任者に詰め寄った冬美に浴びせられた、鋭い一言。
返す言葉もない冬美。そして始まった集団分析の結果は・・・。
~人事部3年目・冬美29歳の物語「うつ病の新入社員を救え!」第3話~

真っ赤な集団分析

「率直に申し上げますと、リスクが高すぎます」
EAP会社のコンサルタントは、きっぱりとした口調でそう言った。
数か月の準備期間を経て、全社でストレスチェックと集団分析を実施した。今日は実施を委託したEAP会社から、集団分析結果の報告を受けているのだ。冬美は、手元の資料に目を走らせる。部署ごとに細かな数字が並んでいる。全体的に、赤く色づけされている数字が多い。
赤は、警告の色だ。

「まず、どの部署も、軒並み『量的負担』が高いですよね。これはまぁ、想定内といいますか、システム・エンジニアの方々がお忙しいのは当然と言えば当然です。『コントロール度』が低いのも理解できます。常に納期に縛られているでしょうし、プログラムにバグが出れば、当初計画が吹っ飛ぶということもよくありますよね。でも・・・」
コンサルタントは、ここで一旦言葉を切った。冬美、人事課長、そして部長の大崎がそろって顔を上げ、コンサルタントの顔を見る。
「『上司の支援』と『同僚の支援』がこんなに低いのは問題です。厚生労働省が出している全国平均よりも、だいぶ低いです。ストレスチェックの結果を見る限り、御社の社員の皆さんは、何か困ったことがあっても、上にも横にも相談できず、お一人で悩みを抱えていらっしゃるようです。今後、メンタル不調者が発生してくるリスクは高いと思ってください。と言いますか、すでにかなりいますよね?メンタル不調者・・・」
コンサルタントの歯に衣着せぬ説明を聴きながら、冬美はシステム開発部の結果を確認する。やはり、リスクの高さは突出している。
(実際、大窪くんはうつ病になった・・・)
リスクが特に高い部署を順番に指でなぞっていく。その部署に所属している同期や後輩の顔をひとりひとり思い浮かべながら。

「有効な対策は?」大崎が聞く。コンサルタントは、リスクの特徴に応じた具体的な対策を複数提案していく。説明が一通り終了すると、人事課長がおどけた声で「でも、そういう対策やるには、またお金がかかるんでしょ~?」と混ぜっ返した。
冬美は、「でも、そのお金は、コストではなく投資だと思います。対策をうたなければ、集団分析をやった意味がないですよね?」と反論した。大崎の反応が気になったが、大崎は何も言わず、難しい顔で腕を組んだままであった。

そうだ!みんなに聞こう!

システム開発部2課長のベートーヴェンに言われた言葉は、今でも胸に突き刺さっていた。
――「現場を知らない人事が、えらそうなこと言うなよ」――
確かに私は現場を知らない。冬美はいま、焦りとともにそう考えていた。コンサルタントから報告を受けた日以来、冬美は集団分析の結果を何度も見返していた。そこに書いてある数字の意味はわかる。しかし、数字の裏で、どんなことが起こっているのか、それがわからない。

ポンッ!と、メールの到着を知らせるポップアップ画面がパソコン上で開いた。清水からだった。大窪のことを詳しく話してくれた後輩だ。
『冬美さん、その後、大窪の様子はどうですか。同期はみんな心配しています・・・』
休職中の大窪とは、月1回、社内の看護師が連絡を取り合っていたが、体調は一進一退で、余り思わしくないようだ。
清水の顔をぼんやり思い浮かべた。清水くんの部署の結果はどうだったかな・・・また資料を開こうとして、ハッとした。
(わからなければ、聞けばいいんだ!)
冬美は、人事部に配属される前、能力開発部で新人教育を担当していたこともあり、同期・後輩合わせて約500人の顔と名前が一致していた。同期はもちろん、採用した後輩、教育した後輩、全員のキャラクターも把握している。各部署に最低でも1人は、その部署のエース・キーマンとして活躍していそうな人を思い浮かべることができた。
思いついたとたん、冬美は猛烈な勢いでメールを打ち始めた。

『お久しぶり!ねぇ、久しぶりに、サシで飲みに行かない?色々聞きたいこともあるんだ・・・』
同じメールを何通も何通も、その日、冬美は送り続けた。
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