文部科学省が2010年度から実施する「就業力育成支援事業」の様々な大学に外部評価委員として参画し、自らも大学で多くの企業とともに産学連携の教育プログラムを実践されている慶應義塾大学の伊藤健二氏。シンクタンクでのコンサルタントとしてのキャリアを経て大学人に転身し、大学と企業を結ぶ視点から多彩な活動を展開される伊藤氏に、活発化し始めた産学連携教育の現状と課題、産学連携が企業内教育を変えていく可能性などについて、お話をうかがいました。

就業力育成支援事業により、多くの大学で産学連携が加速

--産学連携に関する取り組みについて教えてください。

第7回 産学連携で「大学と企業」の接点が変わる。 その先に企業内教育の未来像が見えてくる。
今、大学と企業が連携して社会に役立つ人材づくりをしていこうとする動きが強まっています。この動きを加速しているのが文部科学省の取り組みです。大学設置基準の改正で2011年4月から全大学にキャリア教育が義務づけられましたが、一方では2010年度から文部科学省が実施する就業力育成支援事業で180大学が選定され、講義、レポート、インターンシップによる実践などを通じて、企業の業務とともに働く意味を理解し、就業力を高めるといった産学連携教育プログラムが多数の大学で実施されている状況です。私はこれまで、調査データの分析をもとに文部科学省の様々な人材育成政策・大学改革政策づくりにかかわっていますが、この事業に関しても、就業力事業180大学の調査を元に、各大学の取り組み内容の評価や調査分析、提言、そして100に及ぶ大学に向けた講演などを行っています。
また、私自身も大学で企業と連携した教育プログラムを数多く実践しています。たとえば、まず企業の中堅クラスの社員が講師となって、働く意味や企業が求める人材要件について講義を行い、メーカーの宣伝販促活動といったその企業が抱える課題を提示します。学生は企業が求める能力について自己評価を行うとともに、チームで課題に取り組んで企画立案するのですが、成果に対する企業の評価は高く、大学と企業の共同研究にもなり得る面白い展開の可能性が見えてきています。こうした産学連携の取り組みが増えて、企業が学生に求める能力を大学に提示し、大学が応えるというような具体的な対話が深まっていくことで、学生も大学教育も変わっていくと思います。

--産学連携が必要な理由とは何でしょうか。

大学では基本的に受身で学ぶことが多いのですが、座学で学んだことは、それだけではなかなか身につきません。学んだ知識の定着度は、たとえば、その後にディスカッションしたり、グループワークでシミュレーションしたり、その知識を行動のなかで自らが実際に使うことによって高まります。受動的学習から能動的学習モデルに転換することが重要なのです。
大学が社会で役立つ人材をつくる場であろうとするなら、そのために必要な知識やスキルを座学で学ぶだけでなく、実際に社会のなかで行動しながら使う、あるいはシミュレーションで擬似体験するといったことが必要です。そう考えたとき、産学連携は必然となるわけです。

企業側の負担が大きく、メリットが少ないことは大きな課題

--現在のような取り組みをされるに至った経緯や問題意識はどのようなものだったのですか。

第7回 産学連携で「大学と企業」の接点が変わる。 その先に企業内教育の未来像が見えてくる。
私自身は大学時代、学部では物理が専門で、大学院で教育やマーケティングを学びました。現在は大学で教えていますが、新卒で就職したシンクタンクで、コンサルタントとして企業や官公庁をクライアントとする多くの案件に携わった経験があります。就職活動中、自分は何をアピールしていくのか、企業は何を必要とするのかと考えた当時から、大学で取り組んだ学問が社会に出てそのまま使えるというのという疑問がありました。専門知識より、汎用的な技能である問題解決能力、論理力、コミュニケーション能力といったものが、社会で仕事をするときにはむしろ重要ではないのか。そのような問題意識が、コンサルタントとして仕事をするなかでさらに強くなりました。
実際、慶應義塾大学が企業523社の人事担当者に「新卒者・入社3年目に対する教育ニーズ・重要度・獲得困難度」を聞いたアンケート調査では、最も重要な能力は「問題解決力」で、「生涯学習力」や「自己管理力」がそれに続くという結果でした。企業側も専門知識よりこのような能力を求めていると裏づけるデータがあるなかで、企業を経て大学で教育に携わるようになった私は、企業と大学を結ぶ視点からこうした能力の育成に貢献できるのではないかと考え、現在に至っています。

--産学連携は今後どのような方向に進んでいくのでしょうか。

発展していくべき方向性は、「実学を実現する産学連携」です。アカデミックな世界には、実学は学問ではないと言う人もいますが、これだけ社会の要請が高いのです。現在世の中で行われている産学連携についても、実際に実学になっているかどうか見直す視点が必要でしょう。そもそも「実学とは何か」を、改めて皆で問うべきではないかというのが私の考えです。
課題もあります。2008年と2010年に東京商工会議所が「産学連携教育における企業の課題」について調査しましたが、2008年に71%でトップだった「学校側からの支援依頼がない」という回答は2010年には39%と激減しました。企業への支援依頼が増え、産学連携教育の取り組みが2年で急増したことを示すデータですが、一方で、2010年は「情報が不足、やり方がわからない」という回答が36%、「企業側の負担が大きすぎる」という回答が33%、「企業のメリットがない、少ない」という回答が26%となり、いずれも2008年より増えています。
連携のやり方については、これからきちんとガイドラインを作る必要があります。問題は、企業の負担が大きい割に、まだメリットが少ないことです。「新入社員は採用してから企業で教育するから少しくらい問題があってもいいよ」という従来の考え方から、「いや、もう大学生の段階から企業がコミットしないとまずい状況だ」という方向に人事部が変わってきていただいていればいいのですが、経済環境が厳しいなかで、「メリットは何ですか。教育CSRですか?」という声も社内で挙がっているのかもしれません。

大学と連携した採用と教育のサイクルが回ることが理想像

--インターンシップも、日本では諸外国と違って「採用とは無関係」だと自主規制するためメリットがなく、本格的に活用されていない現状があります。

第7回 産学連携で「大学と企業」の接点が変わる。 その先に企業内教育の未来像が見えてくる。
インターンシップはアメリカから導入されて言葉だけは定着しましたが、各企業の具体的な実施内容と効果について検証をしていますか。また、企業が学生を受け入れるとき、学生に事前教育をしていないから現場では何の仕事をさせればいいのかわからない、または適切な仕事が与えられないというケースもあると聞いています。インターンシップは、本来、目的の明確化から事前準備、実施、検証まで産学での連携によりプログラム化した上で実施するべきです。あらかじめ、企業でどういう活動をするのかについて学生にオリエンテーションし、それに向けた事前教育をしっかり行った上で受け入れていただくことが重要で、そうすると、企業にも大学にも実りの多いインターンシップができると思います。プログラム化した上で、産学の様々な視点で検証しながら実施しているインターンシップもあります。
 インターンシップ、より有効性の高いと考えられる産学連携によるCOOP教育を含めた産学連携教育を進めるなかで、将来的には企業の社員が産学連携講座の講師などとして学生の就業力強化に携わり、その学生を新卒採用し、その社員が企業でキャリアを積んだらまた大学で講師などをするというモデルが考えられます。社員が大学で学生に教えると同時に、自らを振り返ってキャリアの棚卸しをすることをプログラム化すれば、人材育成の効果は非常に高いでしょう。大学と連携した採用と教育のサイクルができあがることが、企業側のひとつの理想像になると思います。持続的・改善的な仕組みに向けて、企業のキャリアデザインを大学との接点のなかで考え直してみると、新しい方向性が見えてくるのではないでしょうか。

--企業内教育の今後のあり方についても、お考えなどをお聞かせください。

人材教育に関するご相談を企業から受けることも多いのですが、まずひとつ言えるとすれば、教育のPDCAをいかに回すかがさらに重要になると思います。Cに基づいてネクストアクションに反映させるという部分が重要ですが、そこが必ずしも十分にできていない企業が多いと感じます。例を挙げれば、教育プログラムはアンケートを取るだけではなく、ブラッシュアップして5年前とは違ったものになっているかどうか。コンピテンシーボキャブラリーは職場での課題に応じて定期的に検証して更新できているか。グローバル化への対応、新しい成長業種・産業構造への対応、次世代リーダの育成など、変化の激しい時代において企業の人材要件もどんどん変わってきます。自社を振り返り、人事部が中心になって外部のコンサルティング企業などと連携しながら、これからの人材要件をしっかり作り直すということも求められてくると思います。
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