帝人は100年近い歴史を持つ老舗企業。旧社名は帝国人造絹絲であり、その名のとおり繊維会社としてスタートした。しかし現在の帝人は、高機能繊維、炭素繊維・複合材料、ヘルスケア、フィルム、樹脂、流通・製品、ポリエステル、ITと多様な事業領域を持っている。
この事業領域は国内だけにとどまるのではなく、海外にも広がっている。同社の従業員数は約1万7000人だが、このうち海外が7000人を占めているのだ。
この帝人が女性活躍を中心に、さまざまなダイバーシティ・マネジメントに取り組んでおり、予期どおりの大きな成果を上げている。
特に注目したいのは「2年間(730日)取得可能な介護休職制度」だ。高齢化の進展により、両親を介護せざるをえない40代、50代の壮年社員は増えている。ダイバーシティ・マネジメントは女性の子育てだけでなく、介護にも目を向ける必要があり、それを実践済しているのが帝人だ。
霞が関コモンゲート西館の東京本社を訪ね、日高乃里子ダイバーシティ推進室長にダイバーシティ施策の経緯と成果を聞いた。

欧米企業との合弁・取引から、女性幹部の重要性を認識

第40回 帝人が「介護休職730日」を導入した理由
――帝人の女性活躍支援への取り組みは、たいへんに早かったと聞いております。その経緯からお聞きしたいと思います。

1990年代に欧米企業との合弁事業や取引が多くなってきたが、そこで帝人の経営陣が気づいたことがある。弊社から会議に出席するメンバーは男性社員ばかりだが、欧米企業からは女性社員がつねに一定の割合で出席していたのだ。

この経験から、弊社の経営陣に問題意識が生まれた。「グローバルにビジネスを展開していくためには、欧米企業のように女性も経営幹部として活躍する企業になる必要があるのではないか」。

当時の社長であった安居祥策は、1999年夏の役員会議で女性の活躍を推進する方針を決めた。その決定を受け、「女性活躍委員会」が設置された。このときのメンバーは男女半数ずつで、私も委員を務めた。ただこのときの「女性活躍委員会」は専任組織ではないので限界があった。

そこで2000年に専任組織の女性活躍推進室を設置した。このとき「外の風を入れよう」ということで、室長を外部から公募した。これがよかったと思う。公募の結果、初代の室長となったのが、田井久惠である。田井は大卒後にいったん日本企業に就職したが、退職して米国留学し、帰国後に外資系に就職した人だ。そして勤務しながら1992~94年、神戸大学の社会人大学院で人事・労務を学ぶというキャリアを持っていた。

女性のキモを座らせる「女性幹部育成プログラム」

――田井室長の下でどのような施策に取り組まれましたか?

まずは、経営層の女性比率を上げること、すなわち、管理職比率を上げることである。女性活躍においてひとつの障害になるのは、女性自身の気持ち、覚悟だろう。そこで2003年から、女性幹部育成プログラム「WIND(Women’s Intensive Development)」を実施した。

これは3つの研修から構成されている。最初はダイバーシティ概論、多様なリーダーシップ、自らのキャリアプランについて学ぶ研修だ。各事業部からの推薦を受けた15~16人の女性社員が対象だが、研修には彼女たちだけではなく、女性社員の育成責任者の部長も出席する。

この研修の目的はふたつ。ひとつは、帝人が経営戦略としてダイバーシティに取り組む意味を理解し、受講生がダイバーシティを体現する主体であることを自覚してもらうこと。

もうひとつは、一人ひとりが異なるようにリーダーシップのパターンもさまざまで、どんなタイプの人間、もちろん女性であっても、リーダーになれることを理解してもらうことだ。

次の段階では、観察学習をベースにした研修を行う。他企業の部長以上の女性に依頼してロールモデルになってもらう。その女性を研修受講者3人が訪問して、話を聞き、引き出して、その話を基にキャリアストーリーを文章にまとめる。

そして帰社後にそれぞれの聞いた経験を共有し、「幹部になるために私たちに必要なものは何か」をディスカッションする。この観察学習を通じ、それぞれがキャリアビジョンを持つことを期待する研修だ。

最後の研修はCEOを囲むラウンドテーブルだ。CEOは受講生に幹部になる心構え、つまり個人の価値観と組織のミッションを一致させる努力を教え、同時に女性管理職候補の社員が、ワーク・ライフ・バランスを実現するために行っている時間の工夫などを知ることができる。

「WIND」受講者のほぼ全員が課長職以上に

この3種類の研修を1年間で実施するのが女性幹部育成プログラムだ。ただ研修の実施は目的ではない。「課長ポジションへの就任」がこのプログラムの卒業と位置づけており、受講者が課長になるまでキャリアプランのフォローを行う。

このプログラムの成果だが、2003年から2005年までの3年間に43人が受講し、出産、育児というライフイベントで休職していた時期のある者を除いた40人が課長以上の職階に就いた。

このプログラム卒業生40人を含め、現在の女性管理職は85人いる。そしてその半数はワーキングマザーだ。

新卒採用の30%を女性に、女性管理職は2016年に160人

――女性管理職の数を以前と比較するとどうでしょうか。また新卒採用で女性採用の比率は?

「WIND」が始まる前の2002年の女性管理職数は20人だった。その後2005年に45人と倍増し、2008年は64人、2011年は79人、そして現在は85人になった。そして今後は2014年に120人、2016年に160人と現在の2倍近くに増やすべく、取り組んでいる。

新卒採用における女性比率だが、男女を合わせた採用総数は年によって変動がある。2003年までと、リーマンショック後の2010年以降では60~70人という年もあった。しかし女性比率については2001年から30%にすることを採用方針として決めており、実際の採用でもほぼその比率が守られている。

働き盛りの男性にとって、介護は大きなテーマ

第40回 帝人が「介護休職730日」を導入した理由
――現在の日高室長の部署はダイバーシティ推進室になっていますが、女性活躍推進室との関係をお聞かせください。また730日の介護休職を導入された経緯についても教えてください。

女性活躍推進室のミッションを2007年に拡大したのがダイバーシティ推進室だ。弊社は女性活躍という観点でダイバーシティを推進してきたが、もちろんダイバーシティは女性だけを対象とするものではない。またその頃になると、働き方も在宅勤務、短時間勤務という選択肢が増え、外国人も採用するようになった。そこで時代の変化にあったダイバーシティを推進する部署としてミッションを拡大し、女性活躍推進室をダイバーシティ推進室と改名した。

要介護状態の対象家族を持つ社員への施策は、育児と同じように「時間制限のある社員の働き方」の整備という点で、ダイバーシティ推進室にとって大きなテーマだ。また、40代、50代の働き盛りの男性も対象であり、介護の場合は育児と違って、状態が改善することは少ない。政府も労働者の介護対策を重視しており、介護休業法では通算93日まで介護休業できると定めているが、93日は少なすぎる。

そこで弊社では、1997年に1年間休職できる制度を整えていたが、2005年に分割して取得してもいいことにした。「分割できる」というところが重要だ。

それまでの介護休職制度の運用で、365日連続で休職する人は非常に少ないことがわかっていた。要介護者は同じ状態が続くのではなく、変化する。たとえば、介護対象者が脳の手術をし退院した直後は、会社を休んで完全に介護をする状態が続くだろうが、しばらくリハビリをしてヘルパーなどの支援態勢ができれば、休まなくてもよくなる。

また最初から介護休職する人は少なく、未消化の年休を使う人が多い。そこで介護休職制度は、1年間という長い期間と分割できるという使い勝手で安心してもらうことを重視したのだ。

これからの課題は「働きがい」

第40回 帝人が「介護休職730日」を導入した理由
――これまで介護休職制度を利用した社員数は何人ですか。また2010年に期間を1年間から2年間に倍増されました。その理由は何でしょうか。

1997年の制度開始からの延べ利用者数は36人。2005年に「分割できる」と改定してからの利用者は36人だ。先ほど話したように未消化の年休などで対応する社員が多い。

ただし利用した36名の中には、要介護者の状態が大変な者もおり、7人が365日すべてを使い切ってしまった。使い切ってしまうとさらに休職することはできないから、辞めざるをえない。実際に9人は退職した。しかし介護が理由で辞めざるをえない本人も、有能な社員を手放す会社も、双方にとってハッピーではない。そこで、それ以上の利用も有りえるのではないかと考え、2010年に期間を730日にした。

こういう施策を積み重ねてきて、現在の帝人のワーク・ライフ・バランスは、制度やその運用を整えることで「働きやすさ」は整っていると考えている。これからの課題は、価値観が多様化する中での「働きがい」だ。

そう簡単に意識改革が進むとは思わない。2000年の女性活躍推進室の設置から13年で今日の成果を得た。これからの意識改革も10年後を見据えて果実を収穫したいと思っている。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!