博報堂ブランドデザイン 著
アスキー新書 780円

 現代ほど言葉があふれている時代はないと思う。メール、ブログ、Twitter、facebookには時々刻々膨大な量の言葉が飛び交っている。パソコンとネットワークがなかった時代にも文書はあったが、手書きだからそんなに大量の文字を書けないし、他人に読んでもらうためには手渡し、郵送、FAXなどの限られた手段しかなかった。
ビジネスは「非言語」で動く 合理主義思考が見落としたもの
情報収集にも時間がかかった。基本的なデータは図書館で探したが、書架で本を探し、読んで、必要なページをコピーするのだから相当な日数がかかった。現代は必要なデータを容易に得ることができる。仕事上の文書を作成するとき、多くの人はまずWeb検索すると思う。そしてGoogleやYahoo!の検索エンジンが瞬時に探してくれ、必要な情報にアクセスできる。そんな現代を「言語の時代」と形容してもいいだろう。

 しかし、現代人の言語重視という習慣と感覚は正しいのだろうか? 明晰な言語を使っているのに、なぜコミュニケーションがうまく行かないのだろうか?
 そんな問いに答えようとするのが本書である。


 本書は人間の非言語領域に着目し、人間は自分がしていることを認識していないという事実から論をすすめていく。ハーバード・ビジネススクールのジェラルド・ザルトマン教授は「95対5の法則」を提唱し、次のように説明している。「すべての認識の少なくとも95%は心の影の部分にあたる認識外で起こり、多くともたった5%だけが高位意識で起こるのである」。

 高位意識とは、意識し言語化できるものを指している。それはたった5%であり、背景には95%の無意識の思考プロセスが働いている。その95%を本書は「非言語領域」と呼んでいる。「氷山の一角」という言葉があるが、海上に浮いている部分はほんの一部。海中にある氷山の方がはるかに大きい。意識し言語化できるものより、非言語領域の方が巨大なのだ。

 しかし、巨大な非言語化領域は、ビジネスの世界では軽視されている。ビジネス書を見れば論理的思考や合理的判断に関する本があふれている。また、研修でも若手社員はロジカルシンキングを教えられる。どうやら日本では、何でも言語化する習慣を身につけることが能力開発と考えられているようだ。

 だからといって言語化は万能ではない。本書はメールという言語表現を取り上げ、弊害を指摘している。現代のビジネスでは、人とのホウレンソウで最も多く使われているのはメールだろう。

 そして多くのオフィスは静かだ。電話での会話も、昼飯に何を食べるのかの話し声もない。メールを読み、返事を書く。それが現代のビジネススタイルだ。

 昔のオフィスはうるさかった。顧客と電話で話し、同僚や後輩とはしょっちゅう話していた。つまり肉声で話すことがかつてのビジネススタイルだった。

 本書は「メールで話がこじれる」と書いている。社内のそれほど親しくない人たちに連絡する際に、多く使われるのはメールだ。その理由は、顔を合わせずに済む、「言った、言わない」の水掛け論を回避できる、CC機能を使えば上司・同僚に同時に伝えられる、というものだろう。

 しかし、要件を正確に伝えられたとしても、メールでの連絡は相手の感情を害する危険性があると本書は主張している。なぜなら「多くの人は、自分の気持ちや気分に関わる事柄を事務的に扱われることに不快感を覚えやすい」からだ。気心の知れた間柄ならメールでもいいだろうが、親しくない人なら電話をするか、相手の席に行き直接話しかける方がいいと書かれている。事務的な要件だけでなく、肉声、顔色、身振りなどの非言語情報を伝えることができるからだ。

 メールをビジネスの基本ツールと信じている人には、この指摘は意外に思えるかもしれない。しかし、営業はいまでも顧客企業に出向いて、担当者と面談する。メールだけでは商談はすすまない。商品やサービスの説明という言語情報だけでなく、誠意、熱意、人柄という非言語情報が営業に必須だからだ。


 オフィスでも日頃から会話が飛び交う部署であれば、互いの気性や価値観などを非言語領域で理解し合っているので、新規にチームが組まれても円満にプロジェクトが進行するだろう。逆にまったく親しみを持たない者同士がチームを組めば、プロジェクトは荒れるだろう。

 そういう視点に立てば、現代のオフィスは非言語情報の共有効率が悪い。かなり多くのIT企業では極端なフレックスタイム制や在宅勤務制が導入されているが、そもそも組織のメンバー同士が顔を合わせる機会さえない。


 よく使われるビジネス用語に「可視化」と「見える化」があり、「可視化」の目的は「情報共有」だ。しかし本書を読んで思うのは、可視化の前に非言語領域の共有がなければ、コミュニケーションを図れないということだ。

 会議が前に進まないのも非言語領域の共有がないからだと本書は指摘している。そしてOJTについても「進化型の大部屋」を提唱している。

 いままでのビジネス書にはなかった視点だが、人事施策に取り入れると効果が高そうな指摘が多い。文章は軽やかで読みやすく、引用事例も興味深い。読んで損のない一本として一読をすすめたい。
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