AIを始めとする最新テクノロジーの存在感が増す中で、本連載では人間ならではの「創造力」の豊かさとその思考法について解説してきました。創造力には“3つの重要な要素”があることを踏まえながら、第1回目は「潜在的な課題やニーズを捉える力」、連載第2回目は「つなぎ合わせる力」について説明しました。最終回では「バイアスフリーに考える力」をトレーニングする方法を具体的に解説します。

第1回から読む▶第1回:AI時代の人材に求められる「創造力」の3つの要素"
第3回:AIには判断できない「バイアスフリー」に考える具体的な方法

バイアスフリーに考える力

「創造力」で重要な3つ目の要素は、バイアスフリーに考える力です。

バイアスフリーに考えるとは、先入観や思い込み、常識を捨てて、新しい枠組みで物事を捉えることを言います。もう少し噛み砕くと、常識を真逆にひっくり返したり、ずらしたりして物事を捉える考え方です。英語では、Break the biasや、Think out of the boxとも言われます。これは、よく「常識を疑え」とか「既存の枠組みで考えるな」、「逆転の発想で考えろ」などと言われている通り、創造性を発揮する上で重要な視点であることに異論はないと思います。

しかし、どうすればバイアスフリーに発想ができるのか具体的に教えられたことはないのではないでしょうか。結局、なんとなく逆張りしてみるとか、とりあえず反対のことを言ってみる、ということが多いのだと思います。そこで、ここでは、このバイアスフリーに考える方法を、事例を交えて具体的に見ていきたいと思います。

「課題」をバイアスフリーに考える方法

この連載で通じてお伝えしているように、物事をまずは「課題」と「解決方法」に分けます。そして、ここでは「課題」をバイアスフリーに考える方法を見ていきます。

■Space Xの創業者イーロン・マスク氏の例



具体的なイメージを掴んでいただくために、SpaceXを創業したイーロン・マスクの例を見てみましょう。このエピソードは、実際にマスク氏がそう考えていたか定かではありませんが、その界隈では有名な話であり、課題の転換のイメージを掴んでいただきやすいことから、ここで紹介させていただきます。

宇宙にロケットを飛ばす際に最も重要なのは、エンジンです。このエンジンがしっかり稼働しないとロケットは宇宙に行くことができません。そのため、ロケットを宇宙に飛ばすためには、正確で完璧なエンジンを作る必要があり、各社はエンジンの精度を上げるための開発やテスト、準備を繰り返し、非常に多くの費用と時間を費やしていました。

こうした考え方が常識となっていたところ、マスク氏は「別にエンジンは止まっていいのではないか」と考え、エンジンが止まってもロケットが宇宙に行ける方法を考えました。どんな方法でしょうか。

それは、何個も小型のエンジンを搭載する、ということでした。1つや2つのエンジンが止まっても、他のエンジンがちゃんと動けば、ロケットは目的である宇宙に行ける、という発想をしたのです。これが有名なクラスターエンジンと言われるもので、SpaceXのファルコン9では、実際に9個のエンジンが搭載されました。

そして、この発想により、莫大な費用と時間がかかっていた正確なエンジンではなく、開発工数が格段と少ない小型のエンジンを束ねて搭載することで目的である宇宙に行くことができるようになったのです。この例では、「正確で完璧なエンジンを作らないといけない」という課題に対して、「別にそんなものは作らなくてもよいのではないか」と常識を疑い、結果的に、この課題自体を解かずに、小型のエンジンを9個搭載するという別の方法でイーロン・マスクは宇宙に行く目的を達成しました。

もし、イーロン・マスクが正確な大型エンジンを作ることに拘っていたなら、おそらく、これほどのスピードで、Space Xは成長していなかったでしょう。このように、課題をバイアスフリーに考えて転換することは大きなブレイクスルーを生み出すきっかけになるのです。

出典:SPACE NEWS「SES Rethinking Being First To Fly a Full-throttle Falcon 9」

SES Rethinking Being First To Fly a Full-throttle Falcon 9
さて、基本的に、解けずに問題になっている課題には、より上位の課題が存在します。つまり、解けずに問題になっている課題は、より上位の課題を解くために設定されたものであり、本来の目的を達成するための1つの要素に過ぎません。そして、本当にやるべきことは、上位の課題を解き、本来の目的を達成することです。

こうした原則に立ち返り、目の前に解けない課題が現れたときには、直接この課題を解かなくても、上位の課題を解いたり、本来の目的を達成できないかと考えたりすることで、ブレイクスルーが生まれる可能性があるのです。

先ほどのイーロン・マスクのファルコン9のクラスターエンジンの例もまさにそうです。「正確で完璧なエンジンを作らないといけない」という常識的な課題に対して、達成したい目的は「宇宙に行くこと」なので、それであれば、「小型のエンジンを複数機積めばいいのでは?」と当該課題を解かなくても本来の目的を達成する方法を思いつきました。
ファルコン9の例
課題を上手く転換することができると、そもそも解くべき課題が大きく変わることから、解決方法も抜本的に変わり、非常に大きなインパクトを出すことができます。特に課題が難しくて、八方塞がりになっているときなど、ブレイクスルーを起こすためにこの転換が使われていることがよくあります。解決方法に悩んだ際には、必ず一度、課題をバイアスフリーに考えてみてください。

「解決方法」をバイアスフリーに考える方法

次に、「解決方法」をバイアスフリーに考える方法を、事例を交えて見ていきましょう。

■Wiiの例


ここでは、任天堂の有名なゲーム機、Wiiについてみていきます。Wiiは、販売されると同時にその特徴から注目を浴びて大ヒットしました。はたしてWiiは、どのような常識を転換したのでしょうか。

当時、流行していたのは、ソニーのPlayStationをはじめとするリアリティのあるゲーム機でした。新作が出るたびに、画面の画素数は上がり、複雑な指示をできるようにコントローラーにたくさんのボタンや仕様が生まれました。リアリティを感じさせるためにどんどん複雑化していたのです。加えて、ゲームはプレイヤーが一人で集中して行う必要があり、子供たちが集まって、ただ無言でゲームをやっていることも多々ありました。
こうした状況の中で、Wiiが現れました。この図をご覧ください。
第3回:AIには判断出来ない「バイアスフリー」に考える具体的な方法
当時、ゲームは、リアリティを求めるために複雑になるという常識と一人でやるものであるという常識があったので左下の象限です。ここから、Wiiは常識を転換して、右上の象限を目指しました。「シンプルで複数人でも楽しめる方法」を目指したのです。そして、この方法を実現するために、ボタンは極めてシンプルになり、プレイヤー自身が体を動かして、ゲームのキャラクターを動かすという仕組みが考案されました。その結果、Wiiが生まれたのです。

さて、本連載でお伝えしているように、物事は「課題」と「解決方法」の組み合わせが重要です。解決方法を転換して面白そうなものになったとしても、それがちゃんと課題を適切に解決しているのか、つまり解くべき課題があるのかが重要です。解くべき課題がないのに解決方法を転換しても意味がないからです。

当時のゲーム業界の課題(目的)は、とにかく没入感やリアル感を出すことでした。しかし、Wiiは、この課題に目を向けません。むしろ、プレイヤーではなく、プレイヤーの周りの家族や友人に目を向けました。プレイヤーがゲームにのめり込んでしまったり、そもそも操作が難しすぎるので、一緒に楽しみながら遊べなかったりするという課題を発見したのです。この場合、「シンプルかつ複数人で楽しめる方法」は、「一緒に楽しみながら遊びたい」というプレイヤー以外の課題を見事に解くことになりました。シンプルな方法なのでゲームに疎い大人や高齢者も参加できるようになりました。そして、身体を動かしながらゲームをするので、そこでコミュニケーションが生まれたり、同じ場で身体を動かしたりすることで共同体験を得ることができるようになったのです。常識を転換した解決方法が新たな課題を見事に解いている。まさに、ヒットするお手本のようなサービスだったといえるでしょう。

単に常識やバイアスを書き出してひっくり返したりするだけでなく、このように2次元のマトリクスでまずは常識を可視化、構造化することで、いろいろな解決方法を思いつくことができるようになるのです。

AIは、何が深いバイアスかは分からない

ここまでバイアスフリーに考える方法を見てきました。バイアスフリーに考える際には、Wiiの事例で紹介した2次元マトリクスのように、常識を適切に可視化、構造化することが重要です。しかし、AIはこのような効果的な2次元マトリクスを考えることはできません。数多くの軸が存在するので、その中から深い常識を構造的に可視化できる軸を選ぶことが極めて難しいのです。

そして何より、AIは、何が深いバイアスなのか判断できません。確かに、AIが依拠する膨大なデータから、世の中の一般的な常識は抽出することはできます。しかし、その常識の深さは、顕在化されていない人間の感情や体験の中にあるので、そこまでAIが認識することができないのです(連載第1回目の「潜在的な課題やニーズの捉え方」の議論と似ています)。したがって、AIに常識を一緒に考えてもらいつつ、何が深いバイアスなのか、どのようなバイアスを可視化してひっくり返すとより創造的なアイデアになるのかは人間が見極めていく必要があるのです。

「バイアスフリーに考える力」を鍛えるポイント3つ

ポイント1:普段の業務や生活の中でもバイアスを意識する


バイアスフリーに考えるためには、まずはひっくり返す対象のバイアスを可視化する必要があります。しかし、実はこのバイアスを可視化することが簡単なようで難しいのです。なぜなら、バイアスや常識というのは、私たちにとってあまりに当たり前なので頭の中でスルーしてしまうのです。
実際に私がワークショップでバイアスフリーに考える方法をお伝えし、実際に常識を書き出していただく作業をした際も、意外に皆さん苦戦されるのです。常識を可視化するためには、普段の何気ない作業や動作を注意深く観察したり想像したりできないといけないのです。したがって、まずは普段の業務や生活の中で当たり前すぎてスルーしてしまいそうなバイアスに気付けるように意識していくことをおすすめします。

ポイント2:リバースアイデア


リバースアイデアとは、既存の商品やサービスを起点に、それらがどのようにつくられたのかを逆算して考える方法です。世の中でヒットしていたり物議を醸したりしている商品やサービスは必ず何かが普通でないからそのような結果を生んでいるのです。したがって、そのような商品やサービスを見たときに、「これはどのような常識をひっくり返したのかな?」と考えてみるのです。

例えば、ダイソンの掃除機はどんな常識をひっくり返したのでしょうか。ダイソンの掃除機を見てみると、ペーパーフィルターがない(普通はペーパーフィルターが必要)、コードレス(普通はコードがある)、ゴミがあえて見えるようにゴミを溜める箇所は透明になっている(普通はゴミを溜める箇所は見えないようになっている)などに気づくのではないでしょうか。このように既存の商品やサービスを手掛かりに、世の中のバイアスを考えるトレーニングをすることも有効な方法です。

ポイント3:アートに触れる


ビジネスにおけるアートの効用は様々ですが、そのうちの1つが「常識を問う」視点を学ぶことができることです。特に現代アートは世の中や社会に対する問いを作品にしています。したがって、アート作品を鑑賞しながら、一体どんな問いを立てているのか?このアーティストはどんな視点で世の中を見ているのか?と考えていくと、思わぬ問いや視点を辿り着き、いかに自分自身が常識やバイアスにまみれた目で世の中を見ていたのかに気付けるはずです。このように、アートに触れることで常識やバイアスに囚われずにアイデアを考える力を養うことができるのです。

連載の終わりに

まとめ1:創造力は誰でも鍛えられる


漠然と「創造力」というと掴みどころがない能力で、一部の才能を持っている方にしかないような能力だと感じられると思います。しかし、この連載で見てきたように、創造力を分解して具体的に考察をすると、「自分でもできるかもしれない!」と思っていただけたのではないでしょうか。実際に、この連載の3つの力を意識的にトレーニングした結果、「苦手だったはずの創造的に考えることが面白くなり、自信を持てるようになった」という旨の感想をくださった方はたくさんいらっしゃいます。
これからのAI時代は誰しもがこうした創造力を発揮して、新しいアイデアを考えたり、業務を抜本的に改革・改善したりしていくことが求められます。一部の社員ではなく全ての社員が創造力を発揮できるOSをインストールして、それぞれの専門分野で創造性を発揮することが必要不可欠なのです。

ぜひ、この連載の内容を社内でお伝えいただいたり、書籍をお読みいただいたりして、社員一人一人に創造力を解放するきっかけを提供していただけたらと思います。もちろん、トレーニングやセミナーのご依頼がありましたら、お問い合わせいただけますと幸いです。

まとめ2:AIを使いこなす人材になる


先日、AIに詳しい方がこのようなことを言っていました。「AIが人の仕事を奪うと騒がれているが、実態は、AIを使いこなす人が、AIを使いこなせない人の仕事を奪うというのが正しい。」

では、AIを使いこなせる人というのはどのような人なのでしょうか。それは、自分なりの視点や軸を持ってAIに問い(課題)を与えられる人だと思います。特に新しいアイデアを考える創造性の領域では、どのように新しいアイデアを考えるのかということを自分なりに考えや視点を持ってAIに考えさせることができる人です。

最後にもう一度GPT-4に登場してもらいましょう。これは、漠然と「新しいビール」を提案してもらった例です。
第3回:AIには判断出来ない「バイアスフリー」に考える具体的な方法
どうでしょうか。なかなか悪くないアイデアが出てきました。しかし、「面白いな!そうきたか!」というほどではありません。
では、本連載で紹介した「バイアスフリーに考える力」の視点を用いて、改めてGPT-4に「新しいビール」を考えてもらったらどうでしょうか。
GPT-4「新しいビール」を提案してもらった例(バイアスフリー)
第3回:AIには判断出来ない「バイアスフリー」に考える具体的な方法
先ほどのビールよりも面白いアイデアが出たのではないでしょうか。麹を利用し、日本酒の製法を取り入れるという点も面白いですし、冷たいだけでなく、ぬる燗でも楽しめるという点はビールの体験の常識を覆していると思います。実際にビール業界の方に聞いてみたところこの後者のビールの方が面白いとおっしゃっていました。

この例からも分かるように、AIと言っても万能ではありません。人間が何をAIに問うのかによって全くアウトプットの質が異なってくるのです。その際に重要なことが、自分なりの軸や考え方を持って、AIに向き合い、そして問うていくことです。

実際に上記のGPT-4と私の対話はその後も続きました。AIが出したアウトプットに対して、今度は、私の方から私が日頃感じた潜在的なニーズを加えて課題をブラッシュアップしたり、アナロジーでこの業界の手法を取り入れたりしたらどうなるか? と何度もやりとりをしていったのです。そして、より深くて実現可能性のある新しいビールを模索していったのです。

AIをディレクションして、新しいものを創造していくためには、人間の側が問いを出しディレクションしていく必要があります。そして、そのディレクションするための軸や考え方を多くの方にお伝えしたいと考え、「創造力」を可能な限り分かりやすく説明したのが本連載と拙著です。

自分なんて、自分の会社の人なんて・・・と諦めないでください。絶対に誰しも何かを創造し生み出す能力を持っています。そして、誰しも何か新しい面白いことを考えたいという欲求も持っているはずです。その能力と欲求こそがAIと人を分ける大きな差別化のポイントになるのです。そして、しっかりと鍛えればその能力は解放することができ、そして欲求を爆発させることができるのです。それは個人としての幸せにもつながりますし、必ず企業の成長に貢献します。

ぜひ、皆さんの、そして社員さんの「創造力」を諦めないでください。皆がいきいきと仕事をして生きていけるAI時代を創れるように一緒に頑張っていきましょう。書籍やワークショップ等の相談がありましたらお気軽にお問い合わせください。
【参考】
「Chat GPT」の詳細に関してはこちらから

【関連リンク】
ビジネス経済書Online:『創造力を民主化する―たった1つのフレームワークと3つの思考法』永井 翔吾 著(中央経済社刊)
Amazon:『創造力を民主化する―たった1つのフレームワークと3つの思考法』永井 翔吾 著(中央経済社刊)
VISITS Technologies株式会社:創造性を高めるワークショップ「デザトレ」
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