前回は、優れたリーダーとなるための条件とその本質の「勇」について解説し、リーダーに必要な勇気、決断、2つの責任について理解されたことと思います。

さて、今回はいよいよ最終回です。孫子の兵法の五徳の中の五番目、「厳」の意味とその本質について理解を深めていきます。

厳とは何か

「厳」を、まず、広辞苑で確認してみると、
①“きびしいこと”
②“おごそかなこと”、“いかめしいこと”

と載っています。

孫子の兵法から学ぶる「厳」とは、
①厳正:決めた規則に対しては身分や立場に関係なく公正で、いい加減なことをしないこと。
②公平:自分の好き嫌いで、えこひいきをしないこと。
③厳粛:事実や意見を真剣にありのまま受け入れることができること。


リーダーは、組織の中で指揮をとって、目標を達成するために部下を動かします。いろいろな部下がいるなか、人材のマネジメントをしながら組織もマネジメントしなければなりません。さて、組織を正常に運用管理するための手法に、規則の必要性があります。まず、この規則に対する「厳正」について考えてみたいと思います。

厳正とは

組織にはそれぞれの目的と役割があって形成され、存在価値が生み出されています。組織を管理するためには規則が必要になります。この規則を、リーダーの都合だけで勝手に変更することはできません。ましてや、リーダー自身が「人に厳しく、自分に甘い」態度で臨むならば、部下は誰も付いてきてくれません。

このことがよくわかる孫子のエピソードに、こんなものがあります。
前515年、呉の王の闔閭(こうりょ)は孫子の兵法を全て読んで深く感銘を受け、孫子を呉の将軍として迎え入れたいと思っていました。そこで、彼を迎え入れるにあたり、その兵法がどこまで実践的なものなのか確かめるため、闔閭は「女性でも軍隊を編成することができるか」という、当時ではありえないチャレンジを孫子に与えます。

孫子はすぐに女性を180人ほど集めて二つの隊に分け、王の二人の寵姫をそれぞれの隊の隊長に任命しました。女性全員に剣を与え、孫子の太鼓に合わせて行動するように指示したのですが、二人の隊長がそれを笑い、孫子の言うことを聞きません。孫子は自分の伝え方が悪かったと改めて、再度、指示を出しました。しかし、はやり、二人の隊長はその指示に従いません。そこで、側近の者に「隊長が将軍の指示に従わなかった場合の処罰は何か」と確認したところ、「軍法(規則)では死罪です」と返ってきたので、孫子はその二人の隊長を死刑にしたのです。王の寵姫といえども軍法によって公正に裁かれたのです。
その後新たに二人の隊長を選び、再度孫子が指示を出したところ、女性たちは申し分のないほど統率のとれた軍隊になりました。闔閭は寵姫の死刑には激怒したものの、その後、孫子を呉の将軍として任命します。

公平に対応する

次に、「公平」について考えてみましょう。

“泣いて馬謖(ばしょく)を斬る”とは、規律や秩序を守るためには、たとえどんなに愛する者であっても、命令に背いたのであれば、私情を捨て、心を鬼にして厳罰に処する、という意味です。これは、三国志の故事が由来となっています。蜀が魏と戦っているとき、蜀の軍師である諸葛孔明(しょかつこうめい)の親友の弟で、孔明の部下としてもとてもかわいがられていた馬謖は、孔明の命令に背き勝手に軍を進めてしまったために大敗してしまいました。孔明は軍法に従い、涙を流して馬謖を斬罪にした、というものです。

さて、リーダーといえども感情を持った人間です。時には、好き嫌いの感情で組織を管理する、部下を評価する、異動させる、上へ引っ張る(昇格・昇進させる)と言う気持ちになることもあるでしょう。ですが、その気持ちにまかせて、組織の中における規則や制度・手順が明確に決まっているにもかかわらず、“例外処理”とか、“経営判断”と称した、感情だけでの対応をしていないでしょうか。

普段から、リーダーがこのような思いや態度で部下と接しているのであれば、「あのリーダーには“公平さ”がない」と見られてもしかたありません。部下はリーダーのやることなすことを敏感に見ています。ですから、リーダーから公平さを感じることができなくなると、信頼関係、人間関係が一気に崩れてしまいます。
外資系企業において、部下から“ fairness”を指摘されると要注意です。特に、“It is NOT a fair.”と言われたら襟を正さないといけません。

また、どこの企業においても、「信賞必罰」といった制度や仕組みを取り入れていると思いますが、これがうまく機能しているかどうかを確認するには、普段からの“公平”度合をチェックしてみることです。

会社の中で、一部の役員や部長、課長が、部下に対して公平に振る舞うことができない、自分の好き嫌いで部下と接しているリーダーがいれば、早急な教育を実施する必要があります。えこひいき人事は、部下だけでなく他の従業員からも不満・不平の対象となります。また、それだけではなく、そのうちに、いつも上司の顔色を見ながら仕事をするようになり、解決しなければならない業務課題や顧客対応の重要さなどが徐々にないがしろにされていきます。上司に気にいられるための仕事・関係が重要だと思い、本来与えられた役割・責任と言った本質から離れた仕事をするようになってしまうのです。このような文化・環境のある企業では、信賞必罰の仕組みは機能しません。この仕組みが、従業員のモチベーションの原動力とならないからです。

厳粛な対応を心がける

上に立つリーダーは、部下からの意見や提案について、しっかりと聞き入れ、まず、受け取ることが必要です。コミュニケーションをいきなり断ち切ってはいけないのです。
例えば、「それはダメだね」、「意味のないことはするな」、「やるだけ無駄だね」などの言葉をいきなり吐いてはいけません。それを聞いた部下は、「そうですか」と言って終わってしまい、そこからの進展は期待できないでしょう。

リーダーとして判断をする時、判断をするための情報が不十分であった場合は、情報を集めなければなりません。このとき、自分に都合の良い情報だけを集めていると、部下はそれをすぐに察知します。そうなると、部下の方も上司にとって都合の悪い情報をわざわざ流して怒られるより、都合の良い情報だけを流して褒められたいと考えるため、意図的に情報を操作して上司に流すようになります。
このように、リーダーが、悪い情報・不利な情報に対して厳粛かつ冷静に対応できないとなると、部下による過度な情報操作が行われるようになります。こうなってしまうと、幅広い情報を得られずに、都合の良い偏った情報だけで判断し、決断することになります。リーダーは、たとえ気に食わない内容であっても、すぐにコミュニケーションの流れを断ち切らず、常に冷静さを意識して部下に対応する必要があります。これが「厳粛」です。これは決して簡単な事ではありません。

優しさと厳しさのバランス

リーダーとして必要な五つの徳において、「優しさ」と「厳しさ」どちらか一方に偏ったリーダーは、リーダーとしての資質が問われます。優しさと厳しさのバランスをどのように取るかは、あらゆるリーダーにとって重要で難しいテーマです。優しさの中に厳しさを出すのか、それとも、厳しさの中に優しさを出すのかは、リーダーの資質によるところが大きいと思います。大切なのは、二つのバランスです。バランスを持って人を動かすことができれば、魅力的なリーダーになることができるのではないでしょうか。

パナソニックの前身の松下電器に20年以上勤務したのち、三洋電機創業に加わった後藤清一氏が、松下幸之助氏から叱られたエピソードは有名です。
「すぐ来いッ。晩の10時ごろ。親戚の人と何やら話をしておられたが、私の姿を見るなり、人前もかまわず、こてんぱんに怒鳴られる。見かねて親戚の人もとめに入るが、それでやめるお人ではない。部屋の真中でストーブが赤々と燃えている。火カキ棒で、そのストーブをバンバン叩きながら、説教される。ガンガン叩くので、その火カキ棒がひん曲がる。フト、それに気づいた大将は、ぬっとつきだす。“これをまっすぐにしてから帰れッ”。あたるべからずの勢い。ついに私は貧血を起こして倒れてしまった。」 (『叱り叱られの記』 後藤 清一 著) 

この時、松下氏は「君がわしを怒らすから、この火箸、曲がってしもうたやないか。どないしてくれるんや。ちょっとこれ真っすぐして帰り」と言い、後藤さんがそれを真っすぐに戻すと、「君はなかなか上手やなあ、真っすぐになったなあ」と褒めたそうです。
その夜、車で後藤さんを家まで送った秘書課長は、迎えに出てきた奥さんに「幸之助さんが、“あんまり叱り過ぎたので、ショックで自殺でもしよったらかなわんから、よく気を付けて優しくしてあげてくれ”と仰っていました」と、松下氏から預かった言葉を伝えます。さらに、次の日の朝6時に、松下氏から直接「後藤君、どうや!」という電話が後藤さんにかかってきたそうです。この松下氏の一言の電話で、「この人についていこう」と後藤氏は強く思った、とのことでした。

最後に

現代は、ハラスメントと部下から言われたくない、と、部下を叱ることができない・叱ることを躊躇している、そんなリーダーは少なくありません。さらに、褒めることもできないリーダーも増えています。そんな中、本物のリーダーの特性とは何か、ということを孫子の兵法を通して学んできました。2,500年間も軸ぶれを起こしていないリーダーの在り方を、少しでも取り入れてほしいと願っています。
部下の人心掌握に日々悪戦苦闘しているリーダーが、もっと自信を持って、単なるテクニックではない本物の能力を身に着けて戴きたいと願いつつ、五徳のコラムを終了します。ありがとうございました。
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