部下に業務を依頼する場面は、組織を統括するビジネスリーダーにとって極めて重要なシーンである。依頼の仕方次第でメンバーが “前向きな気持ち” で働ける職場環境を構築できることもあれば、組織を沈滞させてしまうこともあるからだ。とりわけ、依頼内容が低難易度の業務の場合には、注意が必要である。そこで今回は、組織の活性化に貢献できる業務依頼の手法について考えてみよう。
「データ入力を頼みたいリーダー」がしてはいけない依頼方法
組織を円滑に運営するために必要な業務は、必ずしも創造性に富んだ興味深い仕事ばかりではない。データ入力や資料ファイリングのような単純作業も少なくない。このような仕事を依頼された組織メンバーの中には、命じられた仕事に対して「また、私がデータ入力をやらされるのか」などと “マイナス” に捉える人材も存在するものだ。単純作業を命じられたことに対し、明らかに不満の表情を見せるメンバーもいるだろう。このように相手にとって「気が進まない業務」を依頼するには、どうすればよいだろうか。例えば、部下にデータ入力を依頼する際、「これ急いでデータ入力して!」などと命令口調で指示をするケースが散見される。しかしながら、相手にとって「気が進まない業務」を単に命令口調で指示した場合、命じられた相手が気持ち良くその仕事を行うことはない。表面上は何食わぬ顔をしていても、「また、私がデータ入力をやらされるのか」などの心理状態に陥りがちである。
そのようにマイナス感情にとらわれて実施された業務は、データを入力するだけの単純な仕事でも明らかに質が落ちる。入力の漏れや誤りなどのミスが発生しやすくなり、業務の遂行に支障が生じがちだ。また、「データを入力する」という仕事の意義を認識する機会も得られないだろう。
部下の心情を変える『クッション表現』と『質問表現』
相手にとって「気が進まない業務」を依頼する場合には、『クッション表現』と『質問表現』という2つの手法を組み合わせて利用するのが効果的である。初めに『クッション表現』とは、依頼内容の前に添えて使うことで相手に与える印象が丁寧で柔らかくなる表現である。前述のケースであれば「これ急いでデータ入力して!」という指示の前に、例えば「悪いけど~」という『クッション表現』を添えて「悪いけどこれ急いでデータ入力して!」と言うことができる。
『クッション表現』は自動車のショックアブソーバーのような機能を持つ。相手の意向に沿わない話をする場合に文字どおり “クッション” の役割を果たすため、枕詞のように使用することで相手のマイナス感情の緩和が期待できる手法である。
次に『質問表現』とは、質問を投げかけるように依頼内容を伝達する手法である。前述のケースであれば「これ急いでデータ入力して!」という指示を、「これ急いでデータ入力してくれないか?」と質問調で伝えるのが『質問表現』である。
部下に対して「これ急いでデータ入力してくれないか?」と問いかけるような口調で依頼をすると、部下から「今、手が離せないんですけど」などと断られやすいように思えるかもしれない。しかしながら、通常はそのようなことにならない。依頼を断る選択の余地を与えられると気持ち良く依頼を受けたくなるのが、人間の心理的特性だからである。
『クッション表現』『質問表現』の両手法を併用すると、「これ急いでデータ入力して!」という指示は「悪いけどこれ急いでデータ入力してくれないか?」と変わる。このような表現で上席者から依頼を受ければ、「これ急いでデータ入力して!」と命じられた場合よりもマイナス感情にとらわれづらいだろう。
ネガティブ・ポライトネス・ストラテジーが職場を活性化
他者に依頼をする際に『クッション表現』と『質問表現』を用いるのは、ネガティブ・ポライトネス・ストラテジーの一例である。ネガティブ・ポライトネス・ストラテジーとは人間関係を構築する手法のひとつで、ヒトが持つ「干渉されたくない」、「自由に行動したい」という基本的欲求に配慮をする関わり方の総称である。部下に業務を依頼する行為は、部下の持つ「干渉されたくない」などの欲求を脅かす行為ともいえる。しかしながら、『クッション表現』と『質問表現』を利用することで、「干渉されたくない」という欲求に一定の配慮を示した言動に変わるわけだ。
その結果、依頼された業務に対する部下の抵抗感が大きく薄れ、「気が進まない業務」に対してもマイナス意識を和らげて取り組ませることが可能になる。業務に対するマイナス感情が軽減されればミスも削減され、単純作業の持つ大きな意義を見出すケースも出てくるだろう。
このような業務依頼の手法が職場内に拡大すれば、単純作業に対して “前向きな気持ち” “積極的な姿勢” で取り組むメンバーが増加するはずだ。その結果、「単純作業を蔑ろにしない組織風土」の構築が期待できるものである。
「単純作業を蔑ろにしない組織風土」は、全ての業務に敬意が払われる職場環境でもある。そのような組織には、誰もが自身の業務に誇りを持てる雰囲気が醸成されやすい。活性化された組織の一例といえよう。
『クッション表現』と『質問表現』を利用したネガティブ・ポライトネス・ストラテジーは、決して難しいテクニックではない。今日からでも取り入れたい組織活性化手法である。


