企業と人について考える出発点となった、人事責任者としての過酷な経験

 私はマッキンゼーを経て、ユニデンという創業者が一代で築き上げた企業に転職し、初めて人事を担当した。そこで与えられたのは人事総務部長として、当時富士通が導入した成果主義を3か月で導入しろという無謀な司令だった。コンサルティング会社に相談したが、そんな短期間ではとうてい無理だと取り合ってくれない。仕方なく自分で考え、半年でなんとか制度を作り上げた。
社員が「起業家のように企業で働く」ためにはどうしたらよいか?
  次に転職したアップルでは、1994年から97年まで人事のディレクターを務めた。当時はいつ倒産するか、あるいは他社に買収されるかわからない状態で在籍した三年半に、日本法人の社長は4人交代し、米国本社の私の上司は7人替わるという混迷ぶりだった。
 その間、私は会社とそのブランドを守るために必死に戦った。2人の日本法人社長に辞めていただき、最後は、原田泳幸氏を社長に据えて経営を託した。本社からの指示は社員の3分の1をリストラせよということだったが、交渉を重ね、人数ではなく、人件費を3分の1削減すればいいということを認めさせた。一人でも多くの社員を残すため、まず給料の高い本部長全員をひとりづつ説得して辞めてもらった。そして、最後は自分をクビにした。
いぶん敵を作ったが、会社にとって人事の責任者がやるべきことをやったと思っている。

 どちらも過酷な経験だったが、自分を鍛えるために敢えて選んだ仕事であり、こうした経験を通じて、企業と人、リーダーシップなどについて考えるようになった。それが現在の研究活動につながっている。

社員が起業家のように働けば、企業は活性化し、イノベーションを起こすことができる

社員が「起業家のように企業で働く」ためにはどうしたらよいか?
  人は与えられた仕事をこなすのではなく、自分がやりたい仕事をすることで、「やらされ感」なしにいきいきと楽しく仕事ができる。しかし、日本で実際に起業するのはそれほどたやすいことではない。過酷な資金調達環境の下で、目先のキャッシュフローを気にしながら働き続けなければならない。それよりも企業で「起業家のように」働けば、会社のブランドやカネ、人、その他のリソースを利用して自分のやりたいことができる。

 ただし、そのためにはまず与えられた仕事をやる受け身の姿勢から脱却する必要がある。自分はなぜここにいるのかを自分に問い、自立した人材として自律的に仕事をできるようにならなければならない。単に自分のために何がしたいかではなく、会社を使って世の中にどのような価値を提供したいのかをはっきりさせなければならない。つまり志を持つことだ。
 そしてプロとして周囲に認められるように行動し、リーダーシップを発揮して社内を説得して動かし、あるいは外部を巻き込み、やりたいことを実現していく。こういう人たちが出てくることで、企業も活性化し、イノベーションを起こすことができる。

 たとえば野村證券の塩見哲志氏(28歳)は、Morning Pitchという次世代リーダーの登竜門、ベンチャーと大企業を結びつける場を立ち上げ、主催している。そこではベンチャーの社長が自分のビジネスを紹介し、出資やアライアンスにつなげている。そこにはベンチャーキャピタルだけでなく、企業の事業開発部門も参加している。
 塩見さんは最初このMorning Pitchを立ち上げようとしたとき、社内から様々な反対にあった。野村證券には起業支援の機能がなかったからだ。そこで外部と組み、ネットやマスコミを巻き込み、協力会社を募って組織化していった。その中から成功事例が出るようになると、それまで反対していた人たちがみな見さんと組みたがるようになった。
 このような人が、自分のためでなく、世の中のため会社のためにどのような価値を提供するか考えて行動する社内起業家と言える。

 トーマツベンチャーサポートの斉藤祐馬氏(31歳)もMorning Pitchの主催者の1人だが、彼もやはり起業支援ビジネスを立ち上げようとして、社内の反対にあった。監査法人の業務から逸脱しているからだ。しかし、自分の手柄は上司に提供し、失敗があれば自分が責任を取るという姿勢を貫きながら実績を積み重ねていくことで状況を打開していった。やがて上司やその上司が支援してくれるようになり、斉藤氏は今、上司たちと別会社を設立し、実質的にその会社を回している。相手のインセンティブを意識し、上司をリスペクトしながら起業を実現した彼は、社内起業家が会社でどのように行動すべきかのお手本と言えるだろう。

社内で起業家のように活動する人の成功例には、リーダーシップやビジネスのヒントがある

社員が「起業家のように企業で働く」ためにはどうしたらよいか?
  DeNAの共同設立者・南場智子氏は当初、ビッダーズというネットオークションを立ち上げて成功し、株式公開も果たしたが、楽天やYahoo!など大手が参入し、ビジネスプランは行き詰まった。そこで社員全員が知恵を出し合い、ネットゲームという新しいビジネスプランを採用することで経営を立て直した。
 注目すべきなのは南場氏の柔軟さ、人から知恵や力を借り、人を支援する姿勢だ。彼女は会った企業経営者などの写真を撮り、オフィスの壁に貼って、日々どの人に何を相談できるか、協力してもらえるかを考え、社員全員で話し合っていたという。そこにはこれからの時代にビジネス立ち上げやそこでのリーダーシップはどうあるべきかというヒントがある。

 元ナイキアジアパシフィックの人事責任者・増田弥生氏は自然体でリーダーシップを発揮する好例だ。男女雇用機会均等法以前の世代である彼女は新入社員時代、お茶くみ、コピー取り、新聞記事切り抜きなどが主な仕事だった。ところが増田氏は、こうした仕事以外に自分で競合他社や業界の情報をまとめて月報を作り、社内に配布した。問い合わせがあったとき、自分が席にいなくても対応できるよう、誰でもいつでも閲覧できるファイルを作成し、フリースペースに置かせてもらった。自らのイニシアティブに基づいて行動し、社内に新たな動きを生み出すことで、自然とまわりがついてくるという自然体が彼女のリーダーシップのスタイルだ。

 会社で起業家のように働くには様々なハードルが存在するが、どんな環境でも可能だ。方法はいくつもある。新規事業に手を上げる、難易度の高い仕事を引き受けるなど、あえて未知の分野や難しいことにリスクを取ってチャレンジするのも有効だ。また、傍流の分野への異動、系列会社への出向などもネガティブに捉えず、会社の本流にいては経験できないことが経験できるチャンスと考えるべきだ。海外経験も同じだ。かつての日本では本社の本流を歩いた人が順当にトップになったが、最近は海外や傍流分野の経験者がトップになり、変革をなしとげている。外に出ることで経験の幅が広がり、外から会社を客観的に見ることができる。それによって会社の行き詰まりを打破できるのだ。

社内起業的な活動を会社が支援することで、新たな組織のあり方が生まれる

社員が「起業家のように企業で働く」ためにはどうしたらよいか?
  それでは、会社で社員が起業家のように働くようにするために、会社や人事は何ができるだろうか?
 まず人材が自立・自律し、個人主導でキャリア開発を考え、振り返り、行動計画を作る機会を提供することだ。ただマクロの視点から組織や人事制度を考えるだけでなく、ミクロの視点から組織構成員・個人の認知や感情を尊重し、彼らのモチベーションやリーダーシップ、キャリア形成を支援していく必要がある。

 さらに、リーダーシップのあり方を捉え直す必要もある。トップダウンで上から命令し、部下を業績だけで評価するリーダーではなく、ビジョンを提示し、合意形成し、部下を支援する支援型リーダーが求められている。
トップダウンで変革して画期的なビジネスモデルで成功しても、すぐに他社の参入によって競争が激化し、破綻する。そこで有効なのは、DeNAの南場氏の例で見たように、部下1人1人と向き合い、知恵を出し合い、支援するタイプのリーダーシップなのだ。
 アメリカを代表する経営者たちも最近は、「ヒーロー的な意志決定者としての指導者の意見は支持されない。指導者はイノベーションとコラボレーションを可能にする社会システムの設計者に変わらなければならない」(ゲイリー・ハメル )と考えるようになってきている。

 これからのマネジメントに必要なのは「人間味あふれる」組織を作ることだ。組織が高い順応性と革新性を発揮するには、安心してものが言える信頼感に満ちた企業文化が必須だからだ。
 従業員を会社の方針に従わせようとするコマンド・アンド・コントロールは、従業員に不信感を生み、やる気や能力を削ぐ。不安になり自主性を発揮しなくなる。トップダウンは創意工夫や進取の精神、熱意を削ぐ。上司やトップは経営環境に対応できる答えを持っていない。答えを持ちうるのは顧客に最も近い現場だ。
 有効なのはピアプレッシャー(同僚たちによる相互評価)を機能させ、自己規律を身につけさせるマネジメントだ。社員との信頼関係を構築し、現場に権限を委譲し、現場が自律的に動くことを可能にする。これによって現場の価値提供力が生まれる。顧客志向、継続的学習、そして仮説構築力、know howではなくknow whatのある現場になる。必要なのは問題を解く人ではなく、問題文を作ることができる人なのだ。
 こうした支援型組織、社員が自律的に働く組織を作ることにより、企業はこれからの時代に適した活力を生み出すことができるだろう。

 これからのマネジメントに必要なのは「人間味あふれる」組織を作ることだ。組織が高い順応性と革新性を発揮するには、安心してものが言える信頼感に満ちた企業文化が必須だからだ。
 従業員を会社の方針に従わせようとするコマンド・アンド・コントロールは、従業員に不信感を生み、やる気や能力を削ぐ。不安になり自主性を発揮しなくなる。トップダウンは創意工夫や進取の精神、熱意を削ぐ。上司やトップは経営環境に対応できる答えを持っていない。答えを持ちうるのは顧客に最も近い現場だ。
 有効なのはピアプレッシャー(同僚たちによる相互評価)を機能させ、自己規律を身につけさせるマネジメントだ。社員との信頼関係を構築し、現場に権限を委譲し、現場が自律的に動くことを可能にする。これによって現場の価値提供力が生まれる。顧客志向、継続的学習、そして仮説構築力、know howではなくknow whatのある現場になる。必要なのは問題を解く人ではなく、問題文を作ることができる人なのだ。
 こうした支援型組織、社員が自律的に働く組織を作ることにより、企業はこれからの時代に適した活力を生み出すことができるだろう。
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