厚生年金基金の解散が進む昨今、基金のある企業に勤めたことがある方の中には、基金に対して「選択一時金」の支払いを求めるケースが多くなっている。しかしながら、「選択一時金」を請求すると、今度は税務手続き上の問題に直面することがある。
厚生年金基金の解散と税務手続き

選択一時金は「所得税」の課税対象

「選択一時金」とは、企業が支払う退職金の一部を厚生年金基金が代わりに支払う仕組みである。この「選択一時金」は退職後の “希望する時期” にいつでも受け取れるケースが多い。また、退職した時点では受け取らずに、年金を受け取る年齢になるまで基金に預けておけば、一時金形式ではなく年金形式で生涯にわたり受け取る権利を得られるため、退職時には「選択一時金」を受け取らない方も少なくない。

 しかしながら、基金が解散をしてしまうと基金に預けていた資金も思惑どおりに受け取れなくなってしまうので、解散前に駆け込みで「選択一時金」の支払いを求めるケースが多い傾向にある。この「選択一時金」は所得税の課税対象になっており、所得税の中の「退職所得」という区分に位置付けられて税計算が行われることが多い。

所得税は収入の “全額” に対して課税されるわけではなく、一定の控除を差し引いた残りに税金が掛けられる仕組みになっている。所得税の金額を計算するうえでは、収入を似たような種類ごとに「10種類」に区分し、それぞれ “別々の計算式” を使って税計算が行われるが、「退職所得」という区分の場合には控除額が大きいために、結果的に課税額が小さくなるという特徴がある。基金が支払う「選択一時金」もそのような取り扱いが受けられるもののひとつとされている。

会社発行の「源泉徴収票」が必要になるケース

しかしながら、基金から「選択一時金」をもらう方が会社からも退職一時金を受け取っている場合には、税務上の手続きがやや煩雑になることがある。基金から「選択一時金」を受け取る場合には『退職所得申告書』という税務関係書類の提出を求められるが、会社からも退職一時金を受け取っている場合には、そのことについても『退職所得申告書』に記載をしなければならず、会社から支払われた退職一時金の「源泉徴収票」を『退職所得申告書』に添付することまで求められるからである。

前述のとおり、基金が支払う「選択一時金」は退職時には受け取らずに、年金を受け取る年齢になるまで基金に預けておくことができる。そのため、退職時に基金の「選択一時金」を受け取らず、これから受け取ろうとする方の中には、会社から退職一時金を受け取ったのは5年前、10年前などというケースが存在する。

そのような場合でも、税務手続き上は5年前、10年前に会社から受け取った「源泉徴収票」を『退職所得申告書』に添付しなければならないので厄介である。

現実問題として5年前、10年前に会社から発行された「源泉徴収票」を本人が手元に保管しているケースは多くないので、「会社発行の源泉徴収票が『退職所得申告書』に添付できない」という問題が発生する。その場合には、会社に「源泉徴収票」の再発行や代替となる「証明書」の発行を依頼することを求められるのだが、「会社に当時のデータが残っていない」「会社が廃業している」などの場合もあり、どうしても添付書類が用意できないケースが出てきてしまう。

 万一、会社から退職一時金を受け取っているにもかかわらず、その内容を示す「源泉徴収票」、またはそれに代わる「証明書」を『退職所得申告書』に添付できない場合には、所得税の計算をするうえでは原則として「退職所得」という区分で取り扱うことができず、「一時所得」という別の区分で税計算をすることになる。「一時所得」として所得税を計算する場合には、収入から差し引くことができる控除額が「退職所得」ほど大きくないため、結果的に課税額が大きくなるという不合理が生じてしまうわけである。

将来、基金から年金形式でお金を受け取るために「選択一時金」を基金に預けておいたところ、急きょ、基金解散の通知が届き、慌てて「選択一時金」での支払いを請求したら、今度は会社発行の古い源泉徴収票の添付を要求され、それができなければ課税額が大きくなる…。厚生年金基金の解散はこのようなところにまで影響を及ぼすものなのである。


コンサルティングハウス プライオ
代表 大須賀 信敬(中小企業診断士・特定社会保険労務士)

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