厚生労働省は平成14年から、過重な仕事が原因で発症した脳・心臓疾患や、仕事による強いストレスなどが原因で発病した精神障害の状況について、それらによる労災請求件数や、労災保険給付を決定した支給決定件数などを、年に1回とりまとめている。今年は2016年6月24日にその内容を発表した。
精神障害に関する労災の請求件数と支給件数、上位ランクインの業種は?
その内容のうち、精神障害に関する事案についての状況を見ていきたい。労災の請求件数を業種別にみると、「医療・福祉」分野の「社会保険・社会福祉・介護事業」が157件、「医療業」が96件と他分野に比べて多い。
確かに、当事務所の顧問先の一つである病院をみても、医療という独自の風土がある中で、悩みを抱え、働きづらくなっている人が多いような印象を受ける。また、病院はさまざまな専門職の方が存在している。しかも、医師・看護師・作業療法士・臨床心理士・放射線技師・臨床検査技士・事務員等さまざまな立場が混在していることに加え、それぞれの処遇も違うのである。ハラスメントが多かった職場で共通する要因として、処遇が異なる人が混在する職場が挙げられている。病院は、そのような「処遇が混在する職場」になりやすい要素があるのだ。なお、その病院では院外に完全に独立した相談窓口を設置することで状況は改善した。他、すべての職種の管理職を一堂に集めて研修を実施することで、相互理解が進み、その後のトラブルが減ったというケースもある。
しかしながら、同事案における労災の支給決定件数では、「運輸業、郵便業」の「道路貨物運送業」が36件と最も多かった。これは、ある意味一人職場になりがちで、同僚からの支援を受けづらい環境であることや、肉体労働が多く、身体的な負荷も多いことのほか、交通事故等トラウマティクな出来事に遭遇する可能性もほかの業種に比べて高く、その結果PTSD等の精神疾患に罹患する可能性が高いと考えられなくもない。
メンタルヘルス対策は、業績をあげる最も効率のよい投資である
精神疾患といえば、そのきっかけとなった出来事としては、多い順に「上司とのトラブルがあった」、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」だったようである。職場の人間関係は組織の永遠の課題である。それ故なのか、最近多いのがハラスメント研修についての相談だ。セクハラのみならずパワハラで悩まれている企業が多いように感じた。ところが実際にハラスメント研修をしてみると、多くは研修の目的を「ハラスメントさえなければいい」といった、本末転倒的なところにおいている。ハラスメント研修の目的は、安全で働きやすい職場を通じて生産性を上げることであるし、ハラスメント防止研修の目的は、安全で働きやすい職場を作る一つの手段にするということだ。忘れがちだが、本来の目的を見失わないようにしたいものである。ハラスメントのない職場を目指すのではなく、生産性の高い職場を目指すのである。その一つの手段がハラスメント防止なのである。
労災の申請まで行くというのはかなりの事態であると考えられるが、その前段階のケースはもっと多く存在すると思われる。そのような事態を引き起こさないためには、コミュニケーションを増やした、働きやすい職場が肝要である。
メンタルヘルス対策もそうであるが、職場で一番大切なのは働く人がワクワクと働き、業績も上がるという組織作りである。そのことが企業の業績を上げる最も効率の良い投資である。
メンタルヘルス対策は投資なのである。
そのような考えが日本中に広まればよいなと思う。
Office CPSR臨床心理士・社会保険労務士事務所 代表
一般社団法人ウエルフルジャパン 理事
産業能率大学兼任講師 植田 健太