経営環境の不確実性が高まり、事業戦略にも非連続性が必要となることがある今、人事に求められる価値創造とは何か。可変的な要素が増え、複雑性が増し、物事の解決が難しく見える今だからこそ、溢れんばかりの情報を生かすスキル・能力のみならず、「この会社・組織だからこそ、その事業を通じて創りたい世界観はなんなのか」を語れる人事になることが求められるのではないだろうか。
その先に創り出したい世界観はあるか

戦略はコピーができる。しかし、組織と人はコピーできない。

「戦略はコピーができる。しかし、戦略をどう実現するかはコピーできない。組織と人が、どのようであれば戦略を実現できるのか、それをやるのが人事なのです。人事が企業そのものをつくっているのです。」
2014年来日したウルリッチ教授が語った言葉である。(※)

一方、実社会における人事の価値創造はどうか。組織や人に関する戦略の変更は、事業戦略の変更ほどスムーズには、実現されていない。たとえば、M&Aから10年経った現在でも統合前の既得権が生きているトップ・ミドルマネジメント層の等級・報酬体系。機能子会社を設立したにも関わらず本社に類似部門が残っており、それぞれの組織ミッションや責任範囲、KPI等が曖昧なまま、などである。

VUCAの時代とも呼ばれる不確実性が高い現代を企業が生き抜くためには、タイムリーな事業戦略の策定が企業にとって生死の分水嶺となる。また、新たな事業戦略を生み出し、実行するためには組織戦略が重要となる。一方で、多くの日本企業は、既存の組織のトップ(グループ子会社の社長や組織長など)を尊重し、個別組織の論理・調和を優先するがゆえに、事業戦略の見直しと足並みを揃えた組織戦略の見直しをしないし、できていない。

その原因は、必ずしも人事だけにあるわけではない。

事業戦略の実現に資する組織のあるべき姿を描くためには、年次再編とは異なる性質の判断が求められる。それにも関わらず、多くの経営はそれを人事任せにしてしまうのである。経営と人事が一枚岩となり、事業戦略のジャンプに合わせ、組織・人材戦略をジャンプさせ、両者のギャップを埋めに行かない限り、描いた事業戦略はいつまでも絵にかいた餅のままとなる。

事業戦略の実現に資する組織を創るために、今、人事に求められるものは何か

あるクライアント企業で、組織戦略とビジネス戦略を一致させる「ビジネスパートナー人事」の立ち上げを支援する機会を頂いた時のことである。事業に精通する人事部長の手腕に導かれ、7事業部の戦略的な重点取り組みテーマを策定するのには時間はかからなかった。それにも関わらず、立ち上げ1年目、そのビジネスパートナーとしての機能の成果は決して芳しいものではなかった。

その理由は、事業側の人間と共に動ける人がいないことだった。事業の長と対話し、問題解決を図れる人材が、圧倒的に不足していたのである。

人事企画/採用/人材開発・・・人事業務をそうした機能軸で捉えてきた思考の癖が強いからなのか。「一見、人事の香りがしないテーマ」を前に、人事担当者は何をすべきなのか見失ってしまったように見えた。事業のメガネに映し出される世界に潜んでいる問題と、人事のメガネで日々見ている問題が別の世界に存在してしまうのである。

人事の論理だけに閉じこもっていては、事業戦略に関わることは難しい。さらに、VUCAの時代においては、事業戦略を描くにあたり、過去の延長ではなく、非連続な発想が必要となることがある。人事担当者には、事業戦略に積極的に関わる姿勢や、事業戦略をうまく推進するための非連続な発想が求められている。それらを実現するために必要なのは、自らの世界観ではないだろうか。

人事の世界には、沢山の論理があり、型・パターンがあり、事例が林立する。人事担当者は、潮流を読み、新たな型・理論を学びながらも、その心に今一度、「我々がこの会社の人事として描きたい世界観はなんなのか」を何にも縛られることなく自由に描き、その世界観に想いを馳せ、力強く語れるようになる事も必要なのではないか。

そうして、「自社の事業を通じて、そのミッション・ビジョンに共鳴している組織・人材だからこそ創りあげたい世界観とは何か」を事業部と人事部が共に描き、組織・人材のスペシャリストとしての価値を高めることが必要なのではないか。

(※) HRプロ「ウルリッチ 来日ワークショップ速報レポート」
パーソル総合研究所 コンサルティング事業本部 シニアコンサルタント
迎 美鈴
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