以前、飲食店を経営していたことがある。店の中央に配した本棚でお客様が自分の好きな本を自由にシェアできる仕組みを設け、「みんなの本棚と出会うバー」というコンセプトで経営していた。自分と友人がやってみたかったことを形にした、席数10程度のカジュアルな店だった。

 その店で新しくメインバーテンダーを雇うことになった。WEBで公募し、何人かの応募者とお会いした結果、一人の方をメインバーテンダーとして迎え入れることになった。本が大好きで、店のコンセプトをとても気に入ってくれたというその男性は、大型のカフェバーでフロアマネジャーとメインバーテンダーを10年務めたキャリアの持ち主だった。

 小さな飲食店でのオペレーションも、カウンター越の接客もあまり経験がないということは面接時に聞いていた。だが、どうせお願いするのであれば、中途半端にこちらから口を出しても上手くいかないのではないか。そう考えて、コンセプトを守ること以外は、基本的にすべてを好きなようにしていいと話をした。
店の規模・客層の違いに最初は戸惑うだろうが、徐々に馴染んでくるだろう。そんな風に考えていた。

 かくして、店を任せて2週間が経った。メニューも少し変わり、少しずつその人の色が出始めていた。しかし、肝心のサービスが、どこかしっくりこない。

 例えば…
お客様に呼ばれると、"気持ちよく(比較的大きな声で)"返事をして、素早くオーダーを取りに行く
お客様から声をかけられると素早くオーダーを取りに動くが、お客様から声をかけられない限りは基本的に待つ

 もちろん、サービスに正しいも間違いもない。ただ、どこかしっくりこないのだ。なんとなくせわしない感じがして、落ち着かない。

 要するに、その人の接客は大箱のオペレーションを前提に、完成されすぎていたのだと思う。席数の違い、お客さんの違い、心地よい雰囲気の違い、それらの違いをうまく消化して馴染んでいくことに、思いの他戸惑っている印象を受けた。

 一度好きにしていいと言った手前、相手に注文をつけることには勇気が必要だった。それでも、自分が違和感を抱くサービスをお客様に提供することにも納得がいかなかった。そう思い、ある日あまり直截的にならないように自分の考えを伝えた。

 そのときの相手の反応は、とても印象的だった。

 「自分の接客に問題があるとは、正直、思ったことがなかった」

 話を聞いてみると、その人は以前の店舗と今回の店舗でのサービスに"それほど違いを設ける必要はない"と思っていたという。自分としては、"大きな違い"が、相手にとっては"小さな変化"でしかなかったのだ。

 相手にとって"当たり前"のことが、こちらにとっては想像力の外にある。自分が想像できる範囲のことは対応できるが、自分がそもそも想像しきれていないことには対応のしようがない。そんな風に考えたことを覚えている。

想像力の外にあることへのチャレンジ

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