「人権に関わるリスク情報」はどうすれば的確に収集できるのか(第4回)

人権尊重経営における人権デュー・ディリジェンスでは、「人権へのマイナスの影響」に関するリスク情報を漏れや誤りがない状態で収集することが必要となる。しかしながら、これらの情報の収集は必ずしも容易ではない。果たして、リスク情報はどのような点に留意をすれば的確に収集できるだろうか。今回はこの点を考察してみよう。

何よりも重要な経営トップのコミットメント

人権デュー・ディリジェンス(以下「人権DD」)の第1段階は、“自社に関わる「人権へのマイナスの影響」について顕在化しているリスクと潜在的リスクの両者を調査・特定し、その深刻度などを評価すること” である。従って、人権尊重経営に取り組む企業としては、「人権へのマイナスの影響」に関するリスク情報を社員や取引先企業などの利害関係者から的確に収集できるようにする必要がある。

ただし、「人権へのマイナスの影響」に関するリスク情報を提供することは、社員にとっても取引先企業にとっても必ずしも快く応じられる行為とは限らない。社員の中には「リスク情報を提供したことにより、不利益を被りはしないか」と考える者もいるであろう。取引先企業の立場から見れば、自社のリスク情報は「業務委託を受けている企業には知られたくない情報」であることも多い。

このような状況下でマイナス情報を可能な限り漏れや誤りなく収集するには、人権への取り組みに対する企業トップのコミットメントが何よりも重要であり、効果的でもある。経営者のコミットメントがない状態では、人権に関わるマイナス情報の提供を求めても社員の口は重く、取引先企業が協力的・好意的に対応することも期待しづらいものだ。

そのため、的確な情報収集を実現するには、まずは自社で策定した人権方針が国連人権理事会の策定した『ビジネスと人権に関する指導原則』(以下「国連指導原則」)の要件を充足していることが必要である。『国連指導原則』では人権方針の策定に必要な要件として、

●企業の経営トップが承認していること
●一般公開され、全ての従業員や、取引先、出資者、その他関係者に向けて周知されていること

などを定めている。トップマネジメントが正式に承認しておらず一般公開もされていない人権方針を用意していては、「経営者のコミットメントある取り組み」とは理解されがたいであろう。

『国連指導原則』に則した人権方針の承認・公開はもちろん、経営トップ自らが機会あるごとに人権への取り組みの重要性について言及するなどして、取り組み姿勢の本気度を企業の内外に浸透させることが的確な情報収集に必要といえよう。

複数の調査手法で多様な情報収集を

「人権へのマイナスの影響」に関するリスク情報は、対面調査・書面調査・情報調査・現地調査・資料調査などを駆使することで漏れ・誤りのない収集が期待可能だ。それぞれの内容は以下のとおりである。

(1)対面調査:労働組合・社員代表へのヒアリング、取引先企業の経営者・社員へのインタビューの実施
(2)書面調査:社員アンケート、取引先企業への調査票の配布・回収
(3)情報調査:相談・通報窓口、提案窓口(提案箱、投書箱など)に寄せられる情報の精査
(4)現地調査:社内各部門、取引先業務現場の目視による調査
(5)資料調査:公開資料、内部文書(契約書、各種帳票)、届出書類などの確認

上記のうち(1)対面調査と(2)書面調査は、並行して実施することが好ましい。現状確認のためにいずれか一方の調査しか実施しなかった場合、収集した情報に漏れや誤りが発生する可能性があるためである。

例えば、自社の現状確認のために、社員代表へのヒアリングによる対面調査しか実施しなかったとする。この場合、社員の中には「リスク情報を提供したことにより、不利益を被りはしないか」と考える者も存在することを考慮すると、社員にヒアリングを実施しただけでは正確な情報を十分に得られないことも懸念される。しかしながら、並行してアンケートによる書面調査も行えば、ヒアリング対象から外れた他の社員から有益な情報を収集できる可能性もある。

一方、自社の社員にアンケートによる書面調査しか実施しなかった場合には、アンケートの質問文の意図が正確に理解されないなどのケースも生じ得る。その結果、目的とする情報が正確に収集できないこともあるだろう。あわせてヒアリングによる対面調査も実施すれば、アンケートだけではカバーしきれなかった現状確認が期待できるわけである。

常設の情報収集チャネルも用意したい

対面調査と書面調査には共通のデメリットが存在する。調査実施期間中にしか情報収集ができない点である。「ヒアリングやインタビューの実施期間」「アンケートや調査票の回答期間」を除いては、社員などがリスク情報を提供することが不可能だ。

情報の収集手段として時期を選ばず通年で利用可能なチャネルも整備していれば、収集できる情報の的確性も高まるであろう。そのために有用なのが、上記調査手法の中の(3)情報調査である。

具体的には、人権に関わるリスク情報を電子メールなどで提供できる『相談窓口』や『通報窓口』を社内外に整備したり、書面で情報を提供できる『提案箱』『投書箱』などを設置したりする方法である。

ただし、社員を対象に『相談窓口』などを用意する場合には、情報提供者の匿名性を担保することも考慮したい。前述のとおり、社員の中には「リスク情報を提供したことにより、不利益を被りはしないか」と考える者もいるためである。

「人権へのマイナスの影響」に関するリスク情報の的確な収集は、効果的な人権DDを実践するための要となるプロセスだ。自社及び所属業界の特性なども考慮しながら、確度の高い情報収集を実践したいところである。