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配置転換に伴う職務給の減額

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2016年10月07日

賃金の減額には、制裁措置によるもの、降格や降職によるものなどがあるが、職務給(職種別賃金)を採用している企業では、価値の高い業務から価値の低い業務に異動した場合にも起こりうる。

職務給の考え方からすると、これはごく当然のことなのだが、職種ごとの賃金相場が確立している欧米ならともかく、基本的に賃金が下がることのない職能給主体の日本では、配置転換によって賃金が変わることはほとんどなかった。

頻繁なジョブローテーションによりゼネラリストを養成することを奨励した日本企業では、むしろそのシステムは好都合でもあった。そのせいか、配転によって賃金が下がるのは「あってはならないこと」と考えられているようだ。

配転に伴う賃金減額についての代表的な判例である「デイエフアイ西友事件(東京地裁平成9.1.24)」では、次のような判断が示されている。

「配転と賃金とは別個の問題であって、法的には相互に関連しておらず、労働者が使用者からの配転命令に従わなくてはならないということが直ちに賃金減額処分に服しなければならないということを意味するものではない。使用者は、より低額な賃金が相当であるような職種への配転を命じた場合であっても、特段の事情のない限り、賃金については従前のままとすべき契約上の義務を負っている。」

また、これを踏襲していると思われるのが、以下の「西東社事件(東京地裁平成14.6.21)」だ。

「賃金額に関する合意は雇用契約の本質的部分を構成する基本的な要件であって、使用者および労働者の双方は、当初の労働契約およびその後の昇給の合意等の契約の拘束力によって相互に拘束されているから、労働者の同意がある場合、懲戒処分として減給処分がなされる場合その他特段の事情がない限り、使用者において一方的に賃金額を減額することは許されない。
配転により業務が軽減されたとしても、配転と賃金とは別個の問題であって、法的には相互に関連していないから、配転命令により担当職務がかわったとしても、使用者および労働者の双方は、依然として従前の賃金に関する合意等の契約の拘束力によって相互に拘束されているというべきである。」

他にも配転に伴う賃金減額の判例はいくつかあるが、総じて使用者に厳しい判決を下している。

賃金減額は素直に考えれば、労働条件の不利益変更にあたるので、安易な実施は禁物であることは理解できる。ただ一方で、同一労働同一賃金を旨とする職務給制度のもとでの賃金減額には、一定の合理性があるとも考えられる。

前置きが長くなったが、今回は、職務給のもとでの配転に伴う賃金減額の法的な有効性を検討してみる。なお、ここでは、降格や降級を伴う配転ではなく、純粋に職種が変わることによる賃金減額をテーマとする。

先の判例のポイントは次の2つだ。

(1)賃金の減額は、以下の場合以外は認められないこと
 ①労働者の同意がある場合
 ②懲戒処分としての減給処分である場合
 ③その他特段の事情がある場合
 (2)配転と賃金は別の問題であること

この2点を見る限り、職務給であっても賃金減額はダメという結論になりそうである。ちなみに③の「その他特段の事情がある場合」とは、労働者の適性・能力・実績が著しく劣っていたり、経営状態がひどく悪化していたりするようなケースと考えられるため、これを援用するのも無理がある。(2)に至っては、職種によって価値は異なるとする職務給の発想とは正反対ともいえる。

ただ、判例を読む限りは、2例とも職務給制度は採用していない可能性が高く、職務給であれば多少は違った見解が導き出されたかもしれない。また、いずれも給与が半分程度まで減額されているのも、減額を不可とした根拠になったと思われる。

では、職務給であっても賃金減額は認められないのか? 認めるとするなら、何を根拠とすればよいのか?

根拠の1つと考えられるのは、上記の判例後に制定された労働契約法である。
労契法第10条では、就業規則による労働条件の不利益変更は、下記の一定の要件を満たせば、労働者の合意がなくても認められることを示している。

・変更後の就業規則を労働者に周知させること
・労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであること

職務給制度は就業規則や賃金規程等で明文化されているはずなので、職務給の仕組みや内容が妥当で社員にも理解されていれば、規則として問題はないということだ。一方で、職種が変わることで、合理的な理由なく収入が半減するというような仕組みであれば、「労働者の受ける不利益の程度」が過大で「内容の相当性」も低く、不利益変更は認められないという結論になるだろう。

職務給だからといって、給与に大きな差を設けるのは考えものである。どうしても差をつけたいのなら、賞与等によるのが適切だ。当然ながら、職務間異動のルールもきちんと定めておく必要がある。

職務給を採用する企業では、給与額にレンジのある範囲職務給とすることで、賃金に変動が生じないようにしているところも多いと思うが、まったく減額が発生しないということはないだろう。その際には、ぜひ上記の点に気をつけ、できるだけクリアな制度となるようにしていただきたい。

 

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