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72ルール

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2014年08月14日

マーサー ジャパン株式会社       年金・財務リスクコンサルティング    川口 知宏

 金利2%の定期預金にお金を預けると、何年で預けたお金が2倍になるだろうか?10年だとさすがに早すぎるとして、まあ20年くらい?この問い、実はからくりを知っていると即座に答えられるのである。

正解は約「35年」。金利をr、期間をnとすると、r x n = 70を満たせば元本が大体2倍になる。したがって、n = 70 / 2 = 35年となるのだ。他の組み合わせでも成り立つので、興味を持たれた方はぜひexcelを使って確認されたい(ちなみに、r = 100%だとn = 1で上記の式が成り立たないが、この関係はrが十分小さい場合にのみ成り立つものなので、ご注意を)。一般には、式の右辺を70ではなく72としたものが「72ルール (the rule of 72)」と広く呼ばれている。筆者が学生時代に金融理論を専攻した際、とても簡潔かつ身近に役立つ法則として、今も覚えている内容の一つである。

 現実には、1年物の定期預金の金利は現在0.5%にも満たない水準であるが、0.5%でも元本が2倍になるには約140年を要するので、とても生身の人間には待てない。同じ理屈で、20歳で毎年3%給料を上げてくれる会社に入れば、24年待って44歳になった頃、入社当時の2倍の給料をもらえることになる。支出がそれ以上に増えていなければ嬉しいのだが、実際のところはどうなのだろうか。金額ではない事柄にも応用できる。例えば、25歳時点で(尺度はさておき)自分の2倍仕事ができる30歳の先輩に追いつきたいと思ったら、1年で14%成長すればよい。一見達成しづらい目標のようだが、1ヶ月分に換算すると1%強である。毎月ささいな実績を積み重ねていけば実現できないことでもなさそうだが、どうだろうか。このペースなら40年間で256倍に成長するので、何も知らない新米社員でも努力を続ければ社長にだってなれるかもしれない。さて、話が少し発散してしまったが、投資の利回りを考える上で2倍になる期間というのは直感的にとても参考になる目安ではないかと思う。私が投資と聞いて最初に思い浮かべるのは、仕事で扱うこともあって、DC(Defined Contribution Pension Plan: 確定拠出年金制度)という言葉なのだが、企業が設立したDCの加入者にとって投資の利回りの目安はDC設計時の「想定利回り」である。想定利回りとは、その名の通り、DC設計時に想定された投資利回りのことで、これを実現することで初めて所定の退職給付の水準に到達する。つまり、DCの資産を加入者個々人が運用するときの目標値のようなものだが、とある調査*によると2.16%がこの想定利回りの平均だそうだ。これをどう感じるかは大いに個人差があろうが、経験上わが国でのDC導入は、企業には肯定的に捉えられているのと対照的に、従業員には主に自らの投資責任が生じることを理由に嫌忌される傾向があるように思う。* 企業年金連合会 確定拠出年金に関する実態調査 第3回(2010年)調査結果 17P
 一方で、今年はDC法令の改正**があり、企業が設立したDCでの従業員による掛金の追加拠出 (マッチング拠出と呼ばれる)が認められる等の変更があった。この掛金は税控除されるし、DCの資産の投資収益にも税優遇があるため、従業員にとってのメリットが大きい改正である。過去にも、DCの掛金上限の拡大などの法整備が実施されており、徐々にではあるが、わが国の退職給付におけるDCの占める重要性は増してきており、この流れは否応無く続くと思われる。** 年金・財務リスクマネジメント・ニュースレター第12号: 確定拠出年金法の一部改正についてこのような動向を踏まえて、従業員から見たDCの利点を改めて考えてみると、投資の結果如何では受け取れる退職給付の額が増えるということの他に、企業の経営リスクから自身の退職給付を守れることが挙げられる。従来の退職給付制度は、規定した給付額を保証するDB型(Defined Benefit: 給付建て)であったが、DCのように従業員の投資責任を求めない一方で、その給付原資を設立母体の企業に依存するため、万が一その経営が破綻すると当初保証されていた給付額が実現されない可能性がある。組織の先行きに責任の一端を担ってこその報酬ではあるが、給与や福利厚生に加えて退職給付までも全て働いている会社にお任せ・・という姿勢は、考えようによっては投資以上のリスクを負うことなのかもしれない。話は戻って、冒頭の「72ルール」であるが、私は微積分やら確率論やら小難しい数学を何とか理解できるようになった大学4年次の春に、初めて知った。一方で、投資教育のさかんな米国などでは、四則演算を学び終わった小中学生がこうした知識に触れることはざらだそうである。こと投資だとか金融に関しては彼我の差を改めて感じさせられる。ただ、過去に日本が金融の最先進国であった時代があることもご紹介しておきたい。デリバティブ***という言葉をご存知だろうか。昨今は複雑な金融技術の代名詞のような扱いを受けているが、世界最古のデリバティブ取引所は、ニューヨークでもロンドンでもなく、江戸時代の大阪は堂島米会所だったそうだ。米の出来高と値段は天候に大きく左右されるため、価格変動リスクをヘッジするために米商人が予め米の値段を確定させるためにその先物取引を必要としたのが始まりである。*** ある資産の値段に応じて支払い額や値段が決まるように設計された金融商品(例えば先物やオプションなど)安定を好み変化を嫌う、というのが現代における典型的な日本人観の一つであろうが、こういった事例を見ると、世界有数の進取の気風もまた我々日本人の誇れる資質だと思えてくるのは、日本人としていささか自賛が過ぎるだろうか。DCが法令で認められるようになってまだ10年余りだが、法整備が今後も進んでいけば、DCが今以上に馴染みのあるものとなり一人ひとりが老後の蓄えを投資によって稼ぎ出すのが当たり前になる日も、存外近いかもしれない。 

※本記事は2013年2月時点の記事の再掲載となります。

 

マーサー ジャパン株式会社   年金・財務リスクコンサルティング    川口 知宏

hr_tokushu_author_photo_34_X19R2Uマーサーにおいて国内外企業の退職給付債務計算や退職給付制度改革、M&Aデュー・デリジェンスのプロジェクト等に参画。また、健康保険組合やストックオプションに係るコンサルティングでの分析も担当。慶應義塾大学大学院理工学研究科開放環境科学専攻修了。

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