第20回:実は「心理的安全性」を損ねる、経営幹部の“落とし穴行動”とは

今や、すっかり一般用語化した「心理的安全性」。しかし、その意味については必ずしも正しく理解されてはいないようです。当コラム読者の経営者・人事責任者の皆さんにおいては、「心理的安全性とは何か」を正しく理解し、なによりも自社で実現・実践したいと思われているでしょう。その鍵を握るのは、経営幹部の組織に対する関わりかたです。

“4つの不安”がメンバーたちの自由な発言を妨げている

「心理的安全性」とは、他のメンバーに“対人的な不安”を感じることなく、質問や意見、また自分の過ちを認める際などに、馬鹿にされたり怒られたりしないと確信できている状態を指します。

Googleが膨大な時間とコストを掛けて、自社において成功しているチームの条件因子を特定した際、最も相関関係が高い項目であったことで、「心理的安全性」という考え方は一躍注目され、有名になりました。しかしもともとは、経営学者のエイミー・エドモンドソンが1999年に著した論文で発表されたキーワードです。

「心理的安全性」の重要性は、特に昨今、働くメンバーたちの創造性や主体性の発揮がチームの成功に大きく関係するようになっていることと相関しています。しかし一般的に、組織においてはそれを阻害するような圧力がかかったり、個々人が無意識に自己抑制してしまったりといったことがよく起きるのです。

「心理的安全性」の生みの親であるエドモンドソンは、次の4つの不安がメンバーたちの自由な発言を妨げると言います。

(1)「無知な人物」だと思われる不安
「こんなことも知らないの?」と言われたくない

(2)「無能な人物」だと思われる不安
「こんなこともできないの?」と言われたくない

(3)「否定的な人物」だと思われる不安
反対意見を言って、同僚や上司に「反抗的だ」、「自分たちの味方ではない」と思われたくない

(4)「邪魔な人物」だと思われる不安
場をかき回したり、和を乱したりするような人物だと思われたくない


人は職場で、このような不安を常に抱えており、「素の自分をさらけ出すべきではない」と考えながら行動していることが多くあります。しかし、この思考と行動こそが、実はチームの生産性を落としているのです。

「心理的安全性のある場」を作ろうとして勘違いする“3つの落とし穴”

このような、放っておくとチームのメンバーたちを押さえつけてしまう心理的な抑圧を、いかに解放するかが経営幹部・上司たちの役目です。しかし一方で、そこで新たなアプローチの間違いに直面してしまうこともあるのです。

ここで、経営幹部・上司たちが「心理的安全性」のある場を作ろうとして勘違いする、代表的な3つの落とし穴を挙げてみましょう。

(1)場の空気を読みすぎる体質~「気配りこそ命」という誤解
心理的安全性の醸成には、“言い合える場”が重要です。経営幹部・上司たちが気を遣いすぎると、他者の顔色を気にしすぎたり、他者の意見に忖度しすぎたり、あるいは他者と異なる自分の意見を言えなくなったりします。

こうした状況を打破するには、意識を「人間関係」から、チームの「テーマ」や「ミッション」、「ビジョン」に向けることが必要でしょう。まずは経営幹部・上司たちが率先して自分をさらけ出し、自然体で振る舞うことです。

(2)決められない組織~「全員一致すべき」という誤解
「一人ひとりの意見を大切にしなければ」という意識が働きすぎると、特に優しすぎるリーダーのチームや、人間関係が希薄なチーム、あるいは生真面目すぎるチームでは、「満場一致でないと決めてはいけない」という誤解に走りがちです。

心理的安全性とは、決して全てを受け入れることでも、全員一致を目指すものでもありません。お互いがしっかり自分の意見をぶつけ合い、対話し、その中からチームとしてのリスクテイクを前提とした“いずれかの意見”を採択して実行に動くことこそ、心理的安全性が機能している組織です。ここで経営幹部・上司たちのリーダーシップが問われます。

(3)話し合い万能主義~「話し合えば解決する」という誤解
対話や議論が大事であることについては、ここまでで述べてきました。しかし、話し合えば必ずしも全てが解決する、分かり合えるわけではありません。最後はリーダーが決議する、「衆議独裁」という言葉がありますが、経営幹部・上司たちはメンバーみんなの意見をしっかり聞き、その上でリーダーとしての役割・責務として結論を出すことが必要です。これをなくして、課題解決力の高いチームは機能しません。


チームにおいては“きつすぎる場”(=勝手に意見をぶつけ、相手を批判し合うだけ)でも、“ぬるすぎる場”(=気を遣いすぎて、相手の意見を聞くだけ。自分の意見、本音を言えない)でも、心理的安全性は確保されないことをご理解いただけたかと思います。

リーダーがしたい「7つの行動」と、避けたい「4つの思考」

心理的安全性のあるチームを作るにはどうすればよいか、ここまでのお話でイメージしていただけたのではないでしょうか。ではここから、チームのリーダーである経営幹部・上司たち自身がどのような思考・行動を取ればよいのかについて、ご紹介しましょう。

エドモンドソンは、心理的安全性を壊すリーダーの4つの思考を挙げています。

(1)完璧主義:他者の全ての行動に完璧を求めたい
(2)コントロール欲求:他者の思考や行動を自分の統制下に置きたい
(3)過度の所属欲求:全員が全く同じ価値観や意見を持ち、一体感ある仲間でいたい
(4)犯人探しの本能:トラブルに対して悪者を探し出して非難したい


どうでしょう? 必ずしも4つ全てが悪意ある思考・行動なわけではなく、どちらかといえば経営幹部・上司として良かれと思ってやっていることだったりします。しかし、これらの思考・行動の行き過ぎが心理的安全性を損ねることは、しっかり認識しておきたいですね。

そして、エドモンドソンが勧める、心理的安全性のためにリーダーができる7つの行動があります。

(1)直接話のできる、親しみやすい人になる
(2)現在持っている知識の限界を認める
(3)自分もよく間違うことを積極的に示す
(4)参加を促す
(5)失敗は学習する機会であることを強調する
(6)具体的な言葉を使う
(7)ボーダーライン(フェアウエイゾーン、規範)を設け、その意味を伝える


経営幹部・上司は構えず、対話を促し、未来に向かって創造・成長を目指し、大きな方向付けを行う人なのです。

参考までに、経営学の父・ドラッカーは、リーダーに任命してはいけない人物として、次の5つを挙げています。

(1)人の強みよりも、弱みに目を向ける者
(2)何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持つ者
(3)真摯さよりも頭の良さを重視する者
(4)部下に自分の地位を脅かされると脅威を感じる者
(5)自らの仕事に高い水準を設定しない者


まさにドラッカーは、50~60年前に、心理的安全性を損ねる人材をリーダーにすることに警鐘を鳴らしていたのです。

“心理的安全性のある場”を作るも壊すも、場のリーダーである経営幹部しだい。組織トップのさじ加減一つで、停滞していたチームが活き活きと動き出します。