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「やってみなはれ」を、グループグローバル全体に浸透させる。サントリーグループの「主体性を挽き出す」学びの仕掛け(後編)

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さまざまな施策を実行しているサントリーグループ。2017年にスタートした学びのプラットフォーム「寺子屋」は、自律的な学びを促す施策として、社外からも注目を集めている。サントリーホールディングス株式会社 ピープル&カルチャー本部 部長 長政友美氏と、HRインスティテュート 代表取締役社長 三坂健による対談の後編では、「寺子屋」をはじめとするサントリーの人材育成の仕掛けを紹介する。

・前編の内容はこちら
「やってみなはれ」を、グループグローバル全体に浸透させる。サントリーグループの「主体性を挽き出す」学びの仕掛け(前編)

目次

社員の主体性を刺激する、キャリア自律の取り組み

三坂:当社では「主体性を挽き出す」をミッションに掲げ、コンサルティングや研修を実施しています。世の中の企業様は社員の主体性を育むことに大きな課題を感じていらっしゃると、常日頃感じています。サントリーさんは、社員の「主体性を挽き出す」ために、どのような仕掛けをしていらっしゃるのでしょうか。

長政氏:新入社員研修では、「やってみなはれプロジェクト」という、仕事のPDCAの疑似体験を通じて主体性を引き出すようなプログラムを行っています。また、マネジャー層は先ほどお話ししたように5つのリーダーシップ考動項目の1つに「やってみなはれ」があり、日々の実践が求められています。

三坂:上司は部下の「やってみなはれ」を支援するだけではなく、自身の行動も示していくのですね。キャリア自律についてはどのようなことを行っていますか?

長政氏:キャリアオーナーシップを持つための働きかけはしっかりと行っています。たとえば、一人ひとりが自身の将来に向けて、マネジャーとキャリアについて考える「キャリアビジョン面談」を年に1回実施しています。また「社内公募制度」も実施しています。
そして2023年4月に、これまでキャリア形成支援、ライフプラン設計支援などを担っていた複数の部署を統合し、「キャリア推進センター」を新設しました。ワークとライフの垣根なく、包括的に社員に寄り添う体制を強化しています。入社3年目、10年目、43歳、58歳とキャリアの節目では「キャリアワークショップ」を行います。 キャリアコンサルタント資格をもった社員による個人面談も行っており、今後のキャリアについての相談にのっています。キャリアコンサルタントとの面談は守秘義務が守られ、相談内容は個人が特定される形で上司や人事に開示されることはありません。

三坂:安心して社員の方がキャリアや人生について相談できる組織ということですね。

長政氏:その通りです。毎年の「キャリアビジョン面談」で社員がキャリアを考える時期には、社員同士が自部署を紹介する合同説明会「部署フォーラム(BUSHOFO)」を実施しています。海外駐在員も含めた様々な部署が出展して仕事内容をアピールします。他部署の業務に対する知識を広げることで、キャリアの選択肢をより具体的に考えることができるイベントです。

三坂:社内での転職フェアみたいですね。同じ会社にいても他部署の業務はよく知らないことが多いですから、キャリアを考える参考になりそうです。それぞれの施策がぶつ切りではなくしっかりとリンクしていますし、何より人事の方々が楽しんで施策を運営しているように感じます。一連の取り組み自体がまさに「やってみなはれ」ですね。

長政氏:確かにそうですね。日々の業務で、それぞれの「やってみなはれ」に取り組んでいます。

主体的に学ぶ風土を醸成するプラットフォーム「寺子屋」

三坂:主体性を挽き出すという視点から見て、特に興味深いのが「寺子屋」です。半学半教の精神のように人間には学ぶことと教えること、両方が必要だと私は考えています。それを実現している「寺子屋」の概要について教えてください。

長政氏:「寺子屋」は、よりカジュアルに、より主体的に学ぶ風土を醸成するため、「学ぶ」「つながる」「教えあう」をコンセプトにした学びのための社内プラットフォームです。2017年に開設して、現在はサントリーグループの国内社員を中心に運営されています。業務に関することから一般教養まで、講義を受講するだけでなく、自らが講師として講義を開くこともできます。

三坂:受講者数も順調に伸びていると聞きました。

長政氏:コロナ禍を機にオンライン開講をメインとしたことで、受講者数が飛躍的に伸びました。2019年はのべ2,800名ほどだったのですが、2022年はのべ27,000人ほどになっています。社員同士が自発的に交流し、知見を広げることができる場として盛り上がっています。

三坂:「寺子屋」は、どういう経緯で始まったのですか?

長政氏:社員の発案によるものです。社員が自由に面白いと思ったことを共有できる仕組みがあればいいよね、という課外活動のような感覚で始まりました。義務教育ではなく自分の意思で学ぶことから、江戸時代の寺子屋になぞらえて「寺子屋」という名前を付けました。変化の激しい現代は、世の中が大きく変化を遂げた江戸時代後期にも通じると考えたことも、名前の由来に繋がっています。「寺子屋」では1つ1つの講座やイベントを「祭」と呼んでいます。学びを共有したいテーマがあれば、社員が「祭」を自由に立ち上げられます。毎日、社内のどこかで「祭」が開催されている状況です。
三坂:祭ですか!ネーミングセンスが抜群ですよね。こういうプラットフォームは、「講座」とか堅苦しい呼び方だと、社員も壁を感じてしまいますから、親しみやすさは大事ですよね。

長政氏:まさに、「どうすればみんな親しみを感じてくれるだろう」と、チームで考えた名称です。週に1回、近日開催の「祭」一覧を案内するメールも「かわら版」と称して、その見出しもキャッチ―なものになるよう工夫しています。

三坂:「祭」の内容は、具体的にどのようなものがあるのですか?

長政氏:財務諸表分析やITスキルなど実務に近いものから、趣味関連のものまで幅広くあります。哲学や浮世絵、フラワーアレンジメントや料理など、ワインやウイスキーの講座もあります。また、自分が講師になるだけではなく、「この人の話を社員の皆にもぜひ聞いてもらいたい」と気になった外部講師を招聘してもいいんですよ。

三坂:ワインやウイスキーの講座は、サントリーさんならではですね!私もぜひ受けてみたいです。そして外部講師を招くことも自由とは驚きました。

「寺子屋」の副次的な効果とは?

三坂:コロナ禍があったとはいえ、わずか数年で受講者が10倍増というのは驚くべき数字ですね。これは意識的に目標数値などを設けていたのですか?

長政氏:基本的には社員の自主性に任せています。知り合いの社員の「祭」に参加したり、口コミで広がったり、それで触発されて自分も「祭」を立ち上げるなどして、どんどん広がっていきました。ただ、人事の方でも継続的に盛り上げるための仕掛けはしています。毎年1回「寺子屋WEEK」と称して、その年のテーマを設けて「祭」の立ち上げを後押します。昨年はグローバルをテーマに、海外駐在員のセッションや、英語学習など、たくさんの「祭」が立ち上がりました。個人だけではなく、部署単位で「祭」を立ち上げることも可能です。

三坂:部署単位で「祭」を立ち上げるのは、どういった目的ですか?

長政氏:告知したいことや、啓蒙したいことがある場合が多いですね。先ほどのワイン講座も、ワイン事業部が社内にもっとワインを啓蒙するためにシリーズ開催しています。
また、「部署フォーラム(BUSHOFO)」の時期には、各部署が「寺子屋」のプラットフォームを活用して部署についての情報発信をしています。他にも、「フロンティア道場」という社内のベンチャープログラムの告知も行われるなど、個人・部署に関わらず様々な目的で活用されています。この“ゆるさ”がいいのでしょうね。

三坂:「キャリアビジョン面談」の前に「部署フォーラム(BUSHOFO)」を開催したり、「寺子屋」のプラットフォームを活用して「部署フォーラム(BUSHOFO)」や「フロンティア道場」の情報発信をしたり、各施策が有機的につながっていることも素晴らしいと思います。
この「寺子屋」自体が、社員の学びたい・教えたいという主体性を後押しするプラットフォームだと思いますが、人事として副次的な効果を感じることはありますか?

長政氏:エンゲージメントでしょうか。「寺子屋」によって同じ学び舎で学ぶ学友のようなつながりができます。もともとサントリーは従業員のロイヤルティが高い会社だと思いますが、社員が主体的に「寺子屋」に関わることによって、エンゲージメントが高まるという側面もあるかもしれません。現在は国内のみで展開するプラットフォームですが、今後はサントリーグループでのグローバル展開を目指しています。

新入社員、マネジメント、ミドル・シニア、グローバル―あらゆる社員に成長機会を

三坂:他にも、社員の「学び」を支援するような取り組みがあればぜひ教えてください。

長政氏:面白い試みとしては、「突撃!隣のマネジャー」があります。これはマネジャー層の人材育成力を強化するための取り組みです。マネジャー数名がパネリストとして登壇し、サントリー大学の担当課長がモデレーターとして「メンバーの褒め時叱り時は?」「新人や若手をどう育てる?」など、マネジャーが悩みを抱えやすいテーマでディスカッションをしています。特別回として、社外から著名な方を招いてご講演いただくこともあります。

三坂:管理職となると、悩みを抱えても周囲に相談しにくいことも多いですから、こうしたオープンな学び合いの機会も大切ですね。

長政氏:先ほどウイスキーを熟成させるように長期視点での人材育成を大切にしているという話もありましたが、人生100年時代といわれる今、ミドル・シニア層のキャリアや学びのマインドセット形成も重視しています。2023年4月、サントリー大学内に「100年キャリア学部」を設立しました。

三坂:まさに今の日本の課題に対応する仕組みですね。どのようなカリキュラムがあるのでしょうか。

長政氏:ひとつは、多様なキャリアを築いている社員の姿を紹介するコンテンツを設けています。地方創生プロジェクトに出向している社員や、営業のプロフェッショナルとして輝き続けている社員、社内ベンチャープログラム「フロンティア道場」にチャレンジした社員などのインタビュー記事を掲載しています。また、ライフシフト大学の動画コンテンツも視聴できます。

現在試験的に運用しているのは、「越境学習」です。これは業務外で社外NPO法人の活動に3か月間携わるプログラムで、参加者が自らのキャリアの可能性を広げたり、自分の新たな一面を発見する狙いがあります。

三坂:当社では「“らしさ”を、成長の原動力に」をコーポレートスローガンとしていますが、これまでのお話を伺って、社員の方々が各ステージで個々の“らしさ”を発揮できるよう、そしてサントリー“らしさ”の浸透のためにさまざまな企画をスピーディーに企画実行していらっしゃると感じました。最後に、長政さんご自身が今面白いと思っていること、挑戦してみたいことをぜひ教えてください。

長政氏:サントリーグループのグローバル化に伴い、サントリー大学もグローバルなチーム編成になっています。現在4つあるグループのうち、2つはグローバルCOEチームで、海外在住の外国籍のマネジャーを含む、多様性に富んだチームになっています。サントリーグループ全体を1つの大きな共同体として、どうやってサントリー大学のアジェンダを進めていくべきか、グループ、グローバルの視点で考えていけることは、難しいのですが本当に面白いですね。
デジタルテクノロジーがどんどん進化する中で、AIやソーシャル機能を活用して、学びのプラットフォーム自体もよりパーソナライズされたものに進化させるなど、新たな取り組みも進めています。あとは、個人的な「やってみなはれ」として、海外駐在にも挑戦してみたいです。

三坂:新入社員から、マネジメント層、グローバル、そしてミドル・シニア、あらゆる社員の主体性を養い、選択肢を明示する仕掛けを、さらに深めていかれるのですね。今後も楽しみです。また、長政さんご自身が「やってみなはれ」を楽しみながら体現されている姿にも感銘を受けました。本日は貴重なお話をありがとうございました!

対談者プロフィール

■長政 友美/サントリーホールディングス株式会社 ピープル&カルチャー本部 部長 サントリー大学 
津田塾大学卒業後、新卒でサントリーに入社。営業部門、人事部を経て輸入酒や飲料のマーケティング(ブランドマネジメント)を担当。秘書部に異動の後、再び人事部門へ。グローバルモビリティ、グローバル人事企画を経て、2022年より人材育成(サントリー大学)を担当。

■三坂 健/株式会社HRインスティテュート 代表取締役社長 シニアコンサルタント
慶應義塾大学経済学部卒業。安田火災海上保険株式会社(現・損害保険ジャパン株式会社)にて法人営業等に携わる。退社後、HRインスティテュートに参画。経営コンサルティングを中心に、教育コンテンツ開発、人事制度設計、新規事業開発、人材育成トレーニングを中心に活動。また、海外進出を担いベトナム(ダナン、ホーチミン)、韓国(ソウル)、中国(上海)の拠点設立に携わる。 国立学校法人沼津工業高等専門学校で毎年マーケティングの授業を実施する他、各県の教育委員会向けに年数回の講義を実施するなど学校教育への支援も行っている。近著に「この1冊ですべてわかる~人材マネジメントの基本(日本実業出版社)」「全員転職時代のポータブルスキル大全(KADOKAWA)」「戦略的思考トレーニング(PHP研究所)」など。2020年1月より現職。

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