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「やってみなはれ」を、グループグローバル全体に浸透させる。サントリーグループの「主体性を挽き出す」学びの仕掛け(前編)

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120年を超える歴史の中で、「価値のフロンティアへの挑戦」を続け、日本発のグローバル企業として成長を続けるサントリーグループ。2000年代より積極的なクロスボーダーM&Aを中心にグローバル展開に乗り出す中でも、「やってみなはれ」や「利益三分主義」など、企業として大切にしている価値観をグループの隅々にまで浸透させる人材育成の取り組みを続けている。
今回、「主体性を挽き出す」をミッションとして数多くの組織・個人を支援してきた株式会社HRインスティテュート 代表取締役社長 三坂健が、サントリーホールディングス株式会社 ピープル&カルチャー本部 部長であり、サントリー大学を担当する長政友美氏と対談を実施。 社員が個性と能力を最大限発揮して成長を続けるために、サントリーがどのような仕掛けをしているのか聞いた。その内容を、前編・後編の2回にわたってお届けする。

目次

グローバル食品酒類総合企業グループ、サントリーの挑戦の歴史

三坂:私、もともとサントリーさんが大好きで、実は新卒採用で受けたことがあるんです。その時は残念ながらご縁がなかったのですが…(笑)。しかし当社に参画してからは研修をご発注いただいたりして、ご縁をいただいています。そうしたつながりもあり、以前からサントリーさんの人材育成には個人的にも興味があり、ぜひお話を伺いたいと思っていました。本日はよろしくお願いいたします。

長政氏:ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。

三坂:まず人材育成のお話しの前に、改めてサントリーさんの事業についておさらいしたいと思います。グローバル展開を積極的に推進し、現在は売上・従業員ともに海外比率が半数を超えるサントリーグループですが、グローバル化が進んだ経営的な背景をお聞かせください。

長政氏:サントリーグループは、創業家が次々と夢を実現してきた歴史があります。創業者の鳥井信治郎は、「赤玉ポートワイン」でビジネスを始め、日本の洋酒市場を切り開きました。そして次に国産ウイスキーの製造を志します。周囲は猛反対だったのですが、日本人の繊細な味覚に合ったウイスキーをつくりたいという強い意志で挑戦しました。
二代目社長の佐治敬三は、ビール事業に挑戦、既に大手メーカーで寡占状態だった難関市場に果敢に挑みました。長い年月をかけて粘り強い姿勢で黒字化を達成、プレミアムビール市場の開拓など、更なる成長向けた戦いを続けています。 三代目社長の鳥井信一郎の時代は、酒類だけではなく清涼飲料水をはじめとする食品事業が大きく花開きました。
そして四代目社長、佐治信忠はサントリーをグローバル企業にしたいという夢を実現すべく、グローバル化を積極的に推進していきました。ニュージーランドのフルコア社、フランスのオランジーナ社、そして2014年にはアメリカのビーム社を買収し、その後一気にグローバル化が進んだのです。

「やってみなはれ」があふれるグループであるために

三坂:誰もが知っているサントリーさんのDNA「やってみなはれ」も、この挑戦の歴史から生まれたのですよね。

長政氏:こういう逸話があります。二代目社長の佐治敬三がビール事業に乗り出す際、創業者の鳥井信治郎にその決意を語った時のことです。非常に厳しい市場への挑戦だったため、話を聞いた鳥井はしばらく考え込んだ後にその覚悟の強さを理解し、発した言葉が、「やってみなはれ」だったと言われています。

三坂:なるほど。本人の志があることが前提で、その志の強さを問い、背中を押す言葉なのですね。

長政氏:その通りです。「やってみなはれ」という言葉に対しては、必ず「やり切って見せます」という強い意志のこもった「みとくんなはれ」という言葉がセットで存在します。どんなことでも自由に始めて良いということではなく、心の底からやりたいこと、やるべきだと考え抜いて決めたことならば、どれだけチャレンジングでも歯を食いしばってやり遂げる。「やってみなはれ」には、そういう意味が込められています。

三坂:「みとくんなはれ」は初耳でした!このエピソードを知って、サントリーさんをさらに好きになりました。クロスボーダーM&Aを進めて文化背景のある企業が一緒になっていくと、さまざまなギャップが生じると思います。そのあたりは、この10年くらいで埋められているのでしょうか。

長政氏:以前と比べるとかなりグローバル各社とのつながりが強くなってきています。日本から海外への駐在員は随分増えてきていますし、若手社員を海外グループ会社に派遣する「トレーニー制度」も、年間20名以上が挑戦しています。そこで海外の現場で働くことにやりがいを感じた若手社員たちが、駐在員になって海外赴任したり、海外とやり取りする部署で活躍するなどして、どんどんクロスボーダーでの交流が進んでいます。また、来年から新卒入社2年目の全社員に向けた短期海外研修も実施する予定です。

三坂: 2年目社員の研修は、どの国で実施するのでしょうか?

長坂氏:インドネシアです。日本とは異なる文化の多様性を体感し、グローバル意識を醸成すること、海外の社会課題の現場を知り、サントリーとしてサステナビリティ・社会課題
にどう取り組むべきかを考えることが狙いです。この研修の参加前に、英語学習の機会も提供します。2年目以降にも、海外キャリアへのシフトを後押しするプログラムなど、グローバル人材としての成長を促すための取り組みを継続的に提供しています。

グローバル化の中でも、隅々にまで理念を浸透させる

三坂:海外拠点に対する理念浸透は、グローバル企業にとって非常に重要ですが、「やってみなはれ」の精神の浸透をはじめ、どのような取り組みをされているのでしょうか。

長政氏:サントリーグループ共通のリーダーシップ像を明文化しています。ビーム社との統合後にもグローバル共通のコンピテンシーを作成したのですが、よりサントリーらしい考動項目にするべく、現社長の新浪以下、グローバルのリーダーたちと侃々諤々ディスカッションをして、「サントリーリーダーシップ考動項目」を定めました。(※下図)
「やってみなはれ」「お客様志向 現場発想」「組織の壁を乗り越える」「中長期視点も踏まえた、機敏な判断・考動」「人を育てる 自らも育つ」、これら5つがリーダー層の評価ともリンクしており、マネジャーは日々これらの実践を求められます。マネジャーがこれらの考動項目を率先垂範し、部下の「やってみなはれ」や成長支援などを続けることで、浸透していくと考えています。

サントリーリーダーシップ考動項目

三坂:「やってみなはれ」は、そのまま「Yatte Minahare」なのですね。

長政氏:実はビーム社との統合の際、一度「Go for it」と翻訳して伝えようとした経緯があります。しかし、どうもニュアンスが異なるということで、そのままの表現で伝えることが最適だと判断しました。創業精神やサントリーへの歴史への理解を深め、企業理念を浸透させるために、グローバルでカルチャープログラムを運営しています。

三坂:それは海外グループ会社に向けた研修ですか?

長政氏:日本国内はもちろん、北米、ヨーロッパ、アジア、オセアニアなど世界の各拠点から参加者が集まります。また、理念浸透を目的としたカルチャープログラムとは別に、グローバル経営人材を継続的に育成していくためのリーダーシッププログラムも実施しています。これらは海外のトップビジネススクールとパートナーシップを結んで実施しています。

三坂:そのプログラムは、サントリーグループ向けにカスタマイズされたプログラムなのでしょうか。

長政氏:その通りです。アカデミックなコンテンツについては、各ビジネススクールと共同開発しています。 その他コンテンツとしてはグローバル各社のシニアリーダーとのセッションや、グループでのアクションラーニングも実施します。これらの取り組みを通じて、グローバルリーダーとしての視座を養っていきます。

三坂:「やってみなはれ」など、サントリーさんの大事にしている理念教育もそこに含まれるのですね。

長政氏:リーダーシッププログラムの中にも、創業精神や企業理念の理解を深める内容を組み入れています。オンラインセッションでは私が講義をすることもありますし、日本で実施する回では、サントリー創業の地や、蒸溜所などのものづくりの現場、サントリーの「利益三分主義」をよりリアルに理解する為、サントリーグループが運営する老人ホーム高殿苑や学校法人雲雀丘学園など、さまざまな場を巡ります。文化芸術活動の体感の為、サントリーホールやサントリー美術館などの見学も行います。これらの体験を通じて、「サントリーという会社は、創業以来の理念を形にして、かつ脈々と継続している」ことに心を動かされ、サントリーグループの一員であることを誇りに思う気持ちを持ち、リーダー達が各自の『やってみなはれ』を実践していく決意を強くします。
三坂:創業以来受け継がれていることを大切にし続けているサントリーさんだからこそ、こうした研修もグローバル社員の方々に響くのでしょうね。国内の社員の方に対しては、どのような理念浸透プログラムを提供しているのですか?

長政氏:内定式や入社式から、繰り返し理念に触れる研修を実施しています。入社式では役員が自身の「やってみなはれ」のストーリーを織り交ぜながら創業精神や理念を語る機会があります。また、入社式の日にサントリーホールで新入社員のためにオーケストラが特別コンサートを行います。この体験も新入社員が「利益三分主義」を体感するきっかけなります。他にも、「天然水の森」での森林整備研修など、新卒入社だけではなく、キャリア入社の社員に対しても、企業理念に触れる研修を実施しています。

「人間の生命の輝きを目指す」サントリーの人材育成

三坂:サントリーさんは「人間の生命の輝きを目指し」、その実現に向けて「人本主義」を掲げて取り組みを進めています。それを体現するのがサントリー大学であり、トレーニー制度やリーダーシッププログラムなどの研修になるのでしょうか。

長政氏:サントリーグループは企業の成長の源泉は「人」であると考え、積極的に人材育成に取り組んでいます。この人材育成を実現するためのプラットフォームがサントリー大学です。研修は「7:2:1の法則」に照らし合わせれば1割の部分です。研修効果を最大限に高める為にも、日々現場でマネジャーが部下の育成にしっかりとコミットしていることが重要だと考えます。私たちも研修での学びが終了した後の日々の実践や、上司からの継続的なアドバイス提供などにつなげられるよう意識をしています。

三坂: KPIは設けていらっしゃるのでしょうか。

長政氏:そこは定量化がなかなか難しいところですね。ただ、しっかり見ていかなくてはならないポイントだと思います。当社ではマネジャー層に毎年360度評価を行っており、その結果はひとつの指標になるのではと思います。また、研修やeラーニングなどの受講履歴データも活用していきたいと考えます。

三坂:7:2:1、各項目の連携が重要ですね。

長政氏:研修担当とタレントマネジメントチームがしっかり連携していくことが必要だと思います。サントリーでは新たに課長職に就いた方を対象にした研修を行っています。この研修の終了時には、本人が研修中に受けたサーベイ結果をもとに、自己理解を深め、人事担当者と面談を行います。面談を行った人事担当者とタレントマネジメント担当が連携しながら、新任マネジャーの直属の上司に情報提供を行い、現場でのマネジャー育成に役立てていただいています。

三坂:人材育成において、グローバル企業でベンチマークしている会社はありますか?

長政氏:特にここという企業はありませんが、日常的にグループ内の海外各社の人材育成担当と仕事をする中で、海外でのベストプラクティスや各地域での知見などを得る機会があります。私たちがグローバルでのトレンドやニーズを把握することはもちろんですが、海外から見ると日本の人材育成も新鮮に映っているようです。

三坂:日本のどんなところが、グローバルから見て新鮮なのでしょうか。

長政氏:一つの会社に長く勤める日本型の終身雇用の慣習と紐づく形で、日本では定期的に人事異動が行われます。 同じ会社の中で従業員が長期的な目線で育成され、人事異動を通じて多様な経験を積んでいく仕組みは、海外から見るとユニークに映っていると思います。

三坂:サントリーさんには、ウイスキーを樽で長期熟成するように人材を長期的な目線で育成する、という視点がおありなのではないかと個人的に想像していたのですが…いかがでしょうか。

長政氏:まさに二代目の佐治敬三が、「人はウイスキーの原酒と同じや」という言葉を残しています。短期間で見切りをつけたりせず、成長を見守り、例えば違う部署に異動させたりすることで、本人の良さが花開くことがあります。長期的な目線で人を育てるというのは、今もサントリーの人材育成の思想として受け継がれています。これは、人材だけではなくビジネスの文脈においても同じことが言えますね。短期で利益を追求するだけではなく、長期的にビジネスを捉える視点を兼ね備えることは、日本オリジンの強みであり、サントリーのユニークさだと思います。

三坂:ありがとうございます!ぜひそれを世界に広めて欲しいですね。サントリー様がグローバル展開をする中での理念浸透の工夫や、背景にある想いなど、伺うことができました。ここからは、「寺子屋」など社員の主体性を挽き出すためにサントリー様が行っていらっしゃる具体的な仕掛けについてお話を聞いていきたいと思います。


・後編の内容はこちら
「やってみなはれ」を、グループグローバル全体に浸透させる。サントリーグループの「主体性を挽き出す」学びの仕掛け(後編)

対談者プロフィール

■長政 友美/サントリーホールディングス株式会社 ピープル&カルチャー本部 部長 サントリー大学 
津田塾大学卒業後、新卒でサントリーに入社。営業部門、人事部を経て輸入酒や飲料のマーケティング(ブランドマネジメント)を担当。秘書部に異動の後、再び人事部門へ。グローバルモビリティ、グローバル人事企画を経て、2022年より人材育成(サントリー大学)を担当。

■三坂 健/株式会社HRインスティテュート 代表取締役社長 シニアコンサルタント
慶應義塾大学経済学部卒業。安田火災海上保険株式会社(現・損害保険ジャパン株式会社)にて法人営業等に携わる。退社後、HRインスティテュートに参画。経営コンサルティングを中心に、教育コンテンツ開発、人事制度設計、新規事業開発、人材育成トレーニングを中心に活動。また、海外進出を担いベトナム(ダナン、ホーチミン)、韓国(ソウル)、中国(上海)の拠点設立に携わる。 国立学校法人沼津工業高等専門学校で毎年マーケティングの授業を実施する他、各県の教育委員会向けに年数回の講義を実施するなど学校教育への支援も行っている。近著に「この1冊ですべてわかる~人材マネジメントの基本(日本実業出版社)」「全員転職時代のポータブルスキル大全(KADOKAWA)」「戦略的思考トレーニング(PHP研究所)」など。2020年1月より現職。

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