Vol.08

HR総研 先端人事研究「2020 人事新潮流」

グローバル事業を成功に導く人事戦略とは何か〜武田薬品工業に聞く〜

武田薬品工業株式会社 グローバルHR 人材開発・組織開発(日本)ヘッド 赤津恵美子氏

グローバル展開の中で見えた日本の社員の課題と対策

グローバルビジネス展開を拡大させる中で、日本の社員にはどのような課題があったのでしょうか? また課題に対してどのような対策を取られているのでしょうか?

赤津人材育成プログラムで非常に多くの社員を観察・面談して見えてきたのは、日本の社員の強みは、結果へのコミットや他者と協働することです。一方で、すばやく話を組み立てて発表する力や、変化に対応する力、多様な考えを引き出し新たなものを組み立てる力はまだまだ鍛錬が必要だと感じています。そこで、当社では日本の社員を対象に、経営陣(TET)の強力なバックアップのもと、「知」と「軸(マインド)」の強化を目的としたリーダー育成プログラムを行っています。グローバルで選抜されたタレントは、キャリア形成早期、中堅層と図表1のような教育を受けていますが、その手前で日本のタレントには、彼らの開発課題に合ったプログラムを提供しています。

日本のタレント特有の課題としては、言葉の壁もあるかと思いますが、語学研修など人事から提供している仕組みのようなものはあるのでしょうか?

赤津語学に関しては、会社としていくつか研修を提供していますし、ニーズを感じて個人的に勉強している方も多いです。しかし、それだけでは足りません。語学は実際に使う場がないと、モチベーションを保てませんし、力もつきません。そのためプログラムでは、non-Japaneseとのディスカッションや経営層への英語でのプレゼンの機会を作っています。また、今後は、部門や有志が自主的に英語を使う機会を増やす支援を積極的に行っていきたいと思っています。MRなど現状英語ができなくても仕事が成り立つ職種もありますが、2-3年後は英語と無縁というわけにはいかないと思いますし、英語ができればキャリアの機会は断然広がります。こうした背景から、職種を問わず、英語に対する苦手感をみんなで克服する取り組みが職場ごとにじわりと広がってきています。

ビジネスに貢献する人事であるために

ここから先は、赤津様ご自身の人事という仕事に対する考え方や、今後の取り組みについてお伺いします。昨今、世界的に見ても人事の役割や枠組みは大きく変化しつつありますが、長年人事の領域でさまざまな経験を積んでこられたお立場から、この時代に人事はどうあるべきか、あるいはどう変わるべきだとお考えでしょうか?

赤津私は当社が5社目なのですが、2社目で仕事をしていた頃から、人事のあるべき姿は変わらないと思っています。それは『人事は言われたことを粛々と行う黒子ではなく、ビジネスのパートナーとして事業に参画し、貢献する存在であるべきだ』ということです。これは、さきほどお話した「Empowerment Model」にも関係してくるのですが、人事を含むすべての社員は、それぞれの地域で患者さんや顧客が望んでいること、市場の状況などを理解して、今どうすべきなのか、何が必要なのかを自ら考えて動く、といったことができなければなりません。また人事としても、顧客は誰で、何を望んでいるのか、そのために会社が何をしようとしているのかを把握していないと、効果的に人を採用したり、教育したりすることもできません。では、そうしたことを理解し、ビジネスに貢献するためには何が必要なのか。私は、エンタープライズシンキング(自社はもちろん、業界や経済、歴史などを視野に入れた思考)だと思います。私自身、これがどういうものなのかを理解したくてMBAを取得しましたが、マーケティングやファイナンス、様々な国や業界、時代のトレンドなどを学んだことによって、ビジネスの理解が深まり、課題解決力の強化に役立ちました。
また、専門性とリーダーシップも欠かせません。関係者の共感や信頼を得るためには、人事としての専門性に磨きをかけることが必須です。そして、プランを実行に移すには、リーダーシップが不可欠です。いろんな人の話をよく聞き、一緒に何ができるかを創造的に考え、新たなチャレンジに踏み出すこと。そのためには日ごろから、目前の仕事だけではなく、いろんな考え方に触れ、広くトレンドや技術など新しいことを学び続けることが重要だと思います。社内外の多様なネットワークを活用し、デジタルやSDGsなど興味ある分野について仲間と一緒に学び合っていますが、楽しいですし、これが仕事に活きることもあります。自らアンテナを立てて会社の枠を超えて学ぶことは、人事のみなさんのみならず、社員の方々にもおすすめしたいと思います。

では最後に、今後のご自身の展望や取り組みたいことなどがあればお聞かせください。

赤津グローバル化のなかで、自分は何をしたいのか、今後も求められる人材であり続けるにはどんなスキルを身につけていけばいいのか、などわからなくて不安という方も多いと思います。そういう方々にいろいろな情報や機会を提供したり、メンタリングやコーチングなどの対話を持ったりしながら、キャリアやスキルアップの支援をしていきたいですね。私は人材育成や組織開発という分野が好きなので、これまで経験してきたことを活かしながら、引き続きビジネスにしっかりと貢献する人事であり続けたいと思っています。

インタビューを終えて(HR総研 研究員)

世界では人口が急速に増加し、世界の製薬市場は毎年5%と大きく成長する中で、日本は逆に人口減少によって製薬市場が縮小していこうとしている。日本の製薬会社が成長するためには、グローバルな市場に打って出なければならないことは言うまでもない。そして、それを成功させるためには、国内市場向きだった組織の作り方や人事戦略を、海外事業を基準とした形へと根本から見直さなければならないだろう。 武田薬品工業はその最先端を行く企業である。 トップに外国人を据え、経営陣の中で日本人はすでに少数派となっている。巨大なM&Aを繰り返しながら、グローバル化を加速する同社で、どのような人事戦略、組織開発を行っているのか。今回のインタビューでは、赤津さんから、リアルな大変興味深いお話を多く伺うことができた。 トップのリーダーシップ、ダイバーシティ経営、「Empowerment Model」というローカルへの権限委譲の仕組み、グローバルリーダー育成プログラム、社員一人ひとりに合った育成を可能にする「クオリティ・カンバセーション」など、グローバル化を推進する経営、組織、人事の重要なポイントをお聞きすることができたが、人事として一貫しているのは、「ビジネスに貢献する人事である」というポリシーだった。武田薬品工業にも、赤津さんにも、そのポリシーが貫かれているように感じた。

武田薬品工業株式会社
グローバルHR 人材開発・組織開発(日本)ヘッド
赤津恵美子氏

外資系3社で人事を経験後、現職。GEでは、採用、育成・組織開発、部門人事など幅広く従事。ノバルティスファーマでは、Diversity & Inclusionの推進に携わり、働き方改革や女性管理職比率の向上に貢献し、人事本部長賞およびJ-Winアワード準大賞を受賞。日本オラクルでは、タレントレビューを推進し、トップタレントの発掘や育成に貢献。また、社員の働きがい85%を目指した企業風土改革をリード。現在は、企業風土の変革、トップタレントの育成、多様な個性の発揮による働きがいの向上などに取り組んでいる。