今こそ注目すべき「日本成長戦略 40歳定年制」
ビジネス環境激変の時代、雇用・キャリアの多様化を実現する

東京大学大学院経済学研究科教授 柳川範之氏

インタビュアー:ProFuture株式会社 代表取締役社長 寺澤康介

新卒一括採用・終身雇用という従来型の雇用モデルが崩壊しつつある日本の経済界。そんな中、『日本成長戦略 40歳定年制 経済と雇用の心配がなくなる日』(さくら舎)や『40歳からの会社に頼らない働き方』(ちくま新書)といった著書で“40歳定年制”の有効性を唱えるのが東京大学大学院 経済学研究科の柳川範之教授だ。その提言の真意について語っていただいた。

「40歳定年制」が雇用の多様化を実現する

今年、経団連の中西宏明会長が「終身雇用を前提に企業運営を考えることには限界がきている」と発言したことが大きなニュースとなりました。柳川先生は早い段階から『40歳定年制』を提唱されるなど、現在の経済環境を予見されていたように思います。

柳川氏

新卒一括採用と終身雇用を前提とする日本の雇用システムが破綻していると感じたのは2008年〜2009年頃のことです。高度成長期はそれで上手くいっていました。しかし、成長曲線が緩くなるにつれて「能力があっても活躍できる場がない」という社内失業が発生するようになりました。また近年はビジネスを巡る環境の変化があまりに速く、その変化に適応するためにも適材適所の人材配置が必要なのですが、従来の雇用システムでは社内にいる人材で賄うしかありません。こうした点を何とかしなければという問題意識から『40歳定年制』を提唱したのです。

昨今は、働き方は多様化されるべきとする『ワークシフト』や、長寿化に合わせた人生設計の必要性を説く『ライフシフト』といった考え方、あるいは、会社が一方的に社員のキャリアを決めるのではなく働く側が主体的に自らのキャリアを開発・形成していこうという『キャリア権』などが注目されています。これらも柳川先生の考えに近いものに感じます。

柳川氏

はい。終身雇用に拘らない多様な働き方が求められるようになっているのは、もはや現実です。高齢者の再雇用、家族の介護や子育てをしながらの就業など、多様な働き方に対応するためには、雇用の形態と期間も多様化されなければなりません。また最近では“人生100年時代”といわれているように、元気に働ける期間が長くなっています。「なんとか60歳まで勤め上げて、余生はのんびり過ごそう」というわけにはいかず、長期に渡って稼ぐための力を身につける必要があります。そこで、終身雇用ではなく20年をデフォルトとし、雇用期間の多様性を取り入れやすくしておく。と同時に、「学び直し」の期間を設けて、長く働くための力を個々が身につける。こうした考えも『40歳定年制』のベースとなっています。

個々が将来を考えて自律的に行動することが重要

ビジネス環境の変化が激しい現代、数年後に無くなる仕事もあれば、新しく生まれる仕事もあるはずです。新しい仕事は最新の知識や技術に支えられていますから、それらを学ぶことは、長く働くためにも確かに必要だと思います。

柳川氏

何しろ目の前で技術革新が進んでいますからね。少し前には夢物語だった技術が次々と現実のものとなっています。自動車産業の世界であれば、自動運転技術やバイオ燃料が実用化されつつあり、そうすると「人間が運転するガソリン車」の生産とは異なる人材が必要となるわけです。とはいえ、これまでのキャリアとまったく異なる分野について学び直す必要はありません。

20年間働いて得た経験・知識・スキルを新しい環境下で生かす術を身につける。そのための「学び直し」ということですね。

柳川氏

たとえば経理の仕事は、昔はそろばんを使い、やがて電卓が導入され、さらにはパソコンと高度化されてきました。現場で働く人々が新しい技術を自ら取り入れながら環境変化に適応していったわけです。そうした場面では過去のキャリアがゼロになることはありません。ただ現代は技術革新のスピードが極めて速いため、仕事を高度化しようとするなら、現場で学ぶだけではなく、どこかできっちりと学び直しの期間を取るべきです。その学び直しのフェーズを40歳前後に入れましょう、新しい能力の開発期間を社会として用意しましょうというのが『40歳定年制』の真意なのです。

しかも自ら将来を考え、自ら意志をもって学ぶ必要がある、というわけですね。

柳川氏

これまで多くの人は会社の業務命令に従って能力を身につけてきたため、急に「セカンドキャリアも考えながら、個人個人が自律的に、長く働くための知識や技術を学び、働き方も見つめ直しましょう」といわれると戸惑うかもしれません。また現在のような低成長期では、上司の顔色をうかがい、忖度して評価を高めるようなスタイルが染みついてしまっている人もいるでしょう。自ら考えて行動することが難しい環境だといえます。ですが本来、日本の会社員は個々のレベルが高く、考える力を持っているはず。自分の知識と経験について何をどう生かせるか整理し、あるいは若干の方向転換を考慮しつつ、新しい技術・知識を上積みしていくことは可能です。その力をどう引き出すかは、企業側にとっての課題といえるでしょう。

組織としても変容することが求められている

『40歳定年制』の実現のためには、経営者サイドからもアクションを起こしていくことが重要ですね。

柳川氏

そもそも個々の能力開発がないと会社も困るはずなのです。現状のままではいられないと、多くの経営者は感じているのではないでしょうか。今後は年功序列や終身雇用といった制度・ルールを見直し、雇用の仕組みを変えていく企業がますます増えるでしょう。

会社が用意した雇用条件に従業員が合わせるのではなく、個々に適したものを会社が提供していくという動きが加速するかもしれませんね。

柳川氏

近年は人手不足ということもあり、今いる社員を囲い込もうとする企業が多いのも事実です。ですが、もうそんな考えは通用しません。「良好な制度・環境を用意して働く人たちを惹きつける」という発想が大切。そうしないと人材は集まらないし残ることもありません。

従来の雇用習慣で業績を残してきた企業だと、発想やシステムを変えることは難しいようにも思えます。

柳川氏

確かに「生涯面倒を見ますよ」と社員に約束してきたわけですから、その仕組みをいきなり変えてしまうと期待を裏切ることになります。大きな不利益ができるだけ生じないシステムを考え、移行期間を設けることも必要でしょう。

終身雇用・長期雇用だからこそ得られるメリットも無視できないのではありませんか。

柳川氏

長期的な雇用によってチームワークが生まれることは事実。スポーツでもそうですが、日本には、個々の力は高くなくても団結力を武器に何かを生み出す、勝ち進むという文化があります。「いわなくともわかる関係」を長期的に築き上げていくことは組織としてもメリットがあり、この強みは生かすべきです。ですから、すべての企業にとって短期契約がベストというわけではありません。

とはいえ、まったく顔ぶれを入れ替えないとチームとしての力は低下していく恐れもあります。

柳川氏

固定化しすぎることは確かに危険です。技術や環境が変化していくのに何十年も同じチームでいいはずはありません。またグローバル化やM&Aによって社内に海外のカルチャーが入ってくるケースも増加しており、既存の力に新たな力をどう融合させるかも課題となっています。実はここも日本の企業が苦労している部分。あらかじめ受け入れ余地のあるオープンなチームを作っておき、チームワークを維持しながら変化に合わせてメンバーを組み替えていくことが重要となります。だからこそ雇用期間も柔軟に考えるべきなのです。

今回のHRサミット2019では『AI時代に求められるこれからの働き方と組織のあり方』というテーマでご講演いただく予定ですが、そのポイントを一部ご紹介いただけますか。

柳川氏

今日お話ししたこととも関連しますが、まず“考える”ことの重要性ですね。もう誰かが「こうしなさい」と教えてくれてそれに従っていればいい時代ではなく、向き不向きを客観的に考え、自分自身でキャリアを組み立てるべく行動することが求められています。ただ、今後具体的にどのような能力が必要になってくるのかは見えにくい時代ともいえます。AI化やデジタル化が進む社会の中でどのように経験を積んでいくか、培ってきた能力を新しい環境・現場でどう発揮するか、個々が経験を積み能力を発揮するための組織変革の必要性……といった点について、お話しさせていただこうと思います。

柳川 範之氏
東京大学大学院経済学研究科 教授

1993年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。慶応義塾大学経済学部専任講師、東京大学大学院経済学研究科・経済学部助教授、同准教授を経て、2011年より現職。 内閣府経済財政諮問会議民間議員、経済産業省産業構造審議会「2050経済社会構造部会」部会長、NIRA総合研究開発機構理事等。 主な著作物:『人工知能は日本経済を復活させるか』(編著)大和書房、『ブロックチェーンの未来』(共編著)日本経済新聞出版社、『40歳からの会社に頼らない働き方』ちくま新書、『東大教授が教える独学勉強法』草思社等。

HRサミット2019での講演情報
L16 9/18(水)9:30 - 10:40 AI時代に求められるこれからの働き方と組織のあり方
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