変形労働時間制とは?制度内容や1か月・1年の違いをわかりやすく解説
働き方改革の目指すところは、社員一人ひとりに合った多様な働き方の実現です。労働法では、業務の実態に合わせた勤務体制を整えるために、さまざまな制度が用意されています。なかでも月単位や年単位で労働時間を設定する「変形労働時間制」は、社員の多様な働き方の実現に向けて有用な制度といえます。
この記事では、働き方改革の推進に有効な「変形労働時間制」を取り上げ、その制度内容や導入の手順、1か月単位・1年単位など変形労働時間制のカテゴリにおける制度の違いをわかりやすく解説します。
変形労働時間制の制度内容とは?
変形労働時間制は、業務の繁閑に応じて柔軟に労働時間を調整できる制度です。この制度では、月単位や年単位など、任意の期間内で労働時間を調整することが可能となります。
労働基準法では、原則として1日8時間・週40時間を法定労働時間と定めており、これを超えて労働させることは禁止されています。しかし、変形労働時間制を導入することで、一定期間の総労働時間の平均が週の法定労働時間を超えない範囲であれば、業務量に合わせて労働時間を柔軟に調整できるようになります。
具体的には、ある週の労働時間を法定労働時間より長く設定する一方で、別の週の労働時間を法定労働時間より短く設定するといった調整が可能になります。これにより、繁忙期には必要な労働力を確保しつつ、全体としての労働時間の短縮を図ることができます。
変形労働時間制の目的
変形労働時間制の主な目的は、業務の繁閑に柔軟に対応し、労働時間の短縮や多様な働き方の実現につなげることです。この制度を導入することで、企業は時期によって異なる業務量に合わせて労働時間の配分を効果的に調整できるようになります。
ただし、育児や介護をしている社員、妊産婦、職業訓練を受けている社員に対しては、これらの社員が必要とする時間を確保できるような配慮が企業に求められています(労働基準法施行規則 第12条の6)。
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各企業における制度導入の現状
厚生労働省が公表している『令和6年就労条件総合調査』[1] によると、変形労働時間制を導入している企業の割合は60.9%に達しており、すでに過半数の企業で変形労働時間制が採用されていることが明らかになりました。特筆すべきは、従業員数が1,000人以上の企業に限ると、その導入率が82.8%にもなる点です。この調査結果では、企業規模が大きくなるほど変形労働時間制の導入割合も高くなる傾向が表れています。
こうした導入状況から、変形労働時間制が多くの企業にとって有用な制度として認識されていることがうかがえます。今後は企業規模に関わらず、より多くの企業が変形労働時間制を活用できるよう、制度の普及や理解促進が求められると考えられます。
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変形労働時間制のメリット
変形労働時間制を導入すると、繁忙期に労働時間を増やせる一方で閑散期には労働時間を減らすことができます。これにより、業務量の変動に合わせて適切な人員配置が可能となり、人的リソースの最適化が図れます。また、1日の所定労働時間を増やすことで、企業にとっては残業代を削減できるというメリットがあります。
また、労働者も業務量が少ない時期は労働時間が減るため、業務量に合わせて効率的に働くことができます。業務の繁閑に対応した勤務制度により、社員はメリハリをつけて働けるようになり、仕事に対するモチベーションやパフォーマンス向上も期待できます。また、業務の実態に合わせた柔軟な働き方ができることで、ワークライフバランスの向上にもつながるでしょう。加えて、繁忙期と閑散期のバランスを取ることで、過度な労働時間の集中を避けられ、社員の心身の負担を軽減できるかもしれません。
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変形労働時間制のデメリット
変形労働時間制は、時期に応じて労働時間が変動する制度です。このため、1日8時間・ 週40時間の一般的な働き方と比べると、社員の労務管理が煩雑になるデメリットもあります。万一、労働時間の把握にミスが生じた場合、社員に支給する給与額を間違えてしまうなど、トラブルに発展するリスクがあります。
また、変形労働時間制の導入には、労使協定の締結や就業規則の改定など、手続きが複雑で時間がかかる場合があります。特に大規模な組織では、制度の導入や運用に関して多くの調整が必要となり、人事部門の負担が増える可能性があります。
時期によって労働時間が極端に変動すると、繁忙期には過重労働になってしまう可能性もあります。変形労働時間制の場合、規定した所定労働時間を超えなければ時間外労働として扱われないため、繁忙期に長時間働いても残業代が発生しないことが、社員のモチベーション低下につながることも考えられます。さらに、労働時間の変動が大きい場合、家庭生活や個人の予定を立てにくくなることで、社員のライフワークバランスや生活リズムが乱れる恐れがあります。
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変形労働時間制の種類
変形労働時間制には「1か月単位」「1年単位」「1週間単位」「フレックスタイム」という4つの種類があります。これらの制度を、企業や業種の実情に応じて選択することができます。各種類の変形労働時間制は、労働時間の柔軟な調整を可能にし、業務の繁閑に対応した効率的な人員配置を実現します。
ここでは、それぞれの制度について、その特徴や適用条件、具体例を交えて詳しく解説します。各制度の理解を深めることで、自社に最適な変形労働時間制の選択や導入の検討に役立てることができるでしょう。
1か月単位の変形労働時間制
1か月以内の平均労働時間が週40時間の範囲に収まれば、労働時間を業務実態に合わせて調整できる制度です。たとえば、月の前半の労働時間を1日10時間とした場合でも、月の後半の労働時間を1日6時間にすれば、月全体として法定労働時間の範囲内とされます。
1か月以内の期間において、業務の閑散が繰り返されるような事業場に適しています。特に小売業やサービス業など、月内で繁忙期と閑散期が分かれる業種で効果的です。また、イベントや催事が定期的に行われる業種においても、準備期間や開催期間中の労働時間を柔軟に設定できるメリットがあります。
1年単位の変形労働時間制
前述の1か月単位の変形労働時間制と基本的には同内容の制度です。異なる点は、労働時間を算定する期間が「1か月超1年以内」の範囲になることです。3か月や6か月などの期間も可能です。具体的には、繁忙期の労働時間を1日10時間とする一方で、閑散期の労働時間を1日6時間にするといった形で用いられます。年間で繁閑の差が大きい業種において活用が望まれる制度です。
なお、労働者保護の観点から1日の労働時間は最大10時間、1週間の労働時間は最大52時間に制限されています(対象期間における週平均労働時間の限度は40時間)。この制限により、過度な労働時間の偏りを防ぎ、労働者の健康と生活の質を確保します。
1週間単位の変形労働時間制
1週間単位で考えたときに、週40時間の範囲で労働時間を調整できる制度です。たとえば、月曜日の労働時間が10時間であったとしても、火曜日が6時間、その後の曜日は8時間であれば、週全体としてみたときに40時間の範囲内に収まっています。この場合、所定労働時間を超えていないため、10時間働いた曜日も時間外労働は発生しないことになります。
なお、1週間単位の変形労働時間制は、規模30人未満の旅館や飲食店、小売店に限って利用できる、やや例外的な制度です。週単位で業務量の変動が大きい小規模事業所向けに設計されており、少ない人数でも柔軟なリソース配分を可能にします。
フレックスタイム制
フレックスタイム制とは、1か月から3か月の期間(清算期間)で総労働時間を設定し、日々の始業時刻と終業時刻を社員自ら設定できる制度です。2019年4月の法改正により、フレックスタイム制の清算期間の上限が3か月に延長され、月をまたいだ労働時間の調整が可能となりました。社員にとっては、自分の都合に合わせてこれまで以上に柔軟な働き方ができるようになっています。
この制度では、コアタイム(必ず勤務しなければならない時間帯)とフレキシブルタイム(自由に出退勤できる時間帯)を設定することができます。これにより、会社側は業務の連携や効率性を確保しつつ、社員の自律的な時間管理を促進することができます。フレックスタイム制は、ワークライフバランスの向上や生産性の向上、通勤ラッシュの緩和などにも効果をもたらす可能性があります。
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変形労働時間制を導入するための手順
企業が変形労働時間制を導入するには以下の手順が必要です。
手順①:勤務実態の把握
社員の労働時間がどのような傾向にあるか、まずは現状の勤務実態を調べる必要があります。業務の繁閑を知ることが効果的な制度運用の土台となり、特に繁忙期にどの程度の業務時間を確保すべきか把握することが重要です。
手順②:制度・条件の確定と就業規則の改定
対象者の選定や対象期間、1日の勤務時間など細かい制度条件を決定します。
また、制度の具体的な内容に応じて就業規則の改定もおこないます。
手順③:労働者代表との労使協定の締結
変形労働時間制を導入する場合は、労働者代表との間で労使協定を締結する必要があります。ただし、1か月単位の変形労働時間制であれば、労使協定の締結を就業規則の改定で代替できます。
手順④:労働基準監督署への必要書類の提出
変形労働時間制を導入する過程で締結された労使協定や就業規則を労働基準監督署に提出します。場合によっては36協定の提出も必要となります。
なお、労使協定は有効期間があり、期間を徒過した後には新しく届け出なければなりません。たとえば1年単位の変形労働時間制であれば労使協定の有効期間も1年程度とすることが望ましく、その場合は1年ごとに労使協定を締結したうえで労働基準監督署に提出する必要があります。
変形労働時間制に近似する制度
変形労働時間制に類似した制度として、裁量労働制とシフト制が挙げられます。これらの制度は、労働時間の柔軟な管理や調整を可能にする点で共通していますが、それぞれに特徴や適用範囲が異なります。これらの制度の違いを把握することで、企業は自社の業務形態や社員のニーズに最も適した労働時間管理の方法を選択できるようになります。また、これらの制度を適切に組み合わせることで、より効果的な労務管理が実現できる可能性もあります。
裁量労働制
裁量労働制とは「みなし労働制」の一つであり、現実の労働時間の長さを考慮せず、事前に規定された時間の労働をしたとみなす制度をいいます。業務の遂行方法や時間配分などを、大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務のための制度です。労働者が自律的・主体的に働くことができるようにすることで、知識や技術を活かして能力を発揮することを目的としています。
裁量労働制ではあらかじめ所定時間数だけ勤務したとみなすために、給与計算において実際の労働時間を把握する必要はありません。一方、変形労働時間制では時間外労働が発生する可能性もあり、社員が実際に働いた時間の計測が不可欠です。
シフト制
シフト制とは、業務に応じて従業員が交代で勤務する制度のことです。勤務する曜日や時間が変動するだけで、法定労働時間の例外として位置づけられる制度ではありません。
シフト制は法定労働時間(1日8時間・週40時間)を遵守するのが前提であるのに対し、変形労働時間制は必ずしも法定労働時間の遵守が必須とは限りません。つまり、変形労働時間制は、平均して週40時間という枠さえ守れば、1日10時間という労働時間になっても法定労働時間の超過として扱われません。この点で、変形労働時間制は法定労働時間の例外として位置づけられる制度といえます。
シフト制は主に小売業やサービス業、医療・介護業界など、営業時間が長く、かつ時間帯によって必要な人員が変動する業種で多く採用されています。一方、変形労働時間制は、季節や時期によって業務量に変動がある業種で活用されることが多いです。両者は異なる労務管理の手法ですが、どちらも業務の特性に応じて柔軟な勤務体制を実現するための制度です。
まとめ
変形労働時間制は、業務の繁閑に応じて柔軟に労働時間を調整できる制度です。この制度を導入することで、企業は効率的な人員配置が可能となり、労働者の負担を減らすこともできます。1か月単位、1年単位、1週間単位、フレックスタイム制といった様々な種類があり、各企業の実情に合わせて最適な形を選択できます。
変形労働時間制の導入には、勤務実態の把握、制度・条件の確定、就業規則の改定、労使協定の締結、労働基準監督署への書類提出といった手順が必要です。これらのプロセスを丁寧に進めることで、円滑な制度運用が可能となります。
一方で、労務管理の煩雑化や繁忙期の過重労働といったデメリットにも注意が必要です。これらのリスクを最小限に抑えるためには、適切な労働時間管理と社員の健康への配慮が不可欠です。
変形労働時間制は、政府が推進する働き方改革の実現に向けた有効な手段の一つといえます。企業は、この制度を活用することで、業務効率の向上とワークライフバランスの実現を両立させることができるでしょう。ただし、導入にあたっては社員の理解と協力が不可欠であり、十分なコミュニケーションを図りながら進めていくことが重要です。 HRインスティテュートでは、働き方改革を支援するプログラムを提供しています。受講を通じて自社のあるべき姿と現状とのギャップを知り、目指すべきワークスタイルの方向性を確立できます。組織体制の見直しを図りたい人事担当の方は、下記の関連プログラムより詳細をご確認ください。
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